夏祭りでトケきれない
夜ではない。
祭りは真昼にも開催される。
「暑い!」
「うん、確かにね」
いつもどおりの掛け合いをしながらカタメとトケルは地元アーケード商店街の納涼祭を見て歩いている。
アーケードだから直射日光は避けれるがさすがに気温そのものの高さと湿度はいかんともしがたい。
屋台も出るのだがクーラーをガンガンにかけた地元商店の軒先を借りてというスタイル。
アーケードの入り口から順次ケーキ屋の軒先を借りたたこ焼き屋や、葬儀社の軒先を借りた恋占いの店を覗きながら奥へと進むトケルとカタメ。
酷い店になるとかき氷を食べ終わった客に肉屋がコロッケを押し売りしていた。
トケルのグリーンのタンクトップを見てカタメが訊いた。
「トケルさん、浴衣、持ってないの?」
「持ってるけど着ない」
「え? なんで?」
「暑いから」
「はい。すみません」
『運命の館』
そう書かれた屋台の前でふたりの足が止まった。
「カタメくん。これ、なんだろ?」
「占い、かな」
「でもさっき恋占いあったよ」
「じゃあ、もっと人生全般みたいな?」
屋台というよりも服屋の試着ブースよりもほんの少しだけ広い箱のような造りではカーテンで中が覆われている。トケルとカタメがカーテンを開けて中に入ると思わずトケルがつぶやいた。
「涼しー♡」
どうやら空間を遮断しているのでエアコンの冷気が溜まりやすいのだろう。そして薄暗い中に鮮やかな朝顔図柄の和服を着た女性が座っていた。
『あ。浴衣だ』
カタメはトケルの表情の一瞬の変化に気付いた。たぶん後悔に近い感情でそれだけでなく、ストレートに言えば『嫉妬』のような。
それほどにその女性は若く美しく浴衣が似合っていた。女性がトケルとカタメを中に招き入れ、テーブルに向かい合って座った。
「ようこそ運命の館へ」
「あの・・・占いですか?」
「いいえ、違います。運命を『創る』んです」
「創る?」
「そうです。お二人でご一緒に運命を創るんです」
「あ、いえその。別々にと思ってるんですけど」
カタメがそう言うと女性は目を剥いて声を大きくした。
「おふたりは恋人でしょう!? いつまでも煮え切らないことを言ってると彼女さんに愛想つかされますよ、彼氏さん」
「え!? いえだから彼氏彼女じゃ・・・」
「おもしろそう! カタメくん、やってみようよ!」
「え・・・いいの?」
「うん! おもしろそう!」
トケルが二回『おもしろそう』を繰り返し、成り行きで女性に料金の500円を支払った。格安ではあるのだろう。
「わたしは運命プランナーです」
「運命プランナー?」
「略してUNPです」
「国連みたい・・・」
「運命を創るにはまずは決まっている運命を前提条件として固めて置く必要があります。おふたりは結婚する運命です」
「えっ!」
「ふむう」
前者がカタメの反応、後者がトケルの反応である。
「ト、トケルさん! 驚かないの!?」
「うーん。だってほら、カタメくんとわたしは恋人同士じゃなかったとしても夏休みに入ってもずっと一緒にいるし、確率だけから言ったら結婚する可能性ってかなり高いかも」
「あ・・・うん。いいの・・・?」
「うん。それが運命なら仕方ないよ」
トケルのあまりにも淡々とした天然の反応にカタメはがっかりしたが、それでも一応トケルはカタメと結婚するという運命を夏祭りの屋台の場での話ではあるけれども受け入れている。嬉しいといえば嬉しい。
「ではおふたりの人生の前提をお話しします。おふたりは高校卒業と同時に入籍します。そして第一子を出産します」
「え!」
「ふむう」
「第一子は男の子です。彼女さんは出産・育児に専念するためにしばらくは仕事ができません。彼氏さんはお仕事頑張りますがまだまだ新人。お給料が決定的に低いです」
「ふむう」
「ト、トケルさん! 『ふむう』じゃないよ! すみません、アナタのおっしゃる運命の前提条件、やたら具体的過ぎませんか?」
「いいえ。全部『事実』ですから」
「・・・」
「それで? わたしたちはどうやって生活していくんですか?」
「はい、彼女さん。ここからが運命を創り上げていく部分です。わたしがプランナーとしていくつかの選択肢を掲げますのでその中から選んでください」
そう言ってUNPはタブレットに選択肢を映し出す。
「①彼氏さんが給与のいい会社に転職しての県外に単身赴任
②彼女さんが赤ちゃんと実家に戻って差し当たり母子の生活費を浮かす。彼氏さんとは別居
③彼女さんが家計を助けるために小説家デビュー」
「③!」
「ちょっとちょっとトケルさん! 小説なんて書いたことあるの!?」
「ないけど①、②だとカタメくんと一緒に居れないもん」
「うあ・・・うん・・・」
嬉しいカタメ。
「③ですね。おめでとうございます! 彼女さんがWEB小説サイトに投稿した『旦那の稼ぎが悪いからちょちょいと小説書いたらナオーキ賞とってびっっくりした件』が100万部売れてしかも本当にナオーキ賞を受賞しました!」
「やった!」
「ほんとかなあ・・・」
UNPはセットドリンクだと言って水筒の中からアイスコーヒーを紙カップに淹れてくれた。
「では第2問!」
「よっし、来い!」
「クイズみたいになってる・・・」
UNPが次のシチュエーションを提示する。
「育児と家事の傍に執筆を続ける彼女さんは連載やインタビューのオファーも増え、多忙を極めます。かと言って彼氏さんの仕事も忙しさを増していって家事や育児の分担をするのも大変な状態。さあ、次の内どれを選択しますか?
①彼女さんは実家へ母子だけで引越し。彼氏さんと別居。
②思い切って離婚する
③貯金もある程度できたので小説家を引退する」
「①・②はやだ! ③!」
「トケルさん、決めるの早過ぎない? ていうか、泣いてるの!?」
「①・②の妄想で涙出ちゃった」
「彼女さん、一途。③ですね。引退したことで更に話題となり、それまで出してた小説がすべてベストセラーに」
「ふむう・・・わたし、頑張ってるよね」
「まだ小説書いてないけどね」
UNPは最後の運命創造ステージを提示する。
「さて、小説家を引退した彼女さんと仕事も育児も頑張る彼氏さん。今度は彼氏さんのお父様が病気で倒れ、彼氏さんは家業を継がなくてはならないことに」
「あの。ウチの父親、サラリーマンなんですけど」
「いえいえ、それまでには脱サラして自営業を始めておられるということです」
「なんか無理矢理ですねえ・・・」
「とにかく彼氏さんは人生の重大な岐路に立たされます。選択肢からお選びください。
①そのまま今の会社で働き続ける
②後継など荷が重いので思い切って彼氏さん・彼女さん・赤ちゃんで行方をくらます
③後継し、同居・介護生活に入る」
うう・・・とこめかみを指で揉みながら思案するカタメ。トケルがごく平坦なトーンで答えた。
「じゃあ③で」
「ト、トケルさん!?」
「これが一番合理的だよね。考えるまでもない選択肢で助かったね」
「・・・いいの? 俺の親と同居とか」
「うーん、お父さんには会ったことないけどカタメくんのお母さんがひとりだと大変だしかわいそうでしょ。わたしカタメくんのお母さん好きだもん」
「彼女さん、クールかつウォームですね。自然な感じがとてもいいです。ではそんなお二人の運命は・・・」
「ユウキ!」
UNPの後ろのカーテンが開いて『山見書店』とロゴが入ったエプロンを着た男性が声をかけてきた。
「あ、お父さん!」
「『お父さん』じゃない! 仕事中は『店長』だろ!? 週刊誌のお届けは終わったのか!?」
「『純喫茶アラン』さんと『創作お好み焼き・じゃぱん』さんがまだ」
「さっさと配達してこんか!」
「あ、あの・・・」
状況が飲み込めずにカタメがその『店長』に事情説明を求めた。店長はまだ怒りがおさまらない様子で答える。
「すいませんねえお客さん。こいつは私の娘なんですよ。大学を出て帰ってきて『お父さんの本屋継ぐよ』って言うもんだから感激してたんですが本屋の仕事もいい加減で小説ばかり書いてまして」
「本屋の娘が小説書くのは自然でしょ!?」
「ああそうかもしれん。だがなんだ『旦那の稼ぎが悪いからちょちょいと小説書いたらナオーキ賞とってびっっくりした件』ってのは!」
聞き覚えのあるタイトルにトケルとカタメが目を見合わせる。
「う、うるさいなあ! いいでしょ? いつかほんとにナオーキ賞獲るんだから!」
「えーい、その前に新規のお客さん取って来んか! さっさと配送行って来い、このワナビ娘が!」
「ワナビで何が悪いのよっ!」
父娘ゲンカを前にカタメがぼそっと呟いた。
「ああ・・・つまりこの屋台は小説の『ネタ』なんだ・・・」
「わあっ! 💦」
「ど、どうしたの! トケルさん!?」
「わたしとカタメくんの赤ちゃんだって! しかも第一子は男の子だって! は、恥ずかしー!💦」
「あ・・・今頃・・・?」
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