フリマわされてトケル…のか?
蚤の市というのがどの街でも形態を変えてずっと昔から存在しているだろう。
ということは、売りたい側と買いたい側の需給の接点を求めて延々と戦いが繰り広げられてきたということなのだろう、多分。
「えーと。ロカビーちゃん」
「は、はい」
「ピクニックシートもう一枚広げてくれる? それからカタギリーくん」
「はいな、おいおい」
「クーラーボックスお願い。重くてごめんね? ネロータちゃん」
「HEY! オーイエー!」
「ビーチパラソル立ててくれる? カタメくん」
「うん」
「安静にしててね」
カタメは凄まじいまでに首を寝ちがえてしまっていた。相当な重症で病院に行ってから蚤の市の会場である神社の境内までやってきたところだ。文字通り首が片方にしか回らず、
『アナタの右隣を見ずに生活しなさい』
と、まるで哲学か宗教の啓示のような診断を医師から受けたという。
だからカタメは常にトケルの右側に立った。
「ごめんねトケルさん。役に立たなくて」
「ううん。カタメくんには昨日までの準備で大活躍してもらったから。でもよくこんなに集まったねー」
「うん。芸大行ってる従兄弟に聞いたら結構みんなSNS用に猫の絵描いてるんだって。やっぱり猫の需要が高いらしいよ」
「犬の絵は?」
「そうでもないみたい」
「Hey! Youら!」
「え? youら? なに、ネロータさん?」
「ロックは犬さっ!」
「え? 意味分かんないんだけど・・・なんで犬がロックなの?」
「犬がロックじゃないさっ! ロッカーは犬派なのさ!」
「へ、へえ・・・」
カタメはそれ以上逆らわないようにした。
月一度神社の境内を解放して開催される蚤の市にこの5人で参加することになり、何を売ろうかと散々話し合った結果、なぜか猫の絵を売ろうということになった。カタメが従兄弟に声をかけたところ芸大生たちが趣味で書いている猫の画像を大量にかき集めて吐き出してくれたのだ。犬を差別するのか、とネロータが主張したので犬の画像も一応集めることとなった。
更にはカタギリーが「ハムスターの立場はどうなるね?」と言ったがとても手が回らないので全員がスルーした。
夏休みとて飲食の屋台も結構出ている。意外なことにカレーが多い。
「夏に熱っついカレー、いかがですかぁ!」
「はいはいはい、ご当地初のカップカレー! そのまままともに『飲む』カレーだぁ!」
「おっとー、ウチはアイスカレーだっ!」
もはやカレーの定義が定まったものでは無くなってしまっている。
「トケルちゃん。みんなで食べようか?」
「ロカビーちゃん。稼いだらね」
これまた意外なことに天然キャラのはずのトケルが場を見事に仕切っている。それもなんだかよく分からない内にこの猫・犬画屋の店長に収まっていたという自然さで。
意外なのではなく時代が『融和型リーダー』を求めているということか。
「じゃあ、開店! 稼いでこー!」
「おー!」
トケルの宣言で営業開始となった。
ただし待ちの営業ではない。5人全員がビジネスパーソンとしてそれぞれの特徴を活かした客引きを行う。
「あ・・・あなた、猫好きですね」
「え? どうして分かったのー?」
「自立した女性という感じがしたので」
『自立した女性』というのはお愛想だったがロカビーは相手の好みの動物が瞬時に分かるという異能を発揮した。
「ねえねえ、ロカビーさん。じゃああのダークスーツ着たいかつい男の人は? 犬とか好きそう」
「カタメくん、ウチの客じゃないね。あの人はフェレット」
「へ?」
「お兄さん、この子猫の絵に貼ってある『猫と圭子』って付箋ってなんなの?」
「タイトルね」
「絵の?」
「そいそい」
「へー。この子猫の飼い主が圭子さん?」
「のいのい。猫を車で撥ねたのが圭子さんね。撥ねられた子猫は実は早苗さんという高校生の飼い猫ね。子猫が死んでしまったショックから立ち直るために早苗さんは子猫をテーマにした小説を書いたね。その小説で文芸誌の新人賞に応募してその審査委員長が偶然圭子さんだったね。圭子さんは子猫を殺してしまった罪悪感から逃れられず早苗さんの小説を大賞に推すかどうか悩むね。大賞の行方はどいどい? 圭子さんと早苗さんはそれぞれが子猫の死を乗り越えることができるのかおいおい? そういう映画ねおいおい」
「まあ! か、買うわ!」
カタギリーは架空の映画を妄想ででっち上げる異能。
「猫は遍くココロを癒し 犬は遍く気持ちを添える。唇に
「おー」
ネロータはあらゆるどうでもいい事象を深いような感じの歌に変換する異能。
「僕は・・・」
「カタメくんは居てくれるだけでいいから」
「え? でも、トケルさん・・・」
「不安?」
「ちょっと」
「ふふ。じゃあ今日の営業が終わったらカタメくんの異能を教えてあげるね」
「え?」
やはりかわいいものの需要はいつの世でも廃れることがないようだ。今時ネットでいくらでも猫や犬の画像が手に入るだろうが、やっぱりこうして青空の下で実売するとそれでもついつい欲しくなってしまうのが人間というものらしい。
「いやー、売った!」
「稼いだ!」
「やった!」
画像提供者の芸大生たちは全員学生寮に入っているそうなので今日の売り上げから寸志をカタメの従兄弟に渡して寮での飲み会資金にするらしい。
その分を除いたお金を5人で均等分割した。
約束どおり境内の石段で思い思いのカレーを食べながらトケルが締めの挨拶をした。
「みんなお疲れさまー」
「いえー!」
「おかげさまで稼がせていただきました! これで来年まで安泰です!」
「いやいやいや」
「みなさんそれぞれ特徴を如何なく発揮してくださったわけですけど、カタメくん!」
「は、はい!」
「カタメくんが病院に行ったって聞いたときはどうしようかと思いましたけどよくぞ怪我を押して参加してくださいました! ありがとう!」
寝ちがえは怪我かー? というヤジも飛ぶ中カタメも恐縮してなんとなく立って挨拶する。
「いやー。結局店番しかできなくてごめん。みんなが頑張ってくれたお陰で俺までこんなにお金貰っちゃって申し訳ない」
ちがうよー、という声がした。
ロカビーだった。
「えと。カタメくんはみんなのサポートをいっぱいやってくれてたよ。ゴミ拾ったり」
「うんゴミ拾ったり」
「ゴミ拾ったり」
ははは!と笑ってそれからロカビーが冗談冗談と言いながらまとめてくれた。
「カタメくんを見てると、あ、自分もちゃんとしなきゃ、って気になるんだよね。なんていうか誰も見てないところでも誠実っていうか。真面目だし絶対に意地悪なことしないし」
カタメは照れて俯いている。
トケルがつぶやいた。
「名前の通りだよね。みんなのつながりを『カタメ』てくれるもんね」
「おっ」
「なに? ネロータちゃん」
「トケルが溶かしてカタメが固めて。一生離れられないんじゃないの?」
「あ。ほんとだね」
自らはっきりと肯定するトケルにこそみんなして「ええー!?」と照れまくった。
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