シネマでトケル

 カタメは緊張していた。


 トケルと一緒に初めて映画館に映画を観に来たからということもあるのだが、カタメにとっては映画そのものが問題だった。


 カタメはホラーが本気で怖くてしょうがなかった。


「トトトトトケルさん。怖怖怖怖かったら俺に抱きついていいからね」

「わ。カタメくん、頼りになるーぅ」


 明らかに挙動がおかしいカタメを見てそれでもトケルはこういう反応を本気の天然でしていそうだった。


「うーん、『日月(にちげつ)の交わり』っていうタイトルがなんかいいよね。和風テイストの静かな恐怖っていうか」

「う、うん。そうだねトケルさん」

「でも結構血がドバドバで思いっきりグロいかもねー。うふふふふふふふふふ」


 トケルの微笑はカタメが今まで見たことのない表情だった。


 ドオン!


「ひえっ」


 ホラーへの恐怖が強過ぎてアクション映画の予告編の映像だけでビビるカタメ。


「あ。始まるよ。わくわく♡」


 そういうトケルのかわいらしい仕草もホラーを賛辞するのであれば悪魔の表情としかカタメには映らなかった。


‘日月(にちげつ)の交わり’


『死ぬ!』


 総合病院の診察室のシーンから始まる静かな立ち上がりかと思いきや冒頭からいきなりヒロインが絶叫して駆け出すという激しい場面に急転換した。


「うっ・・・」


 まるで初めて飛行機に乗った時のように映画館のシートの下で、ぎゅうっ、と足を突っ張らせるカタメ。


「カタメくん。黒糖味、美味しいよ」


 カタメの緊迫した状況など露知らず長閑に囁いてポップコーンを勧めるトケル。

 冒頭シーンの後しばらくは主人公ふたりの旅のシーンに入り落ち着いた展開となる。ただし全体を貫くひそかな片隅の「夜」という感覚がじわじわとカタメの精神にダメージを蓄積していく。ただ、トケルはそんなことお構いなしだった。独り言のようにヒロインの名前をそっとつぶやきながら映画に没頭していっている。


「『翡翠』か・・・この子の感覚、なんとなく分かるなー」


 映画は中盤からヒーローの賢人とヒロインの翡翠が世の秩序を破壊しようとする『悪魔』と戦うジェットコースターのような展開へと突入していく。戦闘シーンでは残酷な描写も随所になされ、カタメはその度に分かりやすい反応をする。


「わ!」


 と体をビクンとさせる。


「ひいっ」


 と目を手で覆う。


「おお・・・」


 と絶望した表情になる。

 その度にトケルはカタメの顔を覗き込んでアイコンタクトをして微笑む。


『楽しんでるね、カタメくん!♡』


 うんうんと頷きながらトケルの目がそう語りかけてきて天然もここまできたら罪ではないかと思うと同時にこういう女の子を好きになってしまった自分をカタメは恨むような感覚すら持ち始めていた。


 そこへ来て怒涛のクライマックスシーンに突入する。

 それはもはやホラーであるだけでなくアクションと神と悪魔の戦いという深甚さと地獄の心底の恐怖といった様相を見せ、ふっとトケルが館内を見渡すとほぼ100%カップルっぽい客席が3パターンに分類されることに気付いた。


パターン①

 女子が男子に抱きついているふたり。

パターン②

 女子も男子も『うわ、スゲースゲー』と怖がったり驚いたりしているふたり

パターン③

 女子は普通に楽しんでるけど男子が戦慄して凍りついてるふたり


『ありゃー。もしかしてカタメくんはホラーが苦手だったんだ』


 自分たちがパターン③の特殊例だとようやく気付いたトケルはカタメに申し訳ないと思いながらもそんなことは御構い無しに映画はどんどんと観客を恐怖のどん底へと突き落としていく。


 もはや悪魔が世界を支配し尽くすという底知れぬ闇に観客全員が絶望しかかっていた時、トケルはスクリーンに向かってそっとつぶやいた。


「溶けろ」


「おおおおおー!」


 最後の最後の土壇場のシーンでありえないハッピーエンドの出現に観客がどよめく。

 エンドロールが流れる暗闇の中、前方席からひとりふたりと観客が立ち上がり拍手し始めた。


「カタメくん、わたしたちも」

「う、うん・・・」


 薄暗い中、スクリーンの淡い光に照らされるカタメの横顔にトケルは思わず見入った。

 カタメは主人公ふたりが暗闇の中から掴み取ったハッピーエンドで宇宙空間を見上げる映像を食い入るように、きりりとした男子の表情で見つめて、けれどもその目には流れるままの涙が溢れていた。


 トケルは思わず微笑んだ。


『カタメくんて、いいな』

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