ラジ体:朝日にトケル
トケル:カタメくん。ラジオ体操行かない?
夏休み初日の早朝にLINEが入る。
昨夜は遅くまで面白いバンドでもないかと動画を探していたのでカタメはまだまだ眠かったがトケルからの予期せぬお誘いにぱっちりと一瞬で目が覚めた。
ただ、ラジオ体操の場所が分からない。
カタメ:おはよう。どこ?
トケル:里山の上のお寺の鐘があるところ。
ああ、あそこか、とカタメは玄関の自転車に跨りながら上り坂を立ち漕ぎで走り始めた。
小高い丘のような山の上にあるお寺に誰でもいつでも鳴らしていい鐘が置かれているのだ。それは除夜の鐘で鳴らされる以外に時折煩悩を消したいひとたちが季節問わずに鳴らしにくるので周辺住民からクレームが入ることもある。住職は偏屈な人でクレームは一切スルーしているし、真夜中までわざわざ来るのは暴走族ぐらいなので、そういう輩には偏屈さを遺憾なく発揮して住職は過剰な撃退をしている。
「鳴ってる鳴ってる」
ごわーん、と無思慮な小学生どもが、けれども少しは遠慮して鳴らしているだろう鐘の音を目標にカタメは山を登る。トケルが待っていることを思えば平地ぐらいのスピードが出せる自分を男なんだなあ、としみじみといじらしくなる。
「あ。カタメくん、おはよう」
「おはよう、トケルさん」
にっこりと挨拶を交わす2人に小学生男子どもが食いついてくる。
「わーわー、カップルだー。わーわー」
「ねえねえ。つきあってどのくらいー?」
カタメは小学生のそのまんまのガキっぽさにややいらつきながら照れながらも、カップル扱いにまんざらでもない。
やや喜んでいるとトケルが思いもかけないことを言った。
「そうだねカタメくん。わたしたち、つきあおうか?」
「えっ!?」
瞬時に『は、はい! よろしくお願いしますぅ!』と口をぱくっと開きそうになったところをつかつかと鐘の前に進みでるトケル。そのまま鐘の前の棒の紐を持つ。
「じゃあわたしからね。えい」
猫の絵がプリントされたTシャツの胸を反らしピンク色のショートパンツから伸びる素足に履いた濃紺のデニム生地のコンバースのつま先を、ピン、と突っ張って全身で反動をつけて、トケルは鐘を
ごわわ〜ん
「うん、いい音色。えっと・・・あ! 『Good!』だ。やった!」
棒グラフみたいな液晶表示が映し出されるタブレットが鐘つき堂の柱に設置されていて、そこにトケルが言ったように『Good!』の文字が浮かび上がっている。小学生男子どもが、ほおぉぉー、と唸っている。
「トケルさん。なにこれ・・・?」
「観光スポットにしようと住職さんが作ったんだって。音の大きさを競うんだと周りに迷惑だから音の周波数の組み合わせが最適な美しい音色を競うの。さ、カタメくんの番」
天然を通り越したハイパー天然で『つきあう』の意味が『撞き合う』であることを解説するトケルに、けれどもちょっとだけ『かわいい』と思ってしまう自分を情けなく思いながらもやっぱりカタメは鐘を突いた。
「そりゃ」
ごぉおおおおん
『Excellent!!』
「おおおおおおおー!!」
「うわ! カタメくん、すごい! エクセレントだって!」
「え? え? これってすごいの?」
「ほら! 住職さんが来たよ」
全身黒の法衣フル装備の住職が本堂から出てきた。
「見上げた若者だ。こういう音色はよほど決意の固い者でないと出せない」
「はあ・・・まあ名前がカタメですから」
「なあ君。ひとつ鐘の鐘き方を皆に指導してくれんか?」
「え? 鐘の撞き方? みんなって誰ですか?」
「ウチの跡取りどもじゃよ。おーい。みんなこっち来んかー」
「はーい」
小学生どもの集団の中からトトトト、と歩いてきたのは低学年の女の子、中学年の男の子、高学年の女の子の3人だった。どうやら姉兄弟らしい。
「この方に鐘撞きを教えてもらいなさい」
「はい。師匠! お願いします!」
「え? 師匠?」
カタメは住職の子供たちに『師匠』と呼ばれて気恥ずかしさでうろうろした。トケルがそれに追い打ちをかける。
「カタメくん、鐘撞きマスターだね!」
もしかしたら除夜の鐘などで煩悩を払うという深い意味があるのだろうが、鐘撞きにここまで深甚なリアクションをするこの場の全員に異様さを覚えるカタメ。ただ、固唾を呑んで見つめるオーディエンスを無視する気概は無かった。鐘撞きのモーションに入るカタメ。
「じゃあ」
さっきと同じようなゆったりとしたフォームで編み込まれた年季入りの鐘を撞く棒に括られた紐を引き、流れるように打撃した。
ごわおぅおぅおぅおおおおおーん
「ん?」
とさっきとは明らかに異なる鐘の音に全員が微妙な表情をする。住職も腕組みしたまま計測器のインディケーターを見つめる。
『Terrible!!!!!!』
「こ、これは・・・どう評価すればいいの?」
「直訳だと『ひどい』だが・・・」
「でも『!』が6つもついてるぞ!」
「住職、いかが!?」
「うーむ」
小学生ばかりなのに何かものすごく通な老成した集団のようなリアクションが繰り返されて場の緊迫感が極大になった時。
やっぱり溶かしたのはトケルだった。
「ああ・・・素敵な音色・・・♡」
全員が一斉にトケルに注目する。
「低音域のお腹の底からせり上がってくるような響きとむしろ後から遅れてくるような打撃の時の金属音。そして中音域のビリビリとした歪んだ調べ。そして最後にわたしたちの内耳をくすぐる微かな高音。地の底の地獄から一気に天上の極楽へとハリアーで急上昇するような、そんな素敵な音色だったよ。カタメくん。まさしく『Terrible』だよっ!!」
理解不能なはずの長ゼリフだったが、胸のあたりで手のひらを組んだ乙女ポーズで目をキラキラさせ頰をうっすら紅く染めてカタメを潤んだ目で見つめるそのトケルの表情が。
場の全員のハートを貫いた。
ズキューン、と。
「そ、そうじゃ! この娘さんの言う通りじゃ! まさしくこの世のものとは思えぬ幻想の音色じゃった!」
「カタメ、最高!」
どわああー、と取り囲まれ祝福を受けるカタメ。
ラジオ体操どころではなくなった。
「カタメくん、よかったね。褒めてもらえて」
「いやー。なんだろねこれは・・・」
「じゃ、帰ろっか」
「あのさ、トケルさん」
「うん?」
「俺今日頑張って自転車で登って来たんだ。よかったら後ろに・・・」
「あ。ごめん。わたし、あれなんだ」
トケルが鐘つき堂の隅を指差すとカタメはその小ぶりの乗り物に驚いた表情をする。
「ス、スクーター?」
「うん。ベスパだよ。かわいーでしょ」
それはまるで夏空のような水色のベスパだった。
「転校前に免許取ったの。二人乗りできるやつだよ」
「そ、そうなんだ・・・」
なんとなくカッコつける場面をすかされてしまったような少し寂しい気分になったカタメだったが、トケルの一言で急に元気が回復する。
「後ろ、乗る?」
シートをぱかっと開けてタンデム用のヘルメットを渡されるカタメ。
断る理由などなく、バックシートにまたがる。
「じゃあ、行っくよー!」
トケルが軽くアクセルをふかし、パパパパ、と走り出す水色のベスパ。
朝日が昇りきった夏空に溶けそうな下り坂を、カタメはヘルメットからこぼれるトケルのポニーテールの、シャンプーの香りを感じながら、二人乗りのベスパはふたりの街へと駆け下りていった。
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