みんなでトケル

「溶かしてくれるんだって」

「何を?」

「ココロを・・・」


 そのやりとりをする女子男子ともに全員うつむき加減で顔を赤らめた。

『青春だぁ!』

 と誰もがココロの中で叫びながら。


「カタメくん。わたしの家に遊びに来ない?」

「え」


 終業式で明日から夏休みというタイミング。さわさわと賑わう教室でカタメにそう話しかけたトケルと、うんうんうんと全力で頷いているカタメの姿を不特定多数の男女どもが見逃そうはずがなかった。


「ここ」


 セミが鳴きしきる緑化公園の道を抜けてたどり着いたのは10階建てのマンションだった。エレベーターで昇ったその最上階の2LDKの部屋がトケルの自宅だった。


「おじゃましまーす」

「どうぞぉー」

「えと。先生が漏らした個人情報によると・・・」

「うん。わたしひとり」


 トケルの言葉に否応なく緊張の高まるカタメ。キッチンに通されて冷蔵庫の製氷ドアから無造作に氷をガコッ、と掬いグラスにガラガラと放り込み、なぜかハチミツの空き瓶にドリップされてステンレスの天板に放置されたコーヒーをドボドボとふたり分注ぐトケル。


「シロップ、要る?」


 見るとそれは市販のガムシロップではなく上白糖を焦げ付かないように鍋で煮溶かして作ったものでそれは小さなジャムの小瓶に溜めてあった。

 いるいる、とカタメが言うとトケルは、ちゅらー、とコーヒーに注ぐ。朝顔に乗っかった露のような球体が液面を滑る。同時にトケルが訊いてきた。


「生クリームは?」

「それもお願いします」


 緊張が極限に達し思わず敬語になっていることに自分で気が付いていないカタメのグラスに、やっぱり冷蔵庫から取り出した生クリームの紙パックからとろりとトケルが流し込むとインターフォンが鳴った。


「はーい」


 返事してモニターに向かうトケルの声を聴きながら、『甘いな・・・』とつぶやきトケルの淹れてくれたアイスコーヒーをマドラーでふた混ぜしてから飲むカタメの前にトケルが立っていた。


「来ちゃったって」


 1分後、カタメが憮然とした表情で睨みつけるようにしていると新たに招き入れられた男女が、どうもー、という感じで応対してきたのでカタメは余計に神経を逆なでされた。


「みんな、よくウチが分かったね」

「いやー。たまたまこの近くを歩いてたらトケルさんとカタメくんみたいな人がいたからもしかしたらって思って・・・」

「ねえ」

「そいそい」

「あ、そうなんだー」


 絶対にそんな訳ないのに長閑に極天然の応答をするトケルにやや苛立ちと失望を覚えるカタメ。

 その表情を男女どもは見逃さなかった。


「と、溶かして貰えば!?」

「はい?」


 口火を切ってカタメにそう言ったのは女子の中でクラスいちの小説読みであるロカビーだった。


「そ、そいそい!溶かしてもらえばどいどい!」


 意味不明の単語で会話する男子随一の映画通・カタギリーがブーストする。


「いっけー! 溶かし尽くすのさー!」


 自称バンド少女のネロータがシャウトする。


「みんな一体なんだよ! 何しに来たんだよ!?」

「そ、そういうカタメくんこそ!」

「そいそい! 下ゴコロ、おい!おい!」

「Oi,oi,oi!Fuckin' 下ゴコロ!」


 けれどもこの場の誰よりも破壊力のあるセリフを、トケルは吐いた。


「みんな、溶かしてほしいの?」


 一瞬静まり返り、数秒の間を置いて激しく頷き合う男女4人。


 トケルはストローを5本取り出して全員に配った。それを差し込み、テーブルの中央辺りにグラスを寄せ集めるように指示した。


「みんな、顔を近づけて」


 男子二人はトケルもそうだが、残りの女子二人の顔も極限まで近づいて3人の女子の肌のうぶ毛まで見えるような距離とギリギリに漸近して触れるか触れないかのようなくすぐったい、表面張力のような感覚についついうつむいた。トケルが次の指示をする。


「ひとくち、飲んで」


 言われるままに、ちゅっ、とストローでひとくち分吸い込み喉をこくんと鳴らす。


 トケルは自分のストローから口を離し、その少し広いおでこを全員のおでこにくっつきそうなぐらいに近づけた。

 そして、唇を尖らせる。


「溶けろ」


 囁くようにつぶやいて、無色のマニキュアを塗ったような滑らかな光沢を放つ人差し指の爪で、チン、とグラスの淵を弾いた。


 全員の目の前で、全員のグラスの氷が、ジュワ、と溶けて、薄いアイスコーヒーになった。『え?』という全員の凍り付いたような無表情を見て首をかしげる。


「え? 溶かしたけど」


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