カタメてトケル

 足を肩幅に広げてトケルは3年生ふたりの前に立つ。


「溶けろ」


 ひとこと言ってトケルは男子の耳に唇を近づけ、ふうっ、と息を吹きかけた。


「わわわっ!」

「ちょっとアンタ、何すんのよ!」

「溶けろ」


 騒いだ女子に向かってもそう言うと、今度は彼女の頰に唇をツン、と尖らせてキスした。


「えっ・・・」


 放心状態になる3年生女子と、それを見てさっきの感触を思い出すカタメ。


『トケルさんの唇・・・』


 さっき自分が咄嗟に手で塞いでしまったトケルの小鳥のくちばしのような固い唇の感触。ぼんやり自分の手のひらを見ていると男子が大きな声を出した。


「な、何したんだ!?」

「溶かしました」

「な、何を?」

「先輩方のココロを」


 ・・・

 ・・・

 ・・・


「アンタ、言ってて恥ずかしくない?」

「で、でも本当なんです! 溶かさせていただきました。お二人の冷えて固まったココロを」

「そんなわけないでしょ!?」

「い、いや・・・」


 男子が胸に手を当てる。それから今度はこめかみを指で揉んで目を閉じた。


「溶けた、のか・・・?」

「え?」

「なあ、深呼吸してみろ」

「ええ?」


 男子に促されて女子が深呼吸する。男子は自分でも深呼吸を始めた。


「なんか、スッキリしてる。つかえがない」

「だろ? なんでケンカしてたんだっけ」

「アンタの浮気」

「あ。それを忘れるわけじゃないんだ」

「でも、なんかそれも特にそこまで思わない。許す訳じゃ決してないけど、でももういいかも。怒る気になれない」


 一瞬風が吹いて、ぶわっ、と膨らんだカタメのワイシャツの生地をトケルがつんつんと引っ張る。


『今のうちに』


 ぱくぱくと唇の動きだけでトケルが合図するとカタメの手を取って駆け出した。引きずられるようにカタメも走る。


「あ・・・」


 3年生のふたりが何か言おうとしかけたがトケルとカタメはもう階段を降り始めていた。


「ね、ねえ、トケルさん。さっきのって?」

「うん? ああ、そのままだよ。溶かしたの。あの2人のココロを」

「トケルさんって、超能力者?」

「ううん。超能力じゃなくって通常能力?」

「でも、ココロを溶かすってそんな・・・」

「ふふっ。虚を突くというか拍子抜けさせるというか。ほら。わたしって天然なところあるでしょ?」

「天然なところというか全てが天然記念物みたいだよね」

「あ。ひどーい。まあ自分でも否定できないけど」

「いつもさっきみたいにするの?」

「うーん、相手を見て。一番効果があるのは女の先輩にしたみたいにキスすること。でもさすがに男の人のほっぺにキスするのは無理だったから」

「ご、ごめん・・・」

「ん?」

「いや・・・さっきトケルさんの口を塞いだ時、俺の手のひらにキスしたみたいになっちゃって」

「・・・・・・・・・・・・・・あ」


 トケルが気温以上の体温で頰だけでなく首筋から背中まで火照らせて全身が赤らんだ。


 カタメも言ってしまってから自分のセリフの大胆さに気づいてトケル以上に体を赤らめた。

 赤らめついでに口に出した。


「その・・・トケルさん。俺たち付き合わない?」

「? え? 付き合うって・・・?」

「いやだからその!」


 本気で疑問符を発しているらしいトケルにカタメはいわゆる壁ドンという死語に近い行為をしようとした。


 が、思わぬ形で阻止される。


「溶けろ」


 カタメはそう言ってトケルの痩身に向かって勢いづいていた自分の体全体のその一番突端の部分、つまり、『鼻の頭』をトケルの柔らかく沿った人差し指で、ちょん、と突かれた。


「・・・・・・」

「溶けた?」

「・・・うん」


 途端に2人が向き合っている屋上から降る階段の踊り場のその角から、ドドドド、と人の塊がコケてなだれ倒れてきた。クラスの男女どもだった。


「な、なんだそれー!?」

「溶けるなよぉ〜!」

「アンタたちいい加減にしてよー!」


 女子男子問わずトケルとカタメのふたりにクレームの嵐をぶちまける。

 トケルがやっぱり超絶天然笑顔で返答する。


「だ、だって・・・カタメくんが肩こりとかで疲れ果てたらかわいそうだと思って」


 告白を期待していたところに繰り出された、字面は知的さのカケラもない、だけれども取り様によっては深い哲学の様にも聞こえるトケルの言葉に落胆する女子・男子ども。


 ただ約数名、の男女はこう感じていた。


『わたしも(俺も)溶かされた〜い!』


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