異能力全開女子・溶解トケル

naka-motoo

転校生・トケル

 ヒロインが転校してくるシーンから始まる物語は大体ハズレがない。

 だから彼女の属性も『転校生』である必要があった。


「えーと。今日からこのクラスに編入する溶解ようかいトケルさんだ。彼女はご両親が2人とも単身赴任で県外でお勤めだ。しばらくはお父様のところから埼玉の高校に通っていたが九州に転勤されるのを機にこの県に1人で戻って来てこの高校に通うことになった」

「先生。個人情報漏らしてますよ」

「おっ。ほんとだな。溶解さん、済まないね」

「いいえ」

「じゃ、溶解さんの方からみんなに自己紹介して」

「はい。溶解トケルです。二年生のしかも夏休み直前のこの時期に編入となりましたけど、早く皆さんと仲良くなりたいです」


 極めて普通の自己紹介だった。

 本人の属性は実は普通とは真逆なのだが。


「ねえ、溶解さん。何か特技とかないの?」

「えー。そうだね。ソフトボールかな。表向きは」

「へー、ソフトボール。え? 表向きってなに?」

「あ。ごめんごめん。気にしないで。ソフトボール部ってこの高校にあるの?」

「ううん。今時は女子野球部になっちゃって」

「へー。野球か・・・ちょっと無理かな」


 県立八夕はちゆう高校は長閑な高校なので尖った質問をしてトケルを困らせる生徒はいなかった。本来ならば『トケル』というカタカナ書きの名前になんらかの質問をぶつけてもおかしくは無いのだが。


 ホームルームが終わりトケルが質問責めから解放されて自席に着くと隣席の男子から話しかけられた。


「溶解さん。『トケルさん』って呼んでいい?」

「いいよ。でもいきなり下の名前で女子を呼ぼうなんてなんかすごいね。アナタは?」

凝固ぎょうこカタメ」

「ふーん。え? 凝固? カタメ?」

「どう? 俺がトケルさんに親近感持つ理由、分かってくれる?」

「うんうんうん! カタメくん、よくぞここまで真っ直ぐに育ったもんだよ!」


 トケルとカタメは名前つながりのなんだかよくわからない友達になった。

 こういう特殊事情なので2人のこれまでの人生の歩みに同情するクラスの男子・女子たちはトケルとカタメが一緒にお昼の弁当を食べることに特に違和感を持たなかった。

 一緒に学校から帰ることもごく普通の流れだと全員が認識していた。

 その途中でハンバーガー屋さんでホット・チョコパイなんかを食べるのもまあ友達の許容範囲だと考えていた。

 ただ、その一連のフルコースが既に二週間漏れなく続いており、三日後には夏休みに入るという段になるとクラスの空気がなんだかざわざわし出した。


『もはや限界か』


 そう察したカタメはトケルに声をかけた。


「トケルさん。今日は屋上で弁当食べない?」

「? うん、いいけど?」


 2人が教室を出て行くと聞き耳を立てていた男子・女子どもが、イエー! と声を上げた。


『告白告白ぅー!!』

「カタメくん。みんななんて言ってるんだろ?」

「さ、さあ・・・」


 屋上の鉄扉をギギ、とカタメが開けるとコンクリートは熱をトケルとカタメの顔の位置まで照り返してきた。かろうじてヨガマット2組分ぐらいの日陰をみつけ、そこに隠れるように2人で身を寄せ合った。


「暑くてごめん」

「いいよ、夏だもん」


 トケルがいつもらしい天然を通り越す極天然の返答をしたところでカタメはさっさと用事を済ませようと腹を決めた。

 カタメにとっては人生初となるこの最重要の儀式も熱中死してしまってはトケルに申し訳ない。躊躇せずに声に出した。


「あのあのあのさ。ト・ト・ト・ト・トケルさん、俺俺俺さ」

「しっ」


 カタメのナチュラルなラップを中断させたトケルは日陰になっているその壁面から直射日光がまともに当たっているコンクリートの中央辺りに視線を送った。


 男子と女子が2人、向き合って立っている。2人とも3年生のはずだ。ジリジリと額と顎の辺りに汗が粒になっている様子が離れたこの場所からも見えた。


「ケンカ、かな?」


 トケルが言いかけたところで女子が平手で男子の頬をはたいた。


「うわ」


 思わず声を上げそうになったカタメの口をトケルが手のひらで塞ぐ。カタメは自分の顔が汗で濡れているのをトケルが気持ち悪がらないかと心配したが、トケルは頓着ない様子で、きゅっ、とカタメの唇に手相の『て』の字辺りのぷっくらした肌を押し当ててきた。

 日陰で体をすり寄せ合うようにしながらトケルがカタメの口を塞いでいるとさっきよりも大きな音がした。


 パン


 3年生の男子の方が女子の頬を手のひらではたき返したのだ。


「わ」


 今度はトケルが声を上げそうになり、カタメは決してそんなことするつもりがなかったのに反射でトケルの口を自分の手のひらで塞いだ。むぐぐぐ、と唸るトケルの唇が、ツン、と自分の手のひらを小鳥がくちばしで啄ばむように触れた瞬間、


「ご、ごめん!」


 とカタメは慌てて手を離し、自分が声を上げてしまった。


「誰!?」


 鋭くトケルたちに訊いてきたのは男子ではなく女子の方だった。殴られたショックとかないんだろうかとカタメが思う間も無く3年生の2人はトケルとカタメが座る日陰に歩み寄ってきた。


「何してる」

「す、すみません。見るともなしに見てしまって」

「聞くともなしに聞いてしまって」


 トケルの天然の返しにつられてカタメも思わず古典ギャグのような返答をしてしまい、それが男子の方の神経を有り得ない角度からつつくような結果を招いた。


「ふざけてんのか。人が真剣に話してたのに」

「は、話じゃなくて殴ってましたよ?」

「勢いだよ。なあ」

「わたしは本気で痛めつけるつもりでアンタを殴った」


 女子の方の目が完全に屍人のようだった。カタメが慌ててフォローを入れる。


「せ、先輩方! 多分何か行き違いがあったんですよね? おふたりは付き合って長いんでしょう?」

「ああ。中学の時から、もう5年だ」

「だから腹立つの! 浮気するならもっと早くにしてよ! 5年も経って今更なんなのよ!」

「俺だってなあ、寂しかったんだよ!」


 出た、『寂しかった』という万能ワード。そういうのは深甚な精神的演技がウリの俳優にでも任せておきなよ、とカタメが考えている瞬間に女子が蹴りのモーションに入った。


 そこで声を掛けたのはトケルだった。


「あの・・・溶かしましょうか?」


 そこに居る全員の動きが数秒止まった。再始動した時の全員揃った第一声が、


「はあ?」


 だった。

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