3章 5
気のせいかもしれないが、玲は背後の席の留美からの視線を感じていた。
授業中なので振り返ることはできないが、一度気になり始めるとそわそわしてしまう。そんなそわそわした自分も見つめられているんじゃないかというスパイラル。いっそのこと本人に聞けばいいのかもしれないが、先ほどの出来事もあるのでそれもまた難しかった。
昼休みになっていつものように食堂に誘われるが、彼女の様子はいつもと変わらずそれがまた玲をそわそわさせてしまう。
「どうしたんですか玲さん? なんだか先ほどから様子がおかしいようですが」
「え? そ……そうですか? 気のせいじゃないですかね」
はははと乾いた笑いを漏らす。首を傾げる留美よりも先へと進みだして食堂のドアを開けて
「ん、今日は人が多い」
授業が終わってなるべく早く着いたにもかかわらず、食堂にはすでに人があふれていた。席は6割ほどしか埋まっていないが、食券販売機に並んでいる列と配膳を受け取るために並んでいる分を足すと座席の9割は埋まってしまう量。
「そういえば今日と明日は高等部の学食が機材の点検で使えないので、こちらに回ってくると聞いた記憶が」
「あー、なるほど」
よく見れば制服が違う人がいた。
「学校側としても混雑するのはわかっていたので、高等部の人にはできるだけ購買や外のコンビニなどで買ってくることを推奨していたみたいなんですが……」
学食内を見回して繁盛ぶりを見て
「結構多いですね」
「うん……というか、もしかして小等部の子も来ている?」
明らかに小さな女の子が席に座っていた。
「みたいですね。もともと来ちゃいけないわけではないですが、高等部の人も来ているのだからと自分たちも来てみたくなったのかもしれません。それで……玲さん? そろそろ私たちも座りませんか?
このままでは座る場所がなくなってしまいますよ」
食券販売機の列も配膳の列も消化が早く、昼食を受け取った生徒たちがだんだんと席に座り始めている。その分先に座って食べ始めていた生徒が、食べ終わって食堂を後にし始めているがそれ以上に入ってくる生徒の数。
「じゃあボクが二人分持ってきますので、留美さんは席の確保をお願い出来ますか?」
「はい、わかりました」
頷いて二人分開いている席を探しだす。
「で、留美さんはなにを食べますか?」
食券販売機にはまた列ができていて、最後尾に並んだ玲は時間つぶしに学食内を眺めていた。普段あまり見かけない高等部の生徒たちは後輩に残る初々しさに微笑みながら食事を続けている。同じく普段見かけない小等部の少女たちは、多少場違い感を覚えながら、経験のない学食を子供らしく楽しんでいた。騒がしいが秩序のある学食に妙な風が吹いたのはそんなお昼時。
無事に二人分の食券を購入してあとは料理が出来上がるのを待つだけ。そんな玲の耳にまずは一方的な注意の声が入り込んでくる。
「私の荷物をどかしてまで座りたいのなら、私にじかにお願いしてはどうですか」
その声は聞き流していたが
「あら? 荷物なんて最初からなかったけど? 勝手な言いがかりはよしてくれないかな」
ここで玲の視線が会話のほうへと向けられる。昼食が乗ったお盆をテーブルの上に置いて、箸をつけて今にも食べようとしている高等部の少女と、お盆に料理を乗せたまま食ってかかっているこちらも高等部の少女。今の会話から事情はなんとなく察していた。この繁盛ぶりだ。席を確保するのも楽ではない。列に並ぶ前に荷物かなにかを置いて席を確保したのだろうが、それをどかされて座られたようだ。
「しっつれいなことを言わないでください!」
無理やりお盆をテーブルに置いたはいいが、置いた衝撃で汁物が飛び跳ねて……
「よくもあたしの顔に……!」
パチーンと、頬を打たれた音が食堂内に響く。叩かれた少女は呆然としながら赤く染まる頬を抑えて数秒後、今度は反撃に出た。もう一度頬を叩かれる音が響いてそこからは取っ組み合いへと進展してしまう。
一気に騒がしくなる食堂内。慌てる者、止めようとするが近づけない者。関わりたくないと食堂から出て行く者に教師を呼びに行く者。列に並んでいた玲はどれでもなかった。
心の中のもやもやはいつの間にか晴れていた。
列から離れて一直線に向かう先には、現場に近いながらも呆然としてその場から逃げられないでいた留美の姿。喧騒の中で例は彼女の手首を掴んで、それはまるで踊りを踊りだすように彼女の体をそっと抱き寄せる。その勢いのままお姫様抱っこをして現場から離れた。
これには留美も慌てて
「ちょ……ちょっと玲さん……お、降ろしてください!」
スカートを抑えながら懇願する。すでに食堂内にいた生徒たちの視線は、取っ組み合いをしている二人から玲と留美に集まっていた。しかし玲はそのまま移動を続けて、元の列まで戻った所で彼女を降ろす。
「うん、これで安心」
ニッコリ笑う玲だったが、当の留美は顔を真赤にして目尻に涙をためて、なにか言おうとするが荒い呼吸のせいで言葉がうまく出てこない。
取っ組み合いをしていた二人すらも動きを止めていて、いつの間にか事態は収束していた。このあと教師がやってきて問題を起こした二人は高等部へと連れて行かれ、無事に昼食を食べることができたが留美は終始、顔を真赤に染めたままだった。
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