夢を、求めていた

2章 1

 見上げれば一面の空。見下ろせば一面のがれき。


秋山玲が目を覚ますと、廃墟と化した街の中に一人立っていた。


 もともとはそれなりに栄えていた町なのだろう。かろうじて立っている高層ビル群はさびれていながらもなお、昔を思い出させる風景となっている。

アスファルトは朽ち果て、隙間から野草が顔をのぞかせている。

秋山以外の人の気配はなかった。いや、誰もいなくなっているからこその廃墟なのだろう。


「さびしい、世界で……」

足蹴にしていたガレキから降りて、割れたアスファルトに注意しながら歩き出す。道路だったアスファルト上には放置された乗用車が、所にとってはひっくり返されている。

風が建築物にぶつかる音、崩れ落ちそうなビルが軋む音に混じりながら秋山の歩く音だけが静かに廃墟に響く。

「っと、こちらは行き止まり」

くるりと踵を返すその背後には、足元から崩れ落ちた高層ビルが完全に道を塞いでいた。


「それにしてもここは一体どこ、なのかな。

 おっきな街だってことはわかるんだけどね」

建物や車はあるものの、そこに本来書かれていたであろう文字や数字は消えてなくなってしまっている。

 歩き続けても秋山の記憶にあるような町並みではない。そろそろ歩き疲れたので一休みしようと、進んでいた先から少しずれた小道に入り込んでその先。彼は足を止めた。


「あぁ、まさか」

小道の先、ずっと先に見慣れた建築物が映る。

 自然と足を早める。左へ右へと道を曲がりながら、それでも向かう先は一緒。水の張られていない川を渡ってその先。もうとっくに視界に入っていたが足元までたどり着いて、そこでようやく建築物の足元からてっぺんまでを見渡す。

「なんてことだ、ここは東京だったんだ」

東京でいや日本でも一番に高い、空へと伸びるツリーを苦笑交じりに見上げ続けた。


 ツリーから離れてまた歩き出す秋山。

 休もうと思って結局休んでいなかったので体力は限界に近い。するとまだちゃんと座れるであろうベンチを発見して、そこに腰を下ろした。

「ふぅ……」

一息ついてしまうと再び立ち上がる気力も吐き出されてしまい、気が付けば十数分座り続けていた。

 足を組み腕を組み、目を閉じれば風の吹く音だけの闇が訪れる。このまま、廃墟の中のオブジェとしているのもいいかもしれないと、冷静に考えるとわけが分からない思考にたどり着いてしまったころ。

「ん……」

風以外の別の何かの音を耳で感知して目を開ける。

相変わらずの廃墟が目の前に広がり、音の正体を探ろうと左へ右へと視線を動かしていって発見した。

 風以外の音の正体を。

「これはまた奇妙な、世界で」

半笑いで永住しそうな雰囲気だったベンチから腰を離して、ゆっくりと音の正体から後ずさりする。


 水の流れていない川底を何かが歩いていた。

 まだ距離はあるのではっきりとは見えなかったが、秋山が後ずさりをした理由として人の形ではないことが挙げられた。

大きさは人の2倍以上。縦にも横にも大きなそれは、いま現在の予想でなら

「蟻……なのかなあれは?」

蟻に似た巨大な昆虫のようななにか。曖昧な表現でしかそれに対する言葉が浮かんでこない。昆虫特有の動きで川底を移動するそれは、東武の触覚のようなものをしきりに動かして、不意に秋山の方角へと顔を向けた。慌てて隠れる秋山。カサカサとそれが動く音だけが響く中、ひたすら身を隠して音が遠ざかるのを待つ。


 やがて音は遠ざかっていって、隙間から恐る恐る辺りをうかがっても先ほどのそれの姿はどこにも見えなくなっていた。

 念には念を入れてさらに数分間身を隠して

「さびしい世界かと思ったらこれはこれは、やっかいな世界で」

溜息をつかずにはいられない。

「あんなのがいるんじゃこれ以上ゆっくり休んでいる訳にはいかないね」

先ほど座っていたベンチを名残惜しそうに見つめ、後ろ髪を引かれながらも再び歩き出す。


どれほど歩いただろうか。これまでとは違って物音に怯えつつ、いつでも隠れられるような心意気で足を進めていく。すると、これまでとは違った音が聞こえてきてまずは身を隠す。物陰に隠れながら音に耳を傾けて音の正体を探る。何かが壊れる音。それから金切り声。秋山はこの金切り声を先ほどの蟻のような昆虫の出したものと推測する。このまま身を隠したまま声が聞こえなくなるのを待とうと決意していると、壊れる音と金切り声とそれとは別の音が耳に入ってくる。

しかもそれは

「人の……声?」

ようやく物陰から体を出す。周りを確認しながら音の方向へと足を進めていくうちに、金切り声が大きくなってきて同時に人の声も、なにをしゃべっているか分かる程度に大きくなってきた。


「そっちだ! そっちに向かったぞ!」

「おびき寄せろ! 仲間を呼ばれんうちに仕留めるぞ!」

けたたましい銃声が響いて、それ以降金切り声は聞こえなくなった。代わりに安堵したような男性たちの声。建物の影から恐る恐るそちらを覗くと、先程秋山が出会ったのと同じような巨大な蟻が頭部を吹き飛ばされた状態で地面に転がっていた。

「ちっ、思っていたよりも弾を消費したな。そっちはどうだ」

「こっちはまだ余裕が。けど一度戻ったほうがいいな」

「だろうな」


男性数人が装備を確認しあって、周りを確認していた仲間たちに声をかけている。

「全員はぐれていないな。これより帰還するが、いいな?」

銃を構えていた男性たちは全員ガタイも大きくいかにも力自慢といった風貌。その他の仲間は体格も性別も年齢もバラバラ。中には見るからに怯えた顔の青年もいる。

その中に、秋山は見知った顔を見つけて一度身を隠した。

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