1章 7
「やぁ。
今日はお疲れ様」
ドアを開けたところで声をかけられて、背筋をビクリとさせる。
「えっ、あっ、……秋山くん?」
誰も居ないと思っていた教室内には男子生徒が一人、自分の席に座って神無月へと視線を送っていた。
「ま、まだ帰っていなかったんだ」
ほんの一瞬だけ、きびすを返していま来た廊下を戻ろうという考えが脳裏に浮かんだが、さすがにそれは失礼だと自分に言い聞かせて、教室の中へと一歩足を踏み出した。
「うん、ちょっと用があってね」
「用? 秋山くんもなにか忘れ物?」
問いかけに首を振る秋山。
「何かではなく、誰か。ボクはね、キミを待っていたんだよ。神無月留美さん」
イスから立ち上がる。
「そ、そうなんだ。私はえっと……用があったんだけど、もういいかな?
じゃ、じゃあまた明日」
ひきつり気味な笑顔を浮かべて、振り返って教室をあとにしようとして
「今日の文化祭、とっても楽しかったね」
足を教室の外へと踏み出そうとして
「これが、神無月さんが望んでいた学園祭なのかな?」
足が踏み出されることはなかった。もう一度振り返って秋山へと正面を向けて
「それって……どういう意味?」
「知っているかな?」
問いかけには答えずにさらに言葉を続ける秋山。
「一般的に中学校では学園祭は行われないんだよね」
「え?」
「もちろん例外はあるかもしれない。でも少なくとも一般的ではない。
それともう一ついいかな?」
直感的にダメと言うよりも早く
「今日ここで喫茶店やっていたよね? 隣の教室を調理場にして。でもさ、隣の教室もここと同じ作りで調理ができるような設備はないんだけど、いつのまに設備が充実したのか、神無月さんは覚えている? 面白いよね。誰もこの不思議には気づかなかった。ううん。気づかないようにされていた。誰かの思いのまま、誰かに都合がいいようにされていた。
さて、その誰かとは誰なのかな」
机やイスをかき分けて秋山が、入り口のところに立ち尽くしている神無月へと突き進んでいく。
「ボクだけが知っている。ボクだけが知ってしまった。ここはキミの」
「やめて!」
耳をふさいでそう彼女が叫ぶと同時に
「大丈夫、留美?」
「あんた一体彼女になにをしたんだよ!」
教室のもうひとつのドアが強く開かれて、やってきた相良は神無月の元へともう一人、いつか相良と一緒に秋山を問い詰めていた遠藤は怒りの形相で少年へと詰め寄っていく。
「この二人はキミのボディーガードのようなものかな?」
掴んでくる腕を巧みに避ける。
「なにか不都合があったりしたらそれを正す役目を、友達にさせてキミはそれでいいのかな?」
「やめて!」
悲痛な神無月の叫びに
「これ以上留美を悲しませないで!」
「女子を泣かせるなんてお前はそれでも男なのか!」
二人の秋山への非難が続く。二人の言葉には耳を貸さずに、遠藤はなおも掴み掛かるがあと一歩のところで秋山は身をかわす。
「キミにとって友達とは、こういうものだったのかな?
自分の思い通りに動いてくれるのが友達?」
やめてと繰り返す少女にしかし彼は言葉を止めない。
「違うでしょ。キミが欲しかった友達は、こうじゃない」
立ち止まって首元を遠藤に掴まれて、体がかすかに浮き上がる。
「ほんとうに友達が欲しかったのなら、もっとやれることはあったんじゃないかな? それなのにそうしてキミは――」
浮いていたはずの少年の体が床へと降ろされる。掴んでいた少年の姿も、神無月のもとでしゃがんでいた少女の姿もどこにもない。教室だったはずの風景にヒビが走った。教室だった風景が崩れ始める。足場も崩れだしているのに立っている秋山の姿勢は崩れない。
崩れた足場はただ黒いだけの空間が広がる。
「お願いだから……」
友達がいなくなった少女は、神無月留美はたくさんの涙をこぼしながら
「もうやめて……」
歪む視線を秋山へと向ける。
ぐしゃぐしゃになった顔をそのままで
「私の夢をこれ以上めちゃくちゃにしないで……」
眠るようにゆっくりとその場に倒れる少女に、彼はなにも言えなかった。
やがて世界は闇に包まれる。
「夢のなかで、おやすみなさい」
ようやく絞り出した言葉の直後、秋山も闇に包まれた。
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