1章 5
やはりちゃんと言うべきだった。そう後悔したがもう遅い。
次の日から秋山は意図的に神無月に近づかないようになっていた。ひと安心する相良とは逆に、申し訳ない気持ちがたまる神無月。確かに彼の行動には手に余るところがあったものの、もっと別の道があったんじゃないかと思ってしまう。そのことを伝えようと近づこうとすると彼の方から遠ざかり、あるいはわざとらしく間に相良が入り込んでくる。かと言って秋山が落ち込んでいる様子もなく、他のクラスメイトには今まで通りに接しているのを眺めて、それがせめてもの救いだった。
学園祭が近づいてきた。
このクラスだけではなく学校中の学生がそわそわし始める時期だ。
まず決めなくてはならないのがクラス全体でなんの出し物をするかということ。それを決めなければなにも始まらない。
「やっぱり王道のお化け屋敷でしょ!」
男子の提案に一部男子も同意の声を上げるが
「いやよお化け屋敷なんて! メイクが大変じゃない」
女子の一部が反対の声を上げる。
「それに王道と言ったら喫茶店でしょ?
私たちがウェイトレスで男子が厨房って役割分担も決まるし」
しかしこれには一部の女子から反発の声が。
「でもどうせなら男子がウェイターをするってのもいいんじゃないかな? ほら、うちのクラスの男子ってそれなりじゃない? 秋山くんもいることだし」
意外とこれが反響があり、最初に声を上げた女子も
「そっか、それもありか」
意外とまんざらではない様子。
男子の中でもウェイターをやってみたかった人が多く
「んー、料理作るのが苦手だけど、運ぶだけならいいぜ」
「俺も俺も。だってそっちのほうが楽だしさ」
最初に提案されたお化け屋敷の話題は完全に吹っ飛んで、すでにクラス全体でどういうふうな喫茶店を作るか、それだけを話し合っていた。
「喫茶店ねぇ。うまくいくかね?」
離れた席から神無月のところまで移動してきた相良。すでに他のクラスメイトも立ち上がって色々話しあっているので、先生から咎められるようなことはない。
「大丈夫じゃないかな。別に難しい料理出すわけじゃないでしょ?」
他のクラスメイトたちと同じく神無月も喫茶店をすることはまんざらではない。嬉しそうに
「ウェイトレスをしてって言われたら断っていたかもしれないけど、厨房で料理を作ったり手伝いをするだけだったら私は賛成かな。理恵子はどうなの?」
「うん? あたし?
別にあたしも反対だってわけじゃないよ。でもあたしはどっちかって言えば運ぶ方したかったかな」
周りを見渡す。
すでに他のクラスメイトは男子にどんなエプロンをつけるかを話し合っていた。
「じゃあ理恵子もウェイトレスとして立候補したらどう?」
「えー。あたしだけ女子ってのも変じゃない?」
「じゃあ男装してみる?」
「はぁ? 男装? あたしが?」
頷く神無月。親友の体を眺めながら
「うん、理恵子だったらかっこ良くなるよ」
「それはどうも……」
喜んでいいのかそうじゃないのか、わからずに苦笑を浮かべる。
「でもそれだとどうしても隠せない場所があるよね……」
じっと、神無月の視線が彼女の体の一部分を見つめる。見つめられている前に気がついて慌てて胸を隠す。
「その胸がどうしても邪魔だよね」
恨めしそうに
「きつく晒しで巻けば厚い胸板ってことになるかな」
本人も知らぬうちに呪言が混じられていた。
「い、いいのこれは! そ、それにあたしは別に男装するなんてこと了承したつもりはないし、頼まれたってやらないよ?」
それにと付け加えて
「留美だって良い感じに男装できるんじゃないかな?
ほら、可愛らしい少年って需要ないわけじゃないでしょ?」
自業自得だが飛び火したことに神無月は気がついた。
出し物が喫茶店に決まって内装組と買い出し組にわかれて、作業は作業できる時間をフルに使って進められた。神無月は内装組の一人として、当日教室内に飾り付けする装飾物をちまちま作っていく。
「こっちもおねがーい」
「これ、どこに置いておけばいい?」
どこのクラスも同じように騒がしい。
「わー、すごーい。相良さんって手先も器用なんだね」
「えへへー。そんなことないよー」
ほめられて照れながら、できたばかりの花の飾りを胸の前で見せびらかせる。そんな彼女の作った飾りといま自分が作っている飾りとを見比べて、はぁとため息をひとつ吐く。同じ物を作っているはずなのにどうしてこうも見栄えが違うのか、悩んでも答えが出てこない。
「あら、留美の可愛いじゃない」
ため息をついている間に隣まで来ていた相良。彼女の持っていた花の飾り物を手にとって
「うん、すっごく可愛いよ」
「そんなことないよ……。理恵子のと比べたらちっちゃいし、全然だめだよ」
装飾物を取り戻そうとして空振る。
「そんなことない。小さいからってダメなわけじゃないでしょ? 留美のには留美のいいところがある。そこは誇っていいんだよ?」
言い聞かされて
「そう……なのかな?」
次第に明るくなる表情。
「うん、そうなの」
頷く相良。
二人の会話を、少し離れた場所で秋山は耳を傾けていた。本当は彼女に先に声をかけようとしていたのだが、それを相良が見越して間に入り込むようにしたのでおとなしく聞くだけにした。そのあとは談笑しながら作業を続け、秋山も同じように他のクラスメイトと談笑しながら自分に与えられた仕事をこなしていった。
そうして、文化祭当日が訪れる。
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