1章 4
普通に転校生だと思っていた。彼女はそう思っていた。しかし違った。
昼休みの出来事を皮切りに、秋山玲は事あるごとに彼女に話しかけてくるようになる。しかも話しかけてくる内容はどれも、彼女にはわけがわからない言葉ばかり。次の日になればなくなると思っていたのになにも変わらない。神無月が避けても秋山の方から近寄ってくるので、学校内では不可避。
お願いもうやめて。そう強く出ることができない彼女の性格を知っているからこそ、先に動いたのは友だち。放課後になって秋山の腕は見知らぬ男子生徒に掴まれ、抵抗も許されずに校舎の裏まで連れて行かれた。
「あのぅ、ボク上履きのままなんだけど」
「それは俺も同じだ。我慢しろ。あとで洗え」
校舎裏まで秋山を連れてきた男子生徒は上履きのラインの色を見る限り同学年。それにしては大きな体で居間は眉間にシワを寄せていて強面。どこでも同じようにこの学校の校舎裏も少年たち以外に人の気配はない。いや、歩いてこの場所まで来た少女が一人いた。
「あぁ良かった。相良さん、だれか先生を呼んできてくれますか。ちょっと厄介事に巻き込まれそうなので、できるだけ速く呼んできてもらえると助かります」
相良理恵子は胸の前で腕を組みながらやってきて、少年二人を見回して足をすすめる。
「ごめんなさいね転校生くん。ここに他に誰か来てもらう訳にはいかないのよね」
進んで、もう一人の少年のサイドまで移動したところでくるりと体の向きを変える。
「ここに転校生くんを連れてきて欲しいと頼んだのがあたしなの」
「そして俺が隣のクラスの遠藤だ」
筋肉質の巨体の少年も同じように胸板の前で腕を組んだ。
「自己紹介をどうも。なら一緒にボクをここに連れてきた理由も教えてもらえると助かるよ」
連れてこられた方角から相良がやってきて、秋山の前に立っていた遠藤の隣に立った。つまり振り返って来た道を帰ればここから開放される。しかし目の前に立つ大柄の少年はどう見ても運動系の部活をやっていますといったオーラを出していて、運動が得意ではない秋山には逃げる途中で捕まる未来しか見えてこなかった。なのでおとなしく目の前の二人の話に耳を傾ける。
「理由、ねぇ。
正直言えばそれは言われるまでもなく転校生くん自身に気がついてほしかったんだけどね」
「あいにくと思い当たるものがないんですよ」
秋山の言葉に遠藤が拳を固めて一歩前に出て、それ以上の全身を相良に手で制される。
「もうちょっと待った。まずは話を聞かないとって話したでしょ?」
「けど、こいつ本当になにもわかっていないぞ」
「それはこっちも理解しているし、ちょっと頭にきているのはあたしも同じ」
目を伏せて
「三日前ぐらいから転校生くんがしているとっても迷惑なことってあるじゃない?」
首を傾げる動作の秋山にさすがに今度は彼女の我慢の限界を突破しそうになるが、深く深く深呼吸をしてなんとか心を落ち着かせる。
「自覚してないようだからはっきり言ってあげるね。あのね。留美が迷惑しているの」
一度言い始めたら止まらない。
「いつもどんな時でも出会うなりにわけのわからないことをあの子に言っているでしょ? あたしも一緒の時が多いから聞くこともあるけど、本当になに言ってるのか意味不明だよ? それがわからないの? 世界がどうのこうのとか、中学生だからってそんな中二病を振り撒いていいと思っているの? 振りまく前に一人で処理しなさいよ。こっちはね、ううん。あたしはいいのそんなの聞き流しているから。問題は留美の方。なんで彼女に集中的に垂れ流すわけ? あの子きっぱりと断れないからおとなしく聞いていると思っているのかもしれないけど、そんなこと無いよ? 留美疲れきっているんだよ? 転校生くん、あんたのせいでね!」
最後に言葉を強めてびしっと指差す。
頬のあたりを指で撫でて秋山は、なるほどと呟いて
「理由はわかりましたがひとつわからないことが」
相手のリアクション待たずに
「遠藤さん、でしたよね」
いきなり名前を呼ばれて身構える。
「相良さんは神無月さんとは仲がいいので、彼女のために動くのは理解ができます。
だけどあなたはなぜ?」
「そ、それは……」
身構えたまま目を泳がす。モゴモゴとなにかを言っているようだが言葉になっていない。
「それは簡単なことよ。遠藤くんは留美のことが好きなの。だから手伝いしてもらっているわけ。もっとも留美は遠藤くんの想いには気づいていないんだけどね」
「さ、相良な、なんでそれを知って……」
巨体に似つかわしくないほどオロオロと、情けない顔を浮かべて理恵子に問い詰める。
「っていうか、結構バレているよ。
本人が重度のニブチンだから気づかれていないってだけで」
さらに慌てふためく遠藤。
「だからこの場にも呼んだわけ。
遠藤くんにとっても転校生くんの行動は許せるものじゃないでしょ?
って、ほらしっかりしなさいよ!」
遠藤の横っ腹を拳で叩く。
少女の非力な一撃では痛みは全く感じなかったが、遠藤は調子を取り戻して再び秋山へと向いて
「そういうわけだからこれ以上彼女に近づくな。もし近づいたら」
「近づいたら、どうします?」
わざとらしく拳の関節をボキボキと鳴らす遠藤。
「そこまでして彼女を守りたいのであれば、もっと前からもっとちゃんと見るべきだったんだよ。こんな世界でいまさら頑張ったところで遅い。
もっとも。それにもし気がついていたら……」
「なにやっているの⁉」
悲鳴に近いような甲高い声。
「理恵子の姿が見えないから聞いたらこっちに向かったって言われて、来てみたら……なにやっているの!」
それは咎めるような声。
「あちゃー。できればもうちょっとあとに来て欲しかったんだけどなぁ」
「なにが? ねぇ、なにがなの?」
問い詰めてくる神無月に首を振って
「なんでもない。そう、なんでもないの。ねぇ転校生くん」
目配せする。
「うん。なにもないよ。そう、なにもなかった」
「……本当? って、遠藤くんもいたの?」
一番の巨体の姿に遅れて気がつく。
「あぁなにもなかった。偶然ここで出会っただけだ。
じゃあ俺は行くぞ」
早歩きで去っていく遠藤へ神無月が視線を向けているその間に、相良は秋山に接近して耳元で小さく
「これ以上あの子に迷惑をかけるんだったら次はこうはいかないよ。それだけは、覚えておいて」
彼から離れて神無月の腕を掴んで歩き出す。
「さぁてそろそろ帰ろうか」
「えっ、でも……」
背中越しの顔だけを背後に向ける。
残された秋山は溜息をついて、逆方向へとゆっくり進みだした。
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