#13 夜の道を一人

 メニューコマンドを開いて現実の時間を確認すると午前2時。普通の人ならば既に夢の中に居てもおかしくない時間帯だが、DOM内は未だに賑わいを見せている。


 眠らないDisappearance of Memoryの世界。


 24時間、どんな時間だってプレイヤーは絶えることなくこの世界に存在し続けるんだ。その世界は馬鹿みたいに、ワイワイギャーギャー喧しくて、うるさいったらありゃしない。でも俺はそんな世界が好きだった。そんな世界を高みの見物している自分が好きだった。


 もう一度、あの高み戻れるだろうか。



 パーティ解散後、俺はすぐに村から飛び出して、次の町に向かって夜のプーリア平原をひたすら走り続けていた。誰よりも早く、先に辿り着くために。


 フレンドになったモフモフは流石に眠くなったのか、パーティを解散した後はすぐにログアウトしてしまった。


 改めて一人になるとやっぱり寂しいものだね。俺の隣にはいつも彼女のアリサが居てくれて、寂しいなんて思うことはなかったのになぁ。すっかり復讐のビーストはセンチメンタルな気分になってしまった。一人で居ると気が変になるっていうのはどうやら本当らしい。


 だが、こんな調子ではいけない。フィロソフィにされたことを思い出して自らを奮い立たせながら足をひたすら動かし続ける。


 町はまだ見えてこない。DOMは無駄にマップが広すぎるんだよ。


 そんな広い世界を走り抜ける一人の俺。ああ、孤独だ。疲れた。こんなときは上を向いて歩けばいいんだっけ。歌詞でもそんなのがあったよね。あったんです。だから上を向きますよ! そう心の中で宣言して顔を上げる。


 そしたら月が見えた。


 月が俺を照らす。月が世界を照らす。つまり俺は世界であり、世界は俺である。そうか、俺は世界だったんだ。だからこんなにも悲しみや苦しみを背負っているんだね。


「はあ……」


 溜息をつく。こんな変なことばかり考えて、思考も滅茶苦茶なのは疲れているのか、病んできている証なのかもしれない。一度俺もログアウトするか悩んだけれど、ここで休んでいるようじゃ強い男の子にはなれない。それに明日は休日なんだ。一週間のうち2日だけ夜更かしできるボーナスタイムを無駄にするわけにはいかないのだ。


 どうしてこうも必死に次の町を目指しているのかというと。次の町では銀行や冒険者マーケットとか便利な施設を使うことが出来る。そして、なにより1番の目的は経験値のうまい狩場を独占出来るからだ。


 よく最初のエリアでここまでレベルを上げておこうと自分の中で決めて、そのレベルに達するまで次のエリアに進まない人がいるけれど、勿体ない、無意味なことだと思う。


 次のエリアに進めるなら、さっさと進んでレベル上げをする。そうすれば敵も強いけど経験値もその分高いので前のエリアでレベル上げをするよりも、レベルは早く上がる。特にこういう多人数でプレイするものは取り合いになることが多いので、早く先に進んだ人が得することが多いのだ。前回はそれを学んだので今回はその経験を生かしていきたい。失敗から学ぶというものだ。


 ということで道中の敵は無視。でっかい蜂みたいなモンスターや、グエーなんて変な鳴き声で鳴く鳥のモンスターを見かけたけど無視。アイツらは空を飛んでいるから攻撃が当たりづらいんだよ。相手にするだけ時間の無駄だ。なんて思っていたら蜂のモンスターに絡まれた。ぎゃあ。


「このっ。深夜のテンションの俺を舐めるなよ」


 無謀にも俺に絡んできたこのモンスターの名前は“ポイズン・ビー”。名前の通り毒蜂で、お尻の鋭い針には毒がある。毒を食らうと厄介なことに数秒ごとにダメージを受けてしまうが、今回はせっかくだし毒の耐性を入手するためにも、毒を受け続けたいと思う。


「おらっ、かかってこいよ」


 ファイティングポーズを取って挑発してみるけど、分かってるんだかどうだか、ポイズン・ビーは虫特有の不規則な動きで宙を飛んでいるだけ。絡んできたのにそりゃねーぜ。まさか俺と一緒にロンドを踊るために近づいてきたわけじゃないだろう?


 攻撃してこないその理由は自分の服装を見て分かった。白いローブ。そういえば蜂って黒いものに攻撃する習性があるんだったな。生憎、黒い服は持ち合わせていないし、どうしたものか。こうなればこちらから攻撃を加えて、敵だということを分からせるしかないのか。


 杖を取り出して魔法を唱える。


【ファイアボール】


 火の玉は敵の方へと飛んで行き、見事ポイズン・ビーの大きなお腹にヒットする。さすが俺の命中率。腕は衰えていないね。


 ファイアボールは最弱の魔法ということもあってか、一撃では死なない。ポイズン・ビーは俺がようやく敵だという事に気が付いたのか、お尻の針を前後に動かしてこちらにやってくる。やだ、卑猥。こちらも攻撃が当たりやすいよう近づいて腕を伸ばしてやる。こうやってお互い歩み寄るような世の中になってほしいものですな。


「毒耐性得るためだ、こいっ!」


 歯を食いしばる。ポイズン・ビーは俺の腕にその針を突き刺した。現実の注射みたいな強い痛みは感じない。せいぜいシャープペンを腕にチョンとやられたくらいの刺激。そもそも仮想世界で現実のような痛みを感じるくらいならVRMMOはここまで人気が出なかっただろう。いや、でも、俺の心は今まで生きてきた中で一番と言ってもいいほど痛い思いをしたからなあ。そういう精神的な痛みも軽減されてほしかった。


 さて、スキルを手に入れるためにわざわざ喜んで攻撃を受けに行くというコレ。戦略的ドMとでも名付けようか。戦略的ドMによって毒状態になったのをHPバーで確認する。ここで解毒草を使えば毒をすぐに消すことが出来るのだが、まだ使わない。まだ、まだ……。自分を追い込むんだ。追い込んでこそ自分は成長できる。HPバーが40%を切って、ポイズン・ビーに攻撃されたらいよいよヤバイ状況。頼む、早く毒耐性習得してくれ!


『スキル【毒耐性10%】を習得しました』


 ――よし、習得っ!


 すぐさま解毒草を使って毒状態から回復する。ブンブン羽音が聞こえるほどに近づいてきているポイズン・ビー。この距離なら果物ナイフで攻撃した方が早いだろう。


「とりゃっ!」


 短剣を一振りしただけで、ポイズン・ビーの体はバラバラになって消えた。俺って最強。


【12の経験値 4ヴィルを獲得】


 道草を食っちまった。早いところ次の町に行かなければ。



 足をひたすら動かしているうちに、歩きづらい草原からしっかりとした道路が舗装されている街道が見えてきた。モンスターも少なくなってきているし、あとはこの道に沿って行けば町はすぐに着くはずだ。


「はぁ……はぁ……」


 ようやく見えた。町の門。東の空から太陽の光が微かに見えている。門には門番がいるというのがお約束。門番は男前の狼みたいな獣人のNPCで鎧に身を包んでいる。


 後ろを振り返れば、俺と同じように次の町を目指すべく走ってきた同志が遠くで小さく見えた。


「冒険者か。この町に入るには一人前の冒険者でなければならぬ。一人前の冒険者ならアレを持っているはずだ。見せてもらおうか」


 門番から声が掛かる。一人前の冒険者が持つアレ。そうワープリングだ。


 これを持っていないと町の中には入れない。どんなに苦労してここまでやってきても、ワープリングが無ければ追い返されてしまう。どれだけのプレイヤーがこのことを知っているのかは知らないが、アクシデントもまた旅ということなのか、門番が鬼畜野郎なのか、またしては運営の性格が悪いのか、どちらにしてもワープリングを持っている俺にはそんなの関係ねえ。


「これ、ですよね?」


 門番に自慢げにワープリングを見せてやる。


「よろしい、通りたまえ」


 俺は門番に敬礼して町の中に入っていく。眠気と疲れからか頭がクラクラする。とりあえず今日は町に着くところまで進めたし、これでログアウトして睡眠を取ることにしよう。




「……ええっ、ワープリング必要なの? ここまで頑張って来たのに持ってねえよ……」



 そんな見知らぬ残念なプレイヤーの声が後ろから聞こえた。おやすみなさい。

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