#12 ボス戦
俺たちの目の前で背中を見せたまま静かに笑うその少女は、次第に体が風船のようにみるみる膨らんでいく。破裂するんじゃないかと思ったその時、鋭利なツノのようなものが頭から飛び出してきた。肌は打撲の痕のような赤黒い色に変色していき、伸びた4本足でその体を支えている。その姿は丸々太ったカエルのようだった。
「ようやく本当の正体を現したようだな」
「あわわわ……」
モフモフは震えている。この怪物の見た目じゃ無理もないだろう。俺でもなかなかグロッキーだと思う。
【ボスモンスター・獣喰らいのバルーマ 出現!!】
ボスモンスターの名前が書かれたウィンドウが表示される。
『ここがお前たちの墓場よ! 覚悟しなさい!』
少女とはかけ離れた下卑た声が響く。悪役の決まり文句みたいなことを言いやがって。
「しえるぅ、勝てるかなぁ?」
棍棒を構えながらモフモフが不安そうに聞いてくる。俺たち2人のレベルは9。回復役である神官は居ないし、壁になってくれる前衛もいない。持っている薬草が3つと、解毒草が2つ。おまけに魔法使いと吟遊詩人という異色のコンビと来たもんだ。
モフモフの方を向き、親指を立てる。
「楽勝さ」
バルーマは攻撃の姿勢を取り、カエルのようにこちらに飛び掛かってくる。大きな予備動作。避けるのは容易い。2人で後ろに飛び退いてなんとか直撃を回避する。
が、衝撃波で多少のダメージを受けてしまった。2人しかいないので僅かなダメージでもそのままにしておくのは危険だ。
2つ薬草を道具袋から取り出して俺とモフモフのHPを回復してやる。
俺は構えてある杖に意識を集中させ、レベル上げの途中で覚えた魔法【オートミサイル】の魔法陣を空中に描いていく。オートミサイルとは名前の通り、魔法陣から魔法弾が連続で放たれるというものだ。ただし、その魔法弾は真っ直ぐにしか飛ばない。
「モフモフ! この魔法陣の反対方向にさっき覚えた魔法【反射鏡】を使ってくれ!」
「分かった!」
反射鏡は魔法を反射するバリアを一定時間作り出す魔法だ。本来は敵の魔法を反射させるために使われるが、今回は違う。
バルーマの脇を走り抜けようとするが、バルーマはそれを許さない。前足を大きく振り上げてモフモフに殴りかかろうとする……が。
「かかったな、【クラック】!」
俺が戦闘前に詠唱して地面に仕掛けておいた魔法が炸裂する。バルーマの足元の地面が揺れてバルーマはバランスを崩し、モフモフへの攻撃は中断される。
「シエル! 反射鏡つくったよ!」
「ナイスだ。それじゃ行くぜ」
【オートミサイル】
魔法陣からは次々と魔法弾が発射される。どうやら貫通する弾らしく、バルーマの体を貫いた後はモフモフの仕掛けた反射鏡により、魔法弾はもう一度こちらに戻ってきてバルーマを襲う。
『グオオォォォォ!!』
大きな叫び声をあげながら、バルーマは怯んで行動が出来ずにいる。今がチャンスだ。俺は【ダブルファイア】で更にHPを削るために、杖を構えて詠唱を行う。
『MP不足の為、この魔法は使うことが出来ません』
自分のステータスを確認すると、MPは既に0になっていた。
おいおい、マジかよ。
そういやオートミサイルは中級魔法でMP消費がデカかったっけ。こんな初心者が覚える魔法じゃないもんな。道理でバルーマも被弾して身動きが取れないわけだ。
こうなったら後は物理攻撃でやるしかない。杖をしまい、果物ナイフを取り出す。
「モフモフ、今が攻撃のチャンスだ! 横からタコ殴りにするぞ!」
「タコなぐり~!」
所詮は最初のボス。見た目が怖いだけで何も恐れることは無い。オートミサイルの効果もあって、バルーマのHPバーはみるみる減って行く。あとは短剣でバルーマの丸い体をひたすら切り刻むだけ。
飛び散る粘液、引き裂かれる柔らかい皮膚。
『ギャアアアアアアアアアアアアア!』
それがバルーマの断末魔だった。その身が更に大きく膨らむと、パァン! という破裂音と共に、バルーマの肉片は光に包まれて消えて行った。地面には赤い宝箱が残されている。
【120の経験値 80ヴィルを獲得】
『新たなスキル【炎の紋章】を習得しました』
「やった! 倒せた!」
「よっしゃあ!」
なんて2人で盛り上がる。やっぱりボスを倒すというのは爽快なものだな。
「シエルすごい! どうやってあんな戦い方を思いついたの?」
「えっと、反射鏡を使えば、味方の魔法も反射できるんじゃないかって、思いつきでやってみたんだよ。いやあ、思った通りに行くとは思わなかったなぁ」
「ナイスな閃きだね!」
――実際には昔に流行った魔法使いと吟遊詩人のコンボ技なのだが。
モフモフは地面にある宝箱が気になるようで、パタパタと走りながら近づいていく。
「宝箱開けよ~?」
「中はなんだろうな」
わざとらしくそう言いながらバルーマの討伐報酬である赤い宝箱を開ける。そこには2つ、銀色の指輪が入っていた。
「わあ。綺麗な指輪!」
「これは“ワープリング”っていうアイテムだな。指にはめて念じると、一度訪れた町であればそこにワープ出来るんだよ」
「すごー! ワープするってどんな感じなんだろー」
「ただし一日に4回しか使えないから注意することな」
「やっぱりシエルは物知りだ……」
「あ、いや……」
つい知っていることをなんでも説明したくなってしまうのは俺の悪い癖だ。こんなんじゃ初心者のふりなんて全然出来ていないね。これからは気をつけよう。
「鑑定スキルを使ったんだよ。そんなことよりこんな場所さっさと出ようぜ? ほら、ワープリングでプーリア村に戻れるしさ」
「そうだね!」
◇
≪プーリア村≫
静かで不気味な森とは打って変わり、相変わらずプレイヤーで賑わっている村の出入り口に俺たちはワープする。
「シエル、一緒に冒険出来てたのしかった!」
「ああ、俺も楽しかったよ」
本心だった。こんな状況でもやっぱり他人と冒険するというのは楽しいものなんだと改めて気付かされる。でも純粋に楽しいと思えるのはこんな風に冒険を始めて手探り状態の最初だけなんだと思う。これから次の町に行けば、テンプレだったり、効率が求められたりして、冒険もただの作業になってしまうんだ。そう考えるとなんだか悲しいね。
俺は復讐をするためにこの世界に帰ってきた。こんな風に楽しむのはこれで最後だ。そう胸に誓いながらメニューコマンドを開いてパーティを解散しようとする。
【“わたあめ”からフレンド申請が届いています】
目の前のモフモフがもじもじと照れ臭そうに笑っている。
「えへへ……フレンドってトモダチって意味でしょ。それなら、シエルとはもうトモダチだよね?」
俺は目の前に表示されたウィンドウの承認ボタンを押す。
「友達ね……。そうだな、俺たちは友達だ」
【“わたあめ”とフレンドになりました】
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