#11 夜の森へ

「ハネブタがそっち行った! モフモフ、頼むぞ!」


「まかせろー!」


 小さな白い羽をバタつかせながら迫ってくるモンスター、ハネブタ。


 モフモフは武器の棍棒を野球のバットのように構え、攻撃が当たる距離まで来ると、大きく振りかぶってハネブタに渾身の一撃を食らわせる。


「ブヒーッ!」


 ハネブタの悲痛な叫びが響く。もしこれが野球ボールなら場外ホームラン物だっただろう。


 だがハネブタはブクブクと太ったその体型から、地面を何回かバウンドさせながらこちらに戻ってきただけだった。


 俺はそのハネブタを足でサッカーボールのように受け止めて固定する。


「これで終わりだ!」


 ハネブタにそう呟き、その身に果物ナイフを突き立てる。


「ブヒィィ……」


 光に包まれ消えていくハネブタ。経験値の養分となったお前のことは忘れないぜ。



【18の経験値 6ヴィルを獲得】


―――――――――――――

レベルアップ8→9


HP+3

MP+1

攻撃力+1

魔力+4

素早さ+2

―――――――――――――


「ふう……。HPも少なくなってきたし、一回村に戻るか」


「はーい!」


 一度も休むことなく、俺とモフモフはひたすらモンスターを倒し続けていた。スライムである程度レベルが上がった俺たちは狩場を変えて経験値の高いハネブタ狩りへと移行した。その苦労もあってか、現在のレベルは9。お金も120ヴィルまで貯まった。


「しえるぅ。レベルたくさん上がったね」


「ああ。スキルも結構覚えたな」


「これならモンスターも早くやっつけられる!」


 このモフモフ、最初は不安要素しか無かったのだが、意外と戦闘の立ち回りが上手い。相手の攻撃を武器で受け流すパリィや、敵がダウンしたときのアッパー攻撃など、教えてもいないのに場面に応じて使い分けてくれる。おかげで快適なレベリングだった。


 それに、長い時間レベル上げをやり続けるというのは、この俺でも結構疲れるものなのだが、モフモフは文句1つ言うことなく付き合ってくれていた。


 感謝しなくてはな。そう思った時には自然と言葉が先に出ていた。


「ありがとな、モフモフ」


「なんか言った~?」


「……いや、なんでもない」


 慣れないことは言うもんじゃないな。



≪プーリア村・出入口≫



「一緒にレベル上げしませんか!?」


「鬼ごっこする人募集。あと3人」


「ボス討伐に行く人は声かけてください!」



 村の出入り口は人の通りが多いこともあってか、パーティ募集が盛んに行われている。俺とアリサが出会ったのも最初の村でボス討伐の募集に参加したことがきっかけだったな……。少しセンチな気分になる。


「モフモフ、時間は大丈夫か?」


「へーきだけど、どうするの?」


「この村のボスを倒しに行く」



 ゲームのイベントというものは、大体町のシンボルだったり、その町の長のところで発生すると相場が決まっている。ということで向かったのは村長の家。大きな家だったのですぐに分かった。


「なあ、村長さん。何かプーリア村で困っていることは無いか?」


「いやいや。みんなのおかげで、幸せに暮らしとるから何もないですよ」


 そう言って馬面の村長さんがにっこり微笑む。


 いんや、何もないってのはあり得ない。過去に見た攻略サイトでは種族共通で最初の村には倒すべきボスが必ず存在する。この村長は村のことをよく把握出来ていないんじゃないのか?


「平和っていいよねー」


 モフモフも同じように幸せそうな声を出す。うん、平和なのはいいよね。果たして脅威に気付かずに日常が侵食されていたとしてもそれは平和と言えるのかしら。


「村長の家でないとすれば、どこでイベントが開始されるんだ……」


 俺たちは村の高台に上り、何か目立つものは無いか見回してみる。残念なことに、辺りはすっかり暗くなっているせいかそういったものは確認出来なかった。


「モフモフ、困っている人が居るとしたらどこに居ると思う?」


「んー、あの森の中とか!」


 モフモフが指差したのは村のはずれに微かに見える森の入り口だった。お前、その毛で周りがよく見えないはずなのによく見つけたな、というツッコミは置いておく。


「森か、あり得るかもしれないな。視界が悪いけど今から乗り込むぞ」


「まって!」


 走り出した俺を呼び止めるモフモフ。まさか森の中が怖いとでも言うんじゃないよな? やれやれ、と思いながら一応訊いてみる。


「どうしたんだ?」


「シエルはそろそろ服を着た方がいいと思うの」


 顔を手で隠して恥ずかしそうにモフモフが言う。


 これは一本取られたぜ。





≪プーリアの森≫


 レベル上げで貯まった所持金を使い、魔力が上がるという白いローブを購入。いよいよ魔法使いらしさも出てきたところで、早速村のはずれに位置する森へモフモフと共に乗り込んだ。森の中は案の定視界が悪い。微かな月の光と、魔法で小さな火を出現させ、その明かりだけを頼りに奥へ奥へと進んでいく。しばらく進んでいると、前方の影から足音が近づいてきた。


「敵かもしれない。モフモフ構えろ」


「ひえー!」


 杖を構えながら、音のする影を凝視する。やがて姿を現したのはピンクのリボンをした小さな少女だった。


「よかったぁ。敵じゃないみたいだね」


 モフモフは安心したのか、少女の元に駆け寄っていく。


「あのっ。冒険者さんですか? 私の弟が森の奥で木の間に足を挟んでしまって動けないのです。どうか助けていただけませんか?」


 よし来た。イベント発生。心の中でガッツポーズを決める。


「大変だ! シエル、早く助けてあげないと!」


「……その場所に案内してくれないか?」


「ありがとうございます冒険者さん。こっちです」


 少女に案内され、その後ろをついていく。次第に木の形が歪になっていき、不穏な空気が漂い始めてきた。一応雑魚モンスターがいつ出てきてもいいように、注意を払っていたのだが、結局何も現れないままそこに辿り着いた。


「着きました。ここです」


 不気味な形をした木に囲まれているちょっとした広場のようなエリア。そこには少女の言う弟なんていなくて、獣人のものと思われる頭蓋骨が辺りにたくさん散らばっていた。


「ひえぇぇ……怖いところだぁ。弟さんどこー?」


 モフモフが俺の横でブルブルと震えながら辺りを見回している。俺たちを案内してくれた少女は、後ろを向いて背中を見せたまま「ククク……」と肩を揺らして笑い始めた。


「ちょっと、なんで笑ってるのー!?」


 俺は杖を構えて、頭の上に何も名前が表示されていないその少女に狙いを定める。


「モフモフ、言っただろ? 敵かもしれないって」

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