#14 ソロレベリング

 仮想世界の暖かな太陽の陽射しが目に焼き付く。


 目を細め、手で光を隠して最初に目に入ったのが遠方に聳え立つ西洋風のお城。そのお城を守るように白を基調とした清潔感のある建物が建ち並び、建物の白が太陽の光を反射して輝いているようにも見えた。


「なるほどね。ここに繋がっていたわけか」



 ――王都ウェスタンベル。



 最初の村を出発してから多くの種族がここに辿り着くという事もあり、この街には既に多くのプレイヤー達が集まっていた。獣人だけでなく、人間やエルフ、少数だがドワーフまでも街を歩いている。


「俺が寝ている間に結構な人がここまで来たんだな。なら、早いところ狩場に向かわねーと」


 まずは銀行に向かい、所持金を預けておきたいと思う。デスペナルティとして、今持っている所持金が減ってしまってはこの先装備を揃えるのも大変だからね。


「口座の開設の手続きを頼む」


 銀行受付の綺麗な女性NPCに声を掛ける。


「かしこまりました。ではこちらの紙にお名前を記入してください」


 ゲーム内の銀行ということもあり、名前を記入するだけで手続きが終わる。現実もこれくらいスムーズになってほしいものだね。所持金を全額受付嬢に渡して俺は銀行を後にする。


「ご利用ありがとうございました」


 さてと、金も預けたし。今度こそ狩場へと向かおうか。


 レベル上げは基本的にパーティプレイで行うのが最も効率的である。だが、周りのプレイヤーは初心者ということもあって恐らく戦闘にはまだ慣れていないだろう。俺のレベルはまだ低く、そんな初心者の動きを完全にカバー出来るとは限らない。モフモフのような元々戦闘が上手なプレイヤーであれば話は別だが。「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」なんていうナポレオンの言葉があるように、無能な味方が居れば戦闘はグダグダになって長引き、効率がだだ下がりになるだろう。


 信じられるのは自分だけ。だから今回はソロでも出来る効率的なレベル上げを行うつもりだ。


≪ウェスタンベル領・東≫


 王都ウェスタンベルの東口から歩いて約2分。ここに目的のモンスターが居る。ターゲットの名前は“プルプルドッグ”。


 ブルドッグのような見た目だが、現実のものと比べるとかなりデフォルメ化されていて、何より体がデカい。そして垂れた頬がいつもプルプル震えているのが特徴である。攻撃力はそれほど高くはないのだが、コイツは群れで攻撃してくるので、気を抜いていれば全滅してしまうこともあり得る。


「よし、まだ誰も来ていないみたいだな。狩場を独占出来るぞ」


 草原には多くのプルプルドッグがのそのそと歩いている。サービス開始当初は経験値が高いということで、すぐにネットで拡散されて人気の狩場になっていたのだが、こんな誰にも狩られていないプルプルドッグを見るのは本当に珍しいことだ。


「記念にスクショでも撮っておこうか」


 パシャリ。


 さて、早いところレベル上げに取り掛からねば。いつプレイヤーが来てしまうのか分からないのだ。


 まずは杖で【炎の紋章】を地面に描いていく。


 【炎の紋章】は、この紋章の上に敵が乗った時、地面から炎が噴き出してくるというトラップ系の魔法。現在覚えている魔法の中で唯一の範囲魔法であり、威力は高いが、MPも大量に消費するので、始めたばかりの俺ではすぐにガス欠になってしまう。


 しかし、この狩場で魅力なのが何と言っても町が近いということ。MPが切れたら敢えて全滅することによって、近隣の町に全回復した状態で復活することができるのだ。デスペナルティは所持金の減少のみなので、この性質を使い、町とこの狩場を行き来しながらレベリングに取り組みたいと思う。


 俺は地面に落ちている石ころを拾って、目の前を歩いているプルプルドッグにぶつける。


「おりゃっ」


 ポコンと、プルプルドッグの頭に石ころがヒット。ガッツポーズを決める。


「フガッ!?」


「バウッ! バウッ!」


 プルプルドッグは怒ったのか俺の方に向かってくる。仲間意識が強いのか、ぶつけた1匹だけではなく、周りのプルプルドッグも数匹こちらに走ってやってくる。これが美しき仲間の絆ってやつか。


「さあ、来るならたくさん来い。まとめて燃やしてやるよ」


 俺は後ろに下がって、上手く炎の紋章の上にプルプルドッグが乗るように誘導してみせる。ぷるぷると頬を揺らせながら一生懸命追ってきているのを見ると、なんだか笑えてくるね。


「ほーら、こっちだぜ!」


 塊となってやってきた集団のプルプルドッグ達は俺の狙い通り、紋章の上を踏んだ。紋章が赤く光ると、瞬く間に紋章からは火柱が上がり、メラメラと周囲を焼き尽くす。


「キャウーン……」


「たるんだ頬に脂肪がたくさん詰まってそうだったし、よく燃えるなあ」


 なんてサイコパスみたいなことを口にしてみるけれど、実際には脂肪なんか無くて、中身はスカスカの空洞。描かれているのは表面だけのアニメーションなんだよね。


【46の経験値 9ヴィルを獲得】


【46の経験値 9ヴィルを獲得】


【46の経験値 9ヴィルを獲得】


【46の経験値 9ヴィルを獲得】


 …………


―――――――――――――

レベルアップ9→10


HP+1

攻撃力+1

魔力+3

器用さ+1

―――――――――――――


 ブラクラを踏んだように、目の前にウィンドウが無数に出現する。こういうのは戦闘結果を1つにまとめて表示された方が絶対いいと思う。今度アンケートが実施されたときは、要望として送ってやるか。


「MPがもうスッカラカンだ。さて……」


 この狩場には序盤のフィールドであるにも関わらず、場違いと思えるようなほどの強敵が普通に生息している。とはいっても何もしなければ向こうから襲ってくることがないので、プレイヤーがそれほど恐れる必要は無いのだが。


 プレイヤーの何倍もある巨体。隆々とした筋肉に、ごわごわとした茶色で覆われた毛。名前は“マウントコング”。


 いくらPSが高いからって、今の俺には勝てる確率はほぼゼロだろう。恐らく秒殺。前キャラでも下手したら負けることもあるくらいの強敵である。


 だが俺は、敢えてコイツ挑む。勝つためじゃない。死んで町に戻るためだ。


 果物ナイフを取り出して、マウントコングに向かって走っていく。


「俺を……殺せぇ!」


 マウントコングは危険を察したのか、こちらを威嚇するようにして胸を叩き始めた。警告ということなんだろうか。だが、俺は死にたいので警告を無視して更に接近する。


「ウホオォォォ!!」


 いよいよマウントコングはパンチを繰り出す準備動作に入った。これに当たれば俺は確実に死ぬ。


 ブンッ!


 そんな空気を切る音を最後に、俺の意識は途絶えた。

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