#03 信じたくなかった真実

 心が抉られるような日々を耐えて、ついに今日この時がやってきた。


 午前授業の日。学校から帰ってきた俺はすぐさま自分の部屋に向かい、ヘッドギアを付けてスイッチを入れる。


「全て間違いでありますように」


 そう祈りながら仮想世界へとダイブしていく。


 昨日ログアウトした自分の家の前に復帰する。ストーカー対策の“ログイン状態にならない機能”を使っているので、ギルドのメンバーからは声が掛からない。


 とりあえず、今ログインしている人物をメニューコマンドで確認してみる。流石に平日の正午ということもあり、ログインしている人物はごく僅かだ。アリサもフィロソフィもまだログインしていない。これなら先に忍び込めるな。


 ピコリーン♪


『冒険者マーケットに出品した薬草が999万ヴィルで落札されました! ※落札されたお金は銀行に自動的に振り込まれます』


 突然システムメッセージが届いたので心臓が止まりそうになった。


「そういえば売れるわけないと思って999万ヴィルで薬草を出品していたっけ。まさか本当に売れるとはな」


 臨時収入にラッキーと思いながらも、やるべきことをやらねばと気を引き締める。


 俺は指にはめているワープリングを使い、いつも2人が居る場所、フィロソフィの家の前にワープする。


「ここがギルドマスターの家か……」


 ギルドマスターというだけあって、庭の装飾は煌びやかで豪華なものだった。家の中はもっとすごいから見ていけと言わんばかりに、家の鍵は開いてある。それが幸いしてか侵入は容易なものだった。


 案の定、家の中は金に物を言わせたような高価な家具ばかり。みんなが羨むような物を飾ってあるのがいかにもアイツらしい。


 そのまま家具の影に隠れ、メニューコマンドでログイン状況を確認しながら2人が現れるのを待った。


 なんだか自分がやっていることがストーカーみたいで自己嫌悪に陥る。だが背に腹は代えられない。俺と彼女の未来のためだ。



 最初に現れたのはフィロソフィだった。遅れて俺の恋人であるアリサがログインする。2人はすぐにパーティを組み、俺が忍び込んでいるフィロソフィの家にやってきた。俺はすかさずゴーストキャンディを使い、どんな会話をしているか近づいて盗み聞きをする。


「マスター、会いたかったです……」


 アリサの口からいきなり信じられない言葉が飛び出してきた。そのままアリサはフィロソフィの背中に手をやり抱き合う形になる。どちらもアバターは女キャラなので百合っぽい雰囲気になるのだが、フィロソフィの中身を知っている俺からすると不愉快極まりなかった。


 これはクロだ。そう確信する。


「アリサは甘えん坊やな、あいつが帰ってくる前にはよ2階に行こか」


「うんっ」


 “あいつ”とは俺のことなのだろう。アリサにとっても俺はあいつなんだ。


 俺と彼女で過ごした楽しい日々は何だったんだ……。


 貧血にも似た感覚。倒れそうになるが、歯を食いしばって何とか耐える。


 フィロソフィはアリサの腰に手をやり2階に上っていく。一体2階に何があるというのだろうか。確かめるべく足音を立てないようにして後を追う。


 そこにあったのは大きなベッドだった。アリサはフィロソフィに押し倒されるような形で横になる。メニューコマンドを開き、身に着けている装備を次々と外していく俺の彼女。


 俺はこれから何が行われるのか大体分かった。


 “チャH”


 そんな単語が頭を過る。



「マスター、またリアルでもこんな風にしたいです……」


「こんな風って言われてもわからんな。ちゃんと言うてみ?」


「もう、マスターのいじわる……っ」


 俺が見たことも無い彼女の雌の顔。


 もうこれ以上見る必要はない。そこで姿を現して修羅場にするなんてことも考えたのだが、アリサが寝取られたという事実は変わらないし、今はそんなことをする気力も残っていなかった。俺はそのまま階段を降り、フィロソフィの家を後にする。


 あまりのショックで冒険する気にもなれず、一度ログアウトをすることにした。VRヘッドギアを外すと、現実世界の俺は涙を流していた。


「はは、仮想世界じゃ泣くこともできねーもんな」


 俺はしばらく、窓の外を眺めていた。天気は雨。俺の心も雨。外の陰鬱とした風景は、俺の心象模様そのものだった。


 今頃アリサはフィロソフィとベッドの上でお楽しみ中なんだろうなあ。ゲームの中だとしても想像すると胸が苦しくなる。


 こんなこと考えても良いことはないって分かっているんだ。自分を苦しめるだけだって。


 時間が経って、いつも学校から帰宅する時間帯になった。こうして一人でいると気が変になってしまいそうだったので、結局、俺はDOMの世界に戻ることにした。


「ギルドの仲間たちと遊んで気を紛らわそう……」


 何事も無かったように振る舞えよ、俺。そう自分に言い聞かせる。


 再びログインすると、意外なことにギルドマスターからギルド内のチャットではなく、フレンドチャットで声が掛かってきた。こんなことは初めてだ。


『ちと大事な話があるんやけど、ええか?』


『なんすか、フィロソフィさん?』


『急で悪いけどな、ギルド抜けてもらうわ』


 は? ギルドを抜ける? なぜ俺がそんなことを言われたのか分からない。


 さっきフィロソフィの家に忍び込んだことがバレたとは思えないし……。


『どうして抜けなきゃいけないんですか? 意味が分からない』


『お前、RMTやっとるやろ。そんな業者から買った金で俺TUEEEして楽しいか?』


 RMT……リアルマネートレードの略称だ。要はゲーム内の通貨を現実のお金で売買する行為。DOMでは規約違反で、もちろん俺はそんなことをした覚えはない。


『そんなことはやっていない。第一、RMTなんか俺には必要ないね』


『言い訳とか見苦しいわ。もう2度と見たくないわ、イカサマ野郎が』


【送信エラー:デタラメばっかいいやがってふざけんな!】


 返信しようとしたが、既にフレンドは切られていた。ギルドチャットで弁明しようとしたが、ギルドのページが開けない。ステータス欄を確認すると、ギルドの項目は無所属になっている。


 追放。


 俺はギルドから追放されてしまったのだ。


「ギルド内チャットじゃなくてフレンドチャットで言うところが汚ねーよ、アイツ……」


 今頃、俺が勝手にギルドを抜けたってことになって好き放題言っているんだろうな。フィロソフィはギルドマスターの面子を保ったまま俺を追放するためにフレンドチャットで言いやがったんだ。


 愚痴りたい。誰かにこのことを話したかった。


 ギルドメンバーとはフレンドになっていなかったので、連絡を取ることが出来ない。アリサにチャットを送るか迷ったが、既にフィロソフィの方に傾いているだろうし無駄だろうな。


 仲の良いフレンドは受験勉強でDOMは休止状態だ。愚痴を聞いてくれるようなフレンドがいないことに気が付く。


「はは……俺、一人じゃねえか」

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