#04 絶望の淵に


 大切な恋人を寝取られ、仲の良かったギルドのメンバーたちとも関係を断たれた。楽しかったDOMライフが、俺が今まで積み上げてきたものが崩れていくのを感じた。


 なんだよこれ……。


「なんなんだよッ!」


 思い切り拳を地面に叩きつける。仮想世界の影響で軽減された痛みが腕に走る。むしゃくしゃとするこの気持ちを何かにぶつけたい。怒りで何もかも壊してしまいたかった。


≪クレーア村≫


 俺はワープリングを使い、最初に辿り着く村、クレーア村に飛ぶ。開始当初はあんなに賑わっていたのに、今ではすっかり人影も無く、NPCだけが寂しく村の中で決められた行動を繰り返していた。


「散々遊ばれた後に飽きて捨てられた玩具みたいだな」


 そう吐き捨て、村から飛び出した俺は腰にぶら下がっている宝剣グランゼウスを引き抜く。村の周辺に群がる雑魚モンスターはその剣の風圧だけで蒸発していった。


「ギャアァァァ!」


「ははっ、ざまぁねーぜ」


 モンスターの断末魔が心地いい。剣を適当に振り回すだけでモンスターは消え去っていく。俺の敵にもならない。アリを踏み潰すよりもたやすいことだ。


 ピロリロリン♪


 もう一振りしようとしたところで、聞きなれないアラーム音が鳴る。目の前に映し出された赤いウィンドウにはこう書かれていた。


【ゲームマスターからの呼び出しです。5分以内に応答してください】


 GMゲームマスター? なんだ? 一体GMさんが何の用だってんだよ。


 応答しようとして伸ばした手が止まる。そういえば、GMからの呼び出しはアカウント凍結の死の宣告だということを聞いたことがある。もちろん、俺がアカウント凍結を食らうようなことをした覚えはないので、他の要件という可能性も考えられるが。


 だが、嫌なことが続いているためか妙な胸騒ぎがする。二度あることは三度あるって言うしな。



 ここがターニングポイントになるんじゃないか……?



 頭がグラグラする。


 一度応答すれば、アバターの操作は無効になるらしい。万が一、億が一という事もある。リスク管理は十分にしておいて損はないはずだ。


 もしアカウントが凍結されるとすれば、俺がこの残された時間に出来ることは何だ? 考えろ、考えるんだ俺……っ!


 ……人間って予想外の出来事にうまく頭が働かねえもんだな。


 ふと浮かんだのは仲の良かったフレンドのこと。そのフレンドの為に、俺の築き上げてきた財産を何とか渡せないか……?


 悩んでいる時間は無い。すぐに行動に移さねば。


 即座に全財産6億ヴィルを銀行から引き落とし、6億ヴィル分のレアアイテム“天使の宝玉”をプレイヤーが販売している冒険者マーケットで落札する。


 天使の宝玉は最も換金性の高いアイテムで1個5000万ヴィルが相場の超がつくほどの高級素材だ。DOMプレイヤーの資産は平均600万と言われている今、手を出せるプレイヤーは限られている。


 落札した12個の天使の宝玉。このままではサイズが大きくて隠すのは難しい。


 なら、どんなアイテムでも小さく変化させてくれる特殊アイテム“圧縮ボックス”に収納して、このフィールドの誰も通らないような岩の陰に埋めれば……!



 限られた時間の5分。その時間内になんとかこの行動を終わらせた。


「ハァハァ……頼むからアイテムまでは凍結されないでくれよ……」


 これが最善の手段なのかは分からない。もっといい手段があったのかもしれない。


 だが、やることをやった。俺はいよいよGMからの呼び出しに応答する。


『あの、一体どんな用で呼び出されたんですか?』


『…………』


 返事がない。どういうことなんだろうか。


『もしもーし!』


『…………』


 呼び出しておいて返事がないって失礼だと思う。段々イライラとしてきた。


『チッ、用がないなら呼ぶなよ、バカ!』


『……ジジ……申し訳ありません。遅くなりました。ゲームマスターです』


 こんな時に限って返事をするんだよなあ。俺ってつくづくタイミングが悪いと思う。


『えっと、どうして俺が呼び出されたんでしょうか?』


『スカイさん、あなたはRMTの利用を確認されました。RMTは重大な規約違反です』


 またRMTか。フィロソフィも同じことを言っていたが、GMまでそんなことを言い出すなんてな。


『俺はそんなことをした覚えはないですよ』


『スカイさんが冒険者マーケットで出品してある薬草が999万ヴィルで落札されました。本来の相場とはかけ離れた金額での落札だったので詳しく調べてみると、購入者はRMT業者であることが分かりました』


 そういや、売れるわけないだろうと思って出した薬草が999万ヴィルで落札されたんだっけ。あれがRMT業者に買われたということなのか。一体なぜそんなことが……?


『それでも俺はRMTをした覚えはない!』


『残念ですが、既に決定されていることなので取り消しは出来ません。アカウントの永久凍結とさせていただきます』


『もっとちゃんと調べてくれ!』


『以後、Disappearance of Memoryの世界を冒険することは出来ませんのでご了承ください。では』




 そんな声を最後に、気が付いたら目の前は暗闇に包まれていた。




「クソッ、強制ログアウトされた」




 俺は再びログインを試みる。IDとパスワードを入力してログインを実行。ログインを実行! 実行しろよ……ッ!



【このアカウントは凍結されているため、ログインすることが出来ません】



 何度やってもこの文字が表示され、その先に進むことが出来ない。


 垢BANーー


 もうスカイとして、あのファンタジーの世界に二度と戻ることは出来ないのだ。


 その現実が胸に突き刺さる。今まで上げてきたレベルも、強化した装備も、全て消えてしまった。


 恋人も、ギルドの仲間も、そしてDOMの世界まで一気に奪われてしまった。嫌なことは連続して起こるものだって言うけど、まさかここまで重なってくるとは思わなかった。


 今まで仮想世界で生きてきた俺に、現実世界で生きていく楽しみなんて何も無い。これから何を楽しみにして生きていけばいいのだろうか。

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