もふもふ大突撃!

「わっふぅ」


「うわっ!?」


 ドゴッとお腹に衝撃を感じて、ひっくり返えれば、今度はぺろぺろと顔を舐められる感覚がした。


「な、なに……ふわぁああ」


 目を開けば、円な黒い瞳と視線がぶつかる。

 わたしの体の上には、大量の白いもふもふたちがのしかかっていた。


「ちょ、くすぐった……」


『ひめさま!』


『ひめさま、帰ってきた!』


『おかえり』


『ひめさま、あいたかった!』


 ちょうどわたしでもぎりぎり抱っこできそうなくらいのワンコたち。

 みんな元気いっぱいで、わっふわっふともふもふした頭をすりつけてくる。

 それだけでも驚いたのに、この子犬たち、なんとオスフェルと同じように、言葉を話すのだ。


「いったいこれは……?」


 もふもふに埋もれて目をまたたかせる。


「私の子どもたちだ」


 オスフェルがそう言って、ワンコのうちの一匹を抱き上げた。


「な、なるほど」


 そういえば、子どもが生まれたって、昨日言ってたっけ。

 ワンコたちは魔王さまの足をかりかりと引っ掻いたり、ぴょんぴょん跳ねたりして、かまってもらおうと必死だった。

 魔王さまも悪い気はしないのだろう。

 地面にあぐらをかいて、もふもふたちにかまう。


『ひめさまー!!』


 わたしの顔をしつこくなめていた子をなんとか離そうとすれば、きゅるんきゅるんした目で、こっちを見てくる。


「う……かわいい……」


 しっぽが飛んでいっちゃいそうなほど振って、ぷるぷるとふるえていた。


「女神族に初めて出会ったから、興奮しているんだろう」


 わたしも魔王さまも、毛玉まみれになって、ワンコたちの歓迎をうけた。

 恐る恐る頭を撫でてみると、嬉しそうに頭をすりつけてくる。

 ちょっと遠巻きにしてこちらを見ていた子も、もっちりもっちりと歩いて、こちらに近寄ってきた。


『姫さま』


『姫さま、だいすき!』


 なんかよくわからないけど、好かれてるみたい。

 人間界にいた野犬とは違って、少し安心した。

 あのときはほんとに死ぬかと思ったから……。

 

「そんな、嘘ですの……」


「ん?」


 がさっと草むらが揺れる音がして、思わずそちらに視線を寄せる。

 そういえば、なんかさっき「突撃ですの!」とかいう、特徴的な語尾の掛け声が飛んできたような……。


「みんな、扱いが難しい子ですのに……なついてしまうなんて……」


「あれ? ココ?」


 なぜか愕然としたような顔をしたココが、木立の間からこちらを覗いているのが見えた。

 何やってんだろう。

 さっき別れたはずなのに。


 おーい、と手を振れば、彼女はぎょっとしたような顔になった。


「何やってるの?」


「わ、私っ」


 そわそわとしっぽを震わせ、そっぽを向く。

 子犬に埋もれるのも疲れてしまって、そちらへ行けば、ココはなぜかほっぺたを赤くしてそっぽを向いてしまった。


 ありゃ……。

 やっぱりわたし、嫌われてるみたい。


 どうしたものかと思っていると、ふとココの腕の中に、一匹、ワンコが抱っこされていることに気づいた。

 その子はなんだか元気がない。


「その子、どうしたの?」


「……なんでもないですのよ」


「なんか元気なさそうだけど……」


 そう尋ねると、ココはしぶしぶといったように、事情をはなしてくれた。


「怪我をしているようなので、おとなしくさせていますの。もうすぐお医者が来ますので、それまでの我慢なのですわ」


 見れば、その子の前足には包帯が巻かれていた。


「きゅーん……」


 耳をへたれさせて、でもしっぽを控えめに振っている。


「臆病ですので、あまり見ないであげてくださいまし」


「あ、ごめん」


『ココ。姫さまのとこ、行く』


「ええっ!?」


『姫さま、会いたかった。姫さまの近く、きもちいい』


「そ、そんな……」


 ココはあわあわとわたしと子犬を見比べていた。

 わたしはその間に、耳につけていたイヤリングを外すと、もとの杖型に戻す。

 これは魔道具屋のじいちゃんとこで買ってもらった、魔法の杖だ。

 用途に合わせて姿を変える。

 今はまだ、杖と、イヤリング、そして短剣にしか変化できないみたいだけど、望めばまだ変化させることができるらしい。


「ちょい、じーっとしててね」


「?」


「ほい」


 杖の先を子犬に向けると、金色の柔らかな光が溢れ出た。

 優しい光がふわり子犬を包み込む。

 子犬は鼻をひくひくさせていた。


「きゃっ!?」


 ココが肩を跳ねさせる。


「大丈夫。聖女の祈り……じゃないや、白魔法を使っただけだからさ」


「白魔法!?」


 白魔法は、治療や結界生成などに使われる魔法だ。

 使用には素質がいるらしく、あまり扱える人はいないらしい。


 わたしの場合、別にそこまで素質があったわけじゃない。

 むしろわたしの本当に得意な魔法は、多分黒魔法だろう。

 けれど人間界にいた頃、白魔法の力を底上げする魔道具をつけていたおかげで、馬鹿みたいに白魔法の能力が伸びたのだ。


 まあ、その代償として、十年間魔道具から与えられる痛みで苦しみ続けたんだけどさ。


『あれ? いたくない……』


 わんこが首をかしげる。


「もう治ってるよ、多分」


 ココにおろすよう促すと、ココは信じられないと言ったような顔で、わんこを地面におろした。


「わっふ」


 他のわんこと同じように、もっちりもっちりとワンコは地面を歩き回った。


『なおってる!』


「よかったね」


 しっぽをぱふぱふと振って喜ぶわんこに、わたしも嬉しくなった。


『ありがとう姫さま!』


 そういって、絡みついてくる。

 他のワンコ達も同じように、またもふもふと集まり始めた。


「ほ、ほんとに治りましたの……?」


「うん。このくらい全然大丈夫だよ。人間界にいた頃は、ほんと……ひどい状態の怪我ばっかり見てたからさ」


 わたしは病気や飢えを治せるわけじゃない。

 これはあくまで外傷を治す魔法だ。

 ほんとに……ほんとに、人間界ではひどいものを見てきた。


「ココ」


「ひゃいっ!?」


「ありがとね。素敵なもの、いっぱい見せてくれて」


 楽しかった。

 ちょっとだけの旅行だったけど。


 このすごくきれいな森も、元気いっぱいな幻獣たちも、みんなブランシェット家が頑張って尽くしているから、この状態を保てているのだと聞く。


 わたし、やっぱり、同年代の女の子に好かれる能力はないみたい。

 でも楽しかったし、まあいいや。


「ごめんね、大切な森に足を踏み入れちゃって」


 普通に、すごく嬉しかったから、にっこりと笑った。

 その瞬間、ココの耳としっぽがぶわっと逆立つ。


「わ、わたし……っ」


 ココは口をぱくぱくと動かしながら、一歩、二歩と後ろに下がった。


「う……う……」


「あれっ? なにやって……」


「う”ぉーーーーっ」


「え!? ちょ、あぶな……」


 ココはいきなり踵を返すと、森の中へ駆け出そうとした。

 けれどその先は、きつい傾斜になっている。


 思わず手をのばすけど、間に合わなかった。


「きゃーっ!?」


 そしてココは、傾斜から転がり落ちてしまった。


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