魔導機関車に乗ろう! 

「すごーい!」


 ようやく乗車予定の汽車が来た。

 ポーポー汽笛の音を鳴らして、ぶつかることもなく、ぴったりとホームへやってくる。

 赤色の機体に見惚れていると、ぷしゅーとドアが開いた。全部魔導式で動いてるんだって。

 そういえば、魔道具屋のじいちゃんが、一部の魔導式の仕様を切ったって言ってたっけ。


 乗降するお客さんをキラキラした目で見ていると、魔王さまに背中を押されて中に入るように促される。

 お客さんは多かったけれど、わたしが小さかったせいか、乗るのを待って、見守ってくれた。


「よいしょ」


 ホームと汽車の間に足を挟まないように乗車する。


 機関車の中の通路は意外と広かった。

 人はいっぱいだったけど、なぜかみんな微笑ましい顔で道を譲ってくれるので、移動するのは大変じゃなかった。


「えーっと、私達のコンパートメントは……」


「ここにしよ!!」


 背伸びして、ドアをスライドさせる。


「あっ、違います! す、すみません〜」


 間違えてすでに人のいるコンパートメントを開けてしまった。

 中にいた獣人族の子供が、目を丸くする。

 ご、ごめんなさい。

 っていうか、乗る場所って決まってるんだ……。


「こら」


 魔王さまに首根っこをつかまれ、抱っこされてしまった。


「指定席なので、このチケットに書かれたコンパートメントじゃないとダメなんです」


 そういって、ティアナは今日の日付と、コンパートメントの番号が印字されたチケットを見せてくれた。


「この番号を探してくださいね」


「わかった」


 魔王さまの腕の中で、チケットを手に持って、番号のプレートを探す。

 わたしたちのコンパートメントはすぐに見つかった。

 金色のプレートに薔薇模様が彫り込まれた、他のコンパートメントよりもなんだかお高そうな部屋だった。


「開けてもいい?」


「どうぞ」


 そっと扉を開けると、透き通ったガラスの嵌められた大きな窓と、ふかふかした真紅のソファみたいな座席が目に飛び込んできた。

 ソファと同色のカーテンは金色のカーテンタッセルでまとめられ、壁には趣のあるランプがついている。

 座席の上にあるのは、薔薇の蔦模様が掘られた荷持置きだ。

 こっとりとした深みのある木目調の壁が、まるで貴族のお屋敷のゲストルームみたいだと思った。


紅薔薇の小部屋レッドローズ・コンパートメントというのだそうですよ」


「へええ、すごね!」


 魔王さまにおろしてもらって、座席へよじのぼる。


 座席も見た目通り、ふっかふかだった。

 うもれちゃいそうだ。

 

 人間界の馬車って、お尻が割れるんじゃないかってほど硬いし、ガタガタ揺れるしで不快感マックスだけど、これなら何時間だって耐えられそうだ。

 ううん、むしろここになら住むことができる。

 わたしが暮らしていた神殿のあの硬いベッドよりも、こっちの椅子のほうが断然いい。


 二人は慣れたように荷物を片付け、席に座る。きょろきょろしているわたしを席に座らせ(ティアナの隣だ)、ようやく落ち着いた。


 わたしはといえば、窓にへばりついて、忙しそうに行き交う人々を見る。

 みんな、わたしと目があうと、微笑んでくれた。


「ばいばいー」


 知らない人に愛想よく手を振ったら、振りかえしてくれたし。

 魔界の人って、みんな優しいなぁ。


 そうしてしばらく窓にへばりついていると、カタン、と音がした。


「そろそろ出発ですよ」


 ティアナに座って見るように言われ、おとなしく座席に腰をかける。

 ガタン、と大きく揺れたあと、汽車がゆっくりと動き始めた。


 少しずつ、窓の外の景色が流れてゆく。

 

「わぁ……」


 不思議な感じがした。

 自分は動いていないのに、景色が勝手に流れてゆく。

 体もなんだかふわふわしているような気がした。


「きれい……」


 窓にへばりついて、外の町並みを見る。

 駅を出た汽車は、線路を走り、王都を駆け抜けた。

 見たことのある町並みを、少し高い位置から見下ろして、目をキラキラさせる。

 王都は今日も人で賑わっていた。

 

 住宅街に、あちらは職人街、遠くに見えるのは、魔道具屋のじいちゃん家だ。じいちゃん、今何やってんのかな。前に一月くらい一緒に暮らしたことあるけど、結構ちゃんとした生活してたから(脳を働かせるには規則正しい生活と美味しいごはんが必要なのだって)、まあ大丈夫だとは思うけど。


 汽車は線路を走り続け、あっという間に王都を抜けてしまった。

 建物だらけの景色から、一気に広い草原地帯へ出る。

 空気が澄んでいるおかげか、遠くに山々も見えた。


 どこまでも続く緑と、青い空。

 なんだかわたしの心も、すごく自由になった気分。


 ガタンゴトン、と揺れに体を任せる。

 のんびり、ゆったりとした時間だった。


「すごいね、きれいだね」


「……ああ」


 広々としたこの世界を、ずっとだって見ていたいと思った。

 窓を少し開けると、びゅうう、と風が吹いて、わたしの髪をなびかせる。

 わたしはすっごくいいことを思いついて、二人を振り返った。


「ねえねえねえ! ここから飛び出して、一緒に並走してもいい?」


 名案!

 空の上から一緒に走ったら気持ちよさそう。


「俺たちをショック死させるつもりか?」


「そのお言葉だけで心臓麻痺を起こしそうですわ」


 対して、二人の反応はあんまりよくなかった。

 窓はしめられ、お席に座って見ましょうね、と椅子に戻されたのだった。


 ◆


 しばらく景色を楽しんでいると、こんこん、と扉がノックされた。


「誰か来たよ」


「ああ、車内販売ですね」


 扉を開けると、大きなカートを押したきれいなお姉さんがいた。

 カートには山盛りお菓子なんかが乗っている。


「お菓子に、お酒、おつまみ、コーヒーなどはいかがでしょうか? 紅茶もご用意しております」


「お菓子!? くれるの!?」


「買うんですよ」


 そっか。

 ただでくれるわけないものね。


「買ってもいい?」


 さっきパン食べちゃったけど、買ってみたい。

 ねだり倒そうと思ったら、ティアナは案外あっさりオッケーしてくれた。


「いいですよ。そのためにお城からお菓子をもってくるのはやめていただきましたからね」


 そうだったのか。

 確かにわたし、ありとあらゆる場所で食べ物をねだりそうだもんね……。


「ありがと〜!」


 お礼を言って、カートに近づく。


「どれがほしいのかな?」


 にこにことお姉さんが聞いてくるので、あのねぇとカートの中を覗いた。

 魔界の一般的なおかしなのだろうか。

 かわいい動物が描かれたパッケージに包まれたクッキーや、瓶詰めのキャンディ、棒のついたチョコレートなんかがある。


「こっちにもいいのがあるわよ〜」


 お姉さんはそう言って、カートの下にあった小さな箱をあけた。

 ひんやりとした空気が頬に触れる。

 そこにはプチサイズのカップケーキがたくさん並んでいた。

 カップケーキの上には、クリームでいろんな形の動物がかたどってある。

 他にも、ワインボトルなんかのお酒が並んでいた。


「わ! かわいい!」


「ウサギさんはストロベリークリームチーズ、クマさんはチョコレートホイップ、黄色のキツネはバナナチョコレートよ」


 カップケーキは、一つひとつ全く別のデコレーションが施されていた。

 雪みたいに真っ白なホイップクリームには、大きなイチゴが乗っている。

 うーん、選べないなぁ。

 よし。


「カートに入ってるのを一個ずつ、全部ください!」


「あ。必要ないです」


 ティアナがにっこりと却下する。


「プレセア様、ダメでしょう? お菓子は一つですよ」


 さあ、あまり引き止めちゃいけませんから、とティアナと一緒にお菓子を選ぶ。

 結局、ティアナと魔王さまの分も含めて、動物柄のプリントされたクッキーと、チョコレート、ストロベリークリームチーズのウサちゃんカップケーキを頼んだ。


「はい、おまけよ」


「えっ? いいの?」


「他の人には内緒ね」


 そう言って、お姉さんはロリポップ型のチョコレートをくれた。


「ありがと!!」


 お姉さんをにこにこ手をふって、お見送りした。

 いいお姉さんだった。

 どうやらこうやって、一つ一つのコンパートメントを訪ねているらしい。



 膝の上にお菓子を広げ、窓を見る。


「あ〜、旅行っていいね。機関車っていいね」


「食べ物がもらえるからか?」


「違うよ」


 まあそれもあるけど。

 お城にいたら、食事は徹底的に管理されてるからね。


「だって、自由だもん」


 機関車は森林地帯へ入ろうとしていた。

 ああ、わたしも、あの空まで飛んでいけそう。


「広くて、大きくて、どこまでも行けそうで……いいねぇ」


「プレセア様……」


 汽車の窓にへばりついて、外の景色を眺める。


 世界は、こんなにも広い。

 あの場所ではないどこかへずっと行きたいと思っていたけれど、わたしはそれをいつのまにか叶えていたのだ。


 ◆


 昼を少しすぎたころ、汽車の中にあったレストランで、お昼ごはんを食べた。

 景色を見ながらいただくごはんは、すごく美味しかった。

 お子様ランチという、子供向けのランチプレートを頼んだけど、すごく満足だった。


 オムライスに、香ばしいウィンナー、エビフライ、ポテト。

 オムライスがまたかわいくて、猫型にかたどられたケチャップライスの上からふんわりとした卵を毛布みたいにかぶせていた。

 今度、料理長に頼んでみよう。

 ウサギでやってもらおっかな。


 魔王さまはワインを飲んでいた。

 そういえば、人間界にいたころ、一度もお酒って飲んだことなかった。

 飲んでみたいかも!


「ねえ魔王さま、わたしもそれ、飲んでいい?」


「子どもの飲酒はいけない」


「心は大人だからさ。少しだけだよ」


「ダメだ」


「お願い!」


 魔王さまの膝によじのぼってねだる。

 くれよ〜!!!

 いつものあざとい瞳をしても、魔王さまはふいと窓のほうを見て、こっちを見てくれなかった。


 ちぇっ、つまんないの。

 このあざといわたしのおねだりがきかんか。


「お嬢様」


「?」


 声をかけられて振り返れば、ウェイターさんが立っていた。


「どうぞ。こちら、サービスでございます」


「!」


 机に置かれたのは、きれいな紫色の液体が入ったワイングラス。


「えっ、いいの?」


「もちろん。こちらは合法でございますよ」


 見て魔王さま!! 

 飲んでもいいってよ!


 さっそく、ワイングラスを指で持ち上げ、こく、と一口飲む。


「美味しい!!」


 甘くてすっきりした味がした。

 うーん、なんというか、ワインってほんとにぶどうジュースみたいだ。


「お酒って、甘くて美味しいんだね」


 子どもっぽい感想が嫌で、それっぽい単語を並べてみる。


「こう、深みがあって……なんか……甘い……」


 ……語彙力。


「悪い子だな、プレセア。魔界では十八歳未満の子供が飲酒すると、罰せられるぞ」


 ワインを吹きそうになった。


「えっ!? そうなの!?」


「法律でそう決まっている」


 人間界じゃそんなのなかったけど……。

 っていうか先に言ってよ!

 わたし犯罪者じゃん!


 そろ、とあたりをみまわす。


「魔王の伴侶でも、罰せられる……?」


「もちろん」


 うへ、どうしよう……。


「ほら、かせ。俺が飲んだことにして、隠蔽してやろう」


 そう言って、魔王さまが手を出す。

 わたしは慌てて、黒い手袋がはめられたその手にグラスをわたした。

 魔王さまはグラスに唇をつける。


「……何年ものか、当ててやろうか」


「えっ? 魔王さま、そんなの分かるの?」


 やっぱ天上人は違うんだなぁ。

 こく、と一口飲んで、魔王さまは微笑んだ。


「これは……そうだな、今日絞ったものか?」


「え? 今日?」


 なんのことだと目を瞬かせていると、堪らえきれないと言ったように、ティアナが笑いだした。

 周りの席にいた人も笑っている。


「……なんで笑ってるの?」


「ふふ、だってプレセア様、それぶどうジュースですよ!」


「子どもに酒なんか出すわけないだろう」


 ……そっか。

 すごくジュースみたい! って思ったら、まんまジュースだったわけだ。


 ……って、この悪い大人どもめ〜!!! からかいやがったな!


「プレセア様は、まだ子どもでいてくださいな」


 何いってんのさ!

 もう大人だってーの。

 頬がぱんぱんに膨らむ。

 しっぽも不機嫌そうにバシバシと椅子を叩いていた。

 文句を言おうと口を開けば、またあのウェイターが戻ってきた。


「こちら、デザートでございます」


 目の前にアプリコットゼリーがことりと置かれる。


 あ!!! 美味しそう!!

 

 怒りは一気に引いて、わたしはデザートに夢中になった。


 その様子を見て、大人たちがくすくす笑っていたことに、わたしはまったく気づかなかったのだった。


 ◆


 コンパートメントに戻ってからは、魔王さまが魔界のカードゲームで遊んくれた。

 負けた人が勝った人の言うことを何でも聞く、というルールだったので、わたしが一番になってなんかわがままを言ってやろうと思った。

 が、見事に粉砕。

 ティアナが一番に上がった。

 魔王さまは運がないといっていたけれど、まあ、わたしよりはついてるだろう。

 わたしがドベだったんだからさ。


「それじゃあ、プレセアさま。健康に、大きくなってくださいね」


 って言われて、ちょっと泣きそうになった。

 わたしの醜い心よ……。


 そんなこんなで、楽しい汽車の旅を満喫しているうちに、魔王さまの膝の上で、いつの間にかウトウトして、眠ってしまったのだった。

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