駅のパン屋さんって美味しいね 


「よーし、バッチリ! すごく可愛くできました!」


「今日もお可愛らしいですよ、プレセアさま」


「魔王さまもメロメロです」


 や、やっと終わったぁ。

 へにょへにょと疲れて床に寝っ転がりそうになったわたしを、ティアナが抱きかかえて鏡の前に立たせてくれた。

 鏡の中には、侍女たちによって着替えさせられ、髪を結われた小さな子どもがうつっている。

 

 本日は、ブランシェット領への小旅行の日。

 魔王さまとお出かけなのだから、とみんな張り切って、わたしにお洒落させてくれた。

 

 今日のお洋服は、こんな感じ。

 フリルとレースのたっぷりついたブラウスの上から、薄桃色のワンピースを着て、さらに体が冷えないようにミルク色のカーディガンを羽織っている。

 髪もワンピースと同じ色のリボンで二つに結び、ゆるく巻いてもらった。

 前にお店で買ってもらったハート型の小さいポシェットを下げ、どこからどう見てもただの幼女。うん。幼女。

 鏡の中の幼女は、ちょっと疲れていたけれど、嬉しそうにしっぽをゆらゆらと振っていた。


 背中に黒い翼、おしりにしっぽがあるので、わたしは専用のスリットの入った服を着ている。これがまた、着づらくて仕方ないんだよね。いちいちスリットに羽としっぽを通さなきゃいけないから、不器用なわたしは、まだ一人で着替えることができない。


「プレセア様、ぬいぐるみは一つにしましょうね」


「ええっ」


 ウサとハムを抱っこしていたら、ティアナにそう諭された。

 そ、そんな……。

 うーーん、でも、仕方がないか。

 あんまりいっぱい手に持つのも大変だしな……。


 よし、ハムイチたちはお留守番してもらうことにしよう。

 連れて行くのはウサちゃんのみ。

 ウサちゃんも、どうせまたあとで魔王さまが持つことになるような気もするけど……まあいいや。


「よし、そろそろ準備ができましたね」


 ティアナに全身チェックされて、わたしはこくりとうなずく。

 ハートのポシェットには、苺味のキャンディと、チョコレートをひとかけらいれた。

 あとうさぎの刺繍が入ったハンカチも。

 

 お菓子をもっといっぱい詰める予定だったけど、ティアナに見つかってしまい、ダメですと言われてしまったので、これだけ。

 いつも魔力の制御のために使っている杖は、イヤリング型にして耳に装着している。


「陛下も待っていらっしゃいますから、そろそろ出発しましょうか」


 きょろきょろと他に持っていくものはないかと見渡していると、ティアナに手を引かれた。

 本日のティアナは、よそ行き用の上品なベロア素材のワンピースに身を包み、髪も下ろしている。

 もともとすごくきれいな人だから、どこかのお姫様みたいだ。

 ちなみに、ユキとバニリィたちはお留守番。

 羨ましがっていたので、お土産を買っていくと約束した。


 ティアナは革の鞄を持ち、わたしの手を引く。


 部屋を出て、お城のエントランスまで降りると、魔王さまがすでに待っていた。

 今日はただのお出かけじゃなく、公務ということだったので、エントランスにはずらりと使用人たちが並んでいる。

 魔王さまはわたしたちを見て、少し口角を上げた。


「やっと来た」


「ごめんなさい、遅くなってしまって」


 わたしはぱっと魔王さまのもとに駆け、足にしがみつく。


「可愛くしてもらったな」


 魔王さまはわたしを軽々と抱っこすると、微笑んだ。


「今日のリボンは何色でしょーか?」


「ピンクだろう」


 その返答を聞いて、ホッとした。

 ちゃんと式布の効果が出て、魔王さまの視界が正常であることを確認するのが、わたしの日々のルーティーンだ。


「そろそろ行こう。駅でプレセアに手を焼きそうだから」


「そうですね」


 むっ。

 わたし、子どもじゃないんだから、騒いだりしないよ。

 なんて抗議しようとする前に、魔王さまは歩き出した。


 開け放たれた扉から外にでる。


 いっせいに、使用人たちが声を揃えて頭を下げた。


「いってらっしゃいませ」


 よおーし!

 小旅行に出発じゃい!


 ◆

 

「ふわぁ」


 人、人、人。

 どこを見ても、人!

 街中でだって、こんなに人はいないだろう。


 魔王さまとティアナに挟まれ、両方の手を繋がれたわたしは、ぽかんと口を開けて、連れてこられた王都の駅を見回していた。


 駅と言っても、人間界にあるような、オンボロの馬車を待つような場所じゃない。

 一階部分にはプラットホームと呼ばれる、汽車に乗り降りするための巨大な空間がある。平行に敷かれたいくつもの線路があり、大きな汽車が何種類か止まっていた。線路から地上までは結構な高さがあるので、絶対に一人では近づいてはいけないと魔王さまに釘を差された。

 そして二階部分には、お土産屋さんや、食べ物屋さん、喫茶店、おそらく汽車を待つための休憩スペースのようなものがあった。

 二階はサンルームみたいに壁がガラス張りになっていて、中から下の汽車の様子をうかがうことができる。


 ちなみにわたしたちは今、二階でぶらぶらといろんなお店を見ているところだ。


「プレセア様、必ず私か魔王様の手を握っていてくださいね」


「うんうん」


 うわー!

 すごいかっこいい機体の汽車が入ってきた!!

 好奇心に負けてガラス窓の方に走り出そうとすれば、ぐいっと引き戻される。


「聞いてないみたいですね」


「プレセア」


 子犬のようにはしゃぐわたしのリードを引っ張るみたいに、魔王さまはがっしりとわたしの手を握ったのだった。

 

 移動しているうちに、いろんなお店が目に入る。


「ねえねえ、なんで駅にはお店がいっぱいあるの?」

 

「人が集まるから、商売にはうってつけの場所なんですよ。魔力で動く車ですから、空気も汚れませんし」


 あ、なるほど。

 考えてみれば、当たり前のことか。

 ふんふん頷いていると、わたしの鼻センサーがいい香りを察知した。

 なんだか香ばしくて甘い香りがする。


「わ、美味しそうなパン屋さん!」


 あれみたい、と二人をパン屋に引っ張っていく。

 中には焼き立てと思われる美味しそうなパンと、瓶入りのフルーツジュースが並んでいた。汽車の中で食べる用らしい。


 ぐいぐいとティアナのスカートを引っ張る。


「ティアナ、これほしい」


 うるうるした瞳で見上げれば、ティアナはふるふると首を横に振った。


「ダメですよ」


「買って!」


「……陛下、どうしましょう。さっき、朝ごはん食べたんですよ」


 魔王さまは少し考えたあと、頷いた。


「欲しがってるなら買ってやれ。汽車の中で食べるといい。プレセア、そのかわりあまりうるさくするんじゃないぞ」


「オッケー!!」


 こうして駅の中にあるパン屋で、パンを買ってもらった。


「自分でやるぅ」


 ティアナが適当に選ぼうとしていたので、魔王さまに抱っこしてもらって、自分でトングで挟んでトレイにのせた(ティアナは落としそうでハラハラしてたみたい)。

 ついでにオレンジジュースも買ってもらって、わたしは超ご機嫌なのだった。


 ◆


 駅の待合所で、外を見ながらパンをかじる。

 ……魔王さまの膝の上で。

 いつ飛び出すかわかったもんじゃないと、乗せられてしまったのだ。


 ちなみに、今日の魔王さまはシンプルな格好をしているから、誰も気づいていないみたい。そもそも式布を巻いているから、顔の半分位も見えないし、誰なんだかさっぱりわからないんだろう。 

 それにしても、意外に気づかれないものなんだなぁ。


 生地に蜂蜜を混ぜているのか、パンは甘くて、ふわふわで美味しかった。

 眼の前を行き交う人々を見ながら、パンをかじる。

 ガラス窓から、朝のきれいな光が差し込んでいて、心地よかった。


 ああ、なんだろう、この気持ち。

 すごく楽しくて、ワクワクして。

 なんだかじっとしていられない。


「魔王さま」


「ん」


「楽しいね」


 見上げれば、魔王さまと目が合う。

 魔王さまはわたしの口元についていたパンくずをとった。

 両手でほっぺを包まれる。


「それならよかった」


「うん!」


「俺も仕事ばかりで、お前にかまってやれていないからな」


「別に、そんなことないよ。今でもじゅうぶん」


 ああ、そっか。

 このふわふわするような気持ち。


 すごく幸せっていうんだ、こういうの。

 魔王さまと一緒に出かけられて、思った以上に嬉しかったのかもしれない。


 にこにこ笑っていると、お手洗いに行っていたティアナが戻ってきた。


「そろそろ下へ降りましょうか」


「ああ」


「プレセア様もパンがあるし、汽車の中ではいい子にできますね?」


 

 あ……。


 乗る前に全部食べちゃった……。

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