熱っぽい日にはあたたかいスープを
あー……。
頭ぼんやりする。
「つまんないの……」
ぼーっと天蓋の天井に縫い付けられた星座表を見ながら、ポツリと呟く。
結局、予防接種の数日後に熱が出た。
ショックで発熱したのかなと思ったけれど、副作用だと言われた。
特に危険はないって言われたけど、魔王城の人たちは、わたしが体調を少しでも崩したら、ベッドへ直行させてしまう。
そこまでしなくてもいいのに、わたしの体調は常に魔王城で働く者たち全員に知らされ、食事のメニューなども専用のものに変更されるのだ。
今日も朝からずっとベッド。ひま。
「お腹へってきちゃったな」
ベッドでごろごろしていたら、お腹がぐぎゅうとなった。
子どもの体のせいか、それとも働きすぎて体が壊れてしまったのか、私はよく熱を出す。多分、痩せすぎて不健康なせいもあるんだと思う。
ほんと、人間界にいたときは、ひどかったもんなぁ。
今だからわかるけど、人間界の人たちは、魔力持ちのわたしを嫌悪すると同時に、恐れてもいた(何をしでかすかわからないからね)。
だから抵抗できないようにサークレットをつけられていたし、食事も粗末なもので、十分な量も与えられなかったのだ。
生かさず、殺さずと言った具合だろうか。
魔王さまに助けてもらわなかったら、そのまま人間界で死んでいたのだろう。
そのせいで、体が痛くても、辛くても、ずっとちゃきちゃき動き回って働き続けるのが普通だと思っていたのだ。
ここへ来てからというもの、そういう価値観は古いものだと、塗り替えるべきものなのだと、よく分かるようになった。
「……」
熱っぽいせいだろうか。
なんだかしんみりした気分になってしまった。
けれどちょうどティアナたちが部屋へやってきたので、暗い気分はどこかにいってしまう。
「プレセア様、具合はいかがでしょうか」
そばにやってきたティアナが、膝をついてわたしと目を合わせる。
「元気元気。お腹へった!」
そう言うと、おでこに手を乗せられた。
「まだ少し熱っぽいですね」
「そう?」
「ほっぺも赤いわ」
頬を手で撫でられた。
くすぐったくて、笑ってしまう。
「さ、ごはんを食べましょうか」
「うん!」
いい匂いがするなぁと思ったら、やっぱりごはんの時間だった。
本日のメニューは、コトコト煮た甘い玉ねぎと半熟卵の焼きリゾット。
ほんのりとコンソメの香りがして、食欲をそそられる。
一口食べると、たまごの優しい味がして、じんわりと体が暖かくなった。
「んー、美味しい」
ふうふうしてもらって、口までスプーンで運んでもらう。
「食欲もあるし、明日にはきっとよくなっていますよ」
半熟玉子のまろやかな味わいを楽しみながら、ちゃんと最後までリゾットを食べきった。
そうしてデザートのチョコレートプリンを貪っていたわたしに、ティアナがそう言って微笑んだ。
「もー、それはダメだってば!」
「こっちがいいもん!」
ふと、部屋にいたユキとバニリィが、何やら衣装を引っ張り出して、ああでもない、こうでもないと言っているのが聞こえてきた。
「あの二人、何やってるの?」
「プレセア様の衣装を検分しているんですよ」
「ま、また仕立ててもらったの?」
「ええ」
うひゃー。
一体魔族のみんなは、どれほどわたしを着飾らせたら気が済むのだろう。
一年間、毎日別の衣装を着ても、消費しきれない気がする。
「なんか最近は特に多いね? それに、みんな心なしかバタバタしているような……」
わたしはいつも魔王城を駆け回っているから、なんとなくお城の中の雰囲気が違っているのがわかる。
最近、いつもより浮足だっているというか……。
なんだか落ち着きが無いように思うのだ。
「ああ、それはお披露目会が近いせいかと」
ティアナは瞬きして言った。
「お披露目会?」
なんだろう、それ。
初めて聞いた。
「プレセア様のお披露目会ですよ」
「ええっ?」
「各地の有力者たちを招いて、みんなにプレセア様を紹介するんです」
「わ、わたしを紹介する!?」
「そうです」
ティアナは微笑んだ。
けれどわたしは心臓バクバクだ。
まさかそんなものが開かれるなんて、思ってもいなかったのだ。
「みんな、ワクワクしているんです。早く、女神さまの子どもであるプレセア様に、お会いしたいのです」
だから、かわいいお洋服を準備したり、食事のメニューを考えたり。
みんな、魔王さまのために働くのが大好きだから、こういった催し物になると随分前からはりきってしまうのだという。
「っていっても、まだ予定すら決まっていませんけれど」
「そうなの?」
「ええ。陛下が、プレセアの心身のことを一番に考えよ、とおっしゃっているのです」
少しホッとする。
だって、大勢の前で紹介されるなんて、緊張するもん。
「プレセア様は何もしなくて良いんですよ。魔王さまに抱っこされていれば」
いやいやいや。どんな羞恥プレイだよ。
ハードル高すぎるよ。
「まだまだ先のことですから、気にしなくてよいですよ」
日程も決まっていないそうなので、一安心した。
それと同時に、やっぱり不安になる。
わたしは、本当に、みんなに認められる存在になれるのだろうか?
人間界では、ずっとずっと、嫌われ者だった。
何をやっても、誰からも認められなくて。
受け入れられなくて。
なんか、宙ぶらりんみたいな……居場所がないみたいな感じだった。
けれど魔王城へ来てからは違う。
魔王さまやティアナや、みんなが、わたしに優しくしてくれた。
受け入れてくれたのだ。
それがどれほど幸福なことか、わたしにはよく分かる。
だからこその不安だった。
わたしはあまり、お城の外へ出たことがない。
魔王城の人たちは、魔王さまが命令するから、わたしに優しくしてくれるんじゃないかな……とか。
たまに思ってしまうのだ。
「プレセアさま」
わたしがぼーっとしていたからだろう。
ティアナが心配そうに、わたしの顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい、こういうことは、もっとしっかりとした場所でお話すべきでしたね。話すのには、時期が早すぎました」
「ううん、大丈夫だよ、別に。いつかは教えてもらうことになるんだし」
そう言っても、ティアナは首を横にふった。
「私も浮かれていました。もっとしっかりしなくちゃ」
最後は独り言のようだった。
「お披露目会なんて、嫌ならやらなくてもいいんです、もっと大きくなってからでも」
「ええっ、そういうもんなの?」
「全てはプレセアさまのお心のままに。女神さまのお子を不幸にさせることなど、あってはならないことです」
「でも……」
「大丈夫ですよ、プレセア様。それに魔王様自身が、一番プレセア様のお披露目会に賛成していないようなのです」
先程も言いましたけれど、とティアナは続けた。
「陛下も、まだお披露目には早い、と。けれどどうしても、急かす魔族の声が多いのでね。本来なら、それは不敬罪に当たるのですけど」
それほどプレセア様にお会いしたいのです、とティアナは言った。
「ですから、私からも嫌なら陛下にお願いしますよ」
「本当に?」
「はい。私は、プレセア様の育て親です。……母、のようなものです。あなたにこれ以上……辛い思いをさせるわけには、いきません」
そう言って、ティアナはぎゅう、と抱きしめてくれた。
……あったかい。
わたしはティアナの体温にすり寄る。
頭を撫でてもらい、しっぽもご機嫌そうに揺れた。
「もうこのお話はやめにしましょうか。それよりも、楽しいことがいっぱいあるのですから、その話をしましょう」
そうだった。
わたしには、魔王さまとの約束があるのだ。
「ブランシェット領への小旅行ももうすぐですから、体調を整えませんとね」
魔王さまは、ちゃんと約束を守ってくれた。
一緒にお出かけしてくれるらしい。
「機関車にも乗れますよ」
「うん。機関車にのれるの、楽しみ」
久しぶりに魔王さまとお出かけできることが嬉しい。
魔王さまは仕事が忙しくて、ずっとわたしのそばにいるわけじゃないから。
みんながいるから寂しくないけど、もっと一緒にいたい。
楽しみだな〜とベッドの上でしっぽを振っていると、ユキとバニリィがこちらへやってきた。
「ティアナ様、聞いてくださいっ!」
「まあ、どうしたの?」
ふたりとも、ふくれっ面だ。
「プレセア様のご旅行の際のお洋服を決めていたんですけど」
「バニリィが選ぶ服、変です」
「変じゃない!」
「絶対にこっちのほうがいい!」
二人とも、バチバチと火花を飛ばしている。
「あらあら」
ティアナは二人がそれぞれ手に持ったワンピースを見た。
「プレセア様はラブリーな小悪魔に仕立て上げます!」
バニリィは黒とベビーピンクのふわふわしたワンピースを。
「違います! プレセア様は、清楚な女神のように!」
ユキは真っ白で桃色のリボンが飾られたワンピースをかがげてみせた。
しかし。
「いいえ。プレセアさまには、こちらの動きやすくてあたたかいものを着ていただきます」
ティアナがすでに用意していたかわいい遠征セットを取り出して掲げた。
っていうか、どこから取り出したんだそれ。
「「ええー!!」」
二人とも悲鳴を上げる。
くだらなすぎて、なんか笑えた。
さっきまでの不安も、全部どこかに行っちゃう。
お披露目会のことはまた今度考えよう。
それよりも今は、魔王さまとのお出かけのことだ。
すごく楽しみ……
……っていうかティアナ、その服、ふりふり過ぎじゃない!?
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