もふもふパラダイスへの招待券
「ティアナのあほめ〜」
わたしは城の尖塔の屋根に立って、城下に広がる麗しい王都を眺めていた。
ここまで来れば誰も追いかけてこないだろう。
「まったく、ひどい目にあったわ」
あのお茶会のあと、侍女たちに連行されたわたしは、例の注射針を腕にぶっ刺されそうになった。
理屈では予防接種というものが将来的に良いものになるとは分かっているけれど、子どもの体が、どうしても痛いことを拒否してしまう。
残念ながら、わたしの思考力は、五歳児の体に引っ張られているのだ。
とくに眠い時とお腹がへったときは、ほぼ幼児化して、本物の子どもみたいになる。
そして嫌なことをされそうになったときも、癇癪が爆発する。
これについては、先にみんなに謝っている。
けれどみんな、わたしの見た目が五歳児なせいか、あまり気にしていないようだった。
「さぁて、どこへ逃げようかな」
高い場所にいるせいか、空気が澄んでいて美味しい。
眼前の王都もはっきりと見ることができた。
今日も今日とて、王都は人々の賑わいに満ち満ちている。
「いいなぁ、わたしも外に遊びに行きたい」
人の欲望はとどまるところを知らないもので、以前よりもずっといい暮らしをしているのに、わたしはまだまだ楽しいことを探してしまう。
お城の中も快適だし楽しいけれど、やっぱり外もみてみたい(何度かお出かけしたことはあるよ!)。
人間界とは全然違う、文明の発達した世界。
興味をそそられないわけがない。
「ちょっとだけ、行っちゃおうかな」
ぐいーっと背中の翼を広げる。
わたしの体は、女神族になってからいろいろと変わった。
背中には黒い翼が、おしりには先っちょがハート型になった、細長いしっぽが生えている。そして頭には、つやつやとした、小さな三角形の角。
最近、しっぽの扱いにも慣れてきて、三本目の腕……とまではいかないけれど、それなりに扱えるようになってきた。けれどこのしっぽ、犬みたいにわたしの感情に敏感で、わたしが嬉しいとゆらゆら揺れるし、怒るとぴーんと伸びてしまう。それだけがちょっと残念なところかな。
パタパタと背中の翼を動かす。
王都への誘惑に負けそうになっていたところで、腰をガシッと捕まえられた。
「残念だが、どこへも行かせない」
「ぎゃあ!?」
呆れているような、少し怒ったような声でわたしを抱っこしたのは、魔王さまだった。
彼はほんの一瞬でどこへでも移動できる、移動魔法を使うことができる。
そのおかげで、ここへも一瞬で転移することができたのだろう。
「こんなところで何をしているんだ、プレセア」
でもなんで魔王さまに居場所がバレて……って、しまった……。
首輪を外してくるのを忘れちゃったんだ。
わたしの首には、瞳の色と同じ、マゼンダ色の首輪がはまっている。
これはわたしの場所を探知するためのもの。
もともとわたしにかけられた呪いの力を抑え込む効果のある首輪で、最初の頃、魔王さまがわたしに無理やりつけていたものだ。
今はもう、呪印もなくなってする必要もなくなった。
だから自分で取れるし、好きなときにつけてもいい。
けれどかわいいから毎日つけていたら、なんだか自分の一部みたいに感じてきちゃって、結局外せないでいたのだ。
注射でパニックになって、取るのを忘れちゃった。
「どうして逃げたりするんだ」
ぐへぇ〜。
がっしり捕まって、魔王さまの腕から逃げることができない。
「注射なんて、やだ!」
「しないと、将来ひどいことになっても知らないぞ」
「ならないからいいもん」
ジタバタもがいても、全然離してくれる気配がない。
しっぽもまとめて抱き込まれているので、しっぽ攻撃もできない。
「ならない保証がどこにある? ほんの少しの我慢だ。病気になって、点滴をずっとするよりマシだろう」
「う……」
そ、それは確かに……。
「でも、でも……」
ぐす、と鼻を鳴らして、魔王さまにしがみついた。
「注射、怖い……痛いのやだ」
「……」
ぐずぐず魔王さまの腕の中で泣いていると、魔王さまも少し困ったようだった。
別に魔王さまだって、好きでわたしに痛いことをさせたいわけじゃないことくらい、よく理解している。
でも、子どもの体が嫌だと拒否してしまっているのだから、仕方がない。
「……わかった。それなら、注射をできたら、褒美をやろう」
「……?」
べしょべしょ流れていた涙が、止まった。
「ごほうび……?」
「ああ」
魔王さまは頷いた。
「おかし?」
と聞けば、魔王さまは首をゆるゆると横に振った。
「そうじゃない、外へ行くんだ」
「そとって、王都?」
「いいや、もっと遠いところだ。一日だけだが」
そんなことを言われるとは思っていなくて、わたしは目を丸くした。
初めてだ。
この城から遠く離れた場所へ出かけることが許されるのは。
「動物が多くいる場所だ」
「動物? 可愛いの?」
「まあ、それなりに」
ハムとかうさぎとかだろうか。
お出かけという単語だけで、ワクワクしてくる。
「魔導機関車にも乗せてやろう」
「!?」
わたしははっと息をのんだ。
「き、機関車ってあの、黒くて長くて、大きいの?」
王都を縦断するようにひかれた線路。
そしてその線路を走る、長大な車。
いつも遠くから見ていて、アレの乗り心地を確かめてみたかったのだ。
「俺も一緒についていてやるから。どうだ、頑張れるか?」
「うん……うん! がんばる!」
こくこくと頷く。
機関車にのりたい。
動物みたい!
「いい子だな」
完全に保護者モードになっている魔王さまに連れられ、部屋に戻る。
こうしてわたしは、おとなしく注射を受けることになったのだった。
◆
「ふふ、捕まっちゃったのね」
「……」
ご褒美を貰えるとはいえ、やっぱり注射はいやだった。
ぶーたれていると、美人な女医さんがニッコリと微笑む。
注射されるだけなく、大勢の召使いたちに囲まれて、魔王さまの膝の上にまで乗せられるという羞恥プレイ付きだったので、次からはおとなしく受けたほうがいいのかもしれない。
「はい、じゃあ消毒しましょうね」
「ひっ……」
びっくりして変な声が出た。
思わず腕を引っ込める。
「大丈夫よー。こんなの一瞬で終わるから」
にっこりと女性医師が笑った。
「ほら、プレセア」
「……」
魔王さまにうながされ、おずおずと腕をさしだす。
「はい。じゃあ、ちょっとチクっとしますよー」
女医さんが、ちゅ、と針の先から液体をはしらせた。
「わ、ま、まって……やっぱ無理……!!」
「ダメだ」
「や……ッ」
針を刺す直前、耐えられなくなって逃げ出そうとすれば、魔王さまに強く抱きしめられる。
バニリィがわたしの前で、ハムイチをゆらゆらさせた。
「頑張ってくださいプレセア様! ほーら、ハムケツも応援していますよ!」
「ハムイチだよ(怒)!!」
「あ、すみません」
バニリィが頭をかいた。
ハムケツって……と気が抜けた瞬間に、ぷすっと腕に針が刺された。
「〜〜〜〜!!!!」
声にならない悲鳴が、口から漏れた。
魔王さまに体を押し付けて、痛みをやり過ごす。
あああああああ、シンプルにいてぇ。
「……はい、終わりましたよ。よくがんばりましたー」
しばらく腕に違和感が続いた後、ようやく注射針が腕から抜かれた。
あ〜やっと終わった!!!
それと同時に、みんなホッと息を吐いたのがわかった。
「うっ……うぅ、痛いじゃんか、あほおおお」
結局、ぼろぼろ泣いて怒る。
「あらあら」
苦笑したティアナが、魔王さまの膝からわたしを抱き上げて、背中をとんとんしてくれたのだった。
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