針とかささないよね?
★ティアラ→ティアナに変更
★オラシオン国→オルラシオン聖王国に変更しました
「なんて……なんて幸せなの!!」
桃と木苺のガレットに、ラズベリーソースのかかったクラシックショコラ。
ブランデーに一晩つけたイチジクとアプリコットをのせた、しっとりパウンドケーキ。
色とりどりのマカロン、豊富な種類のクッキーに、たっぷりのクリームと宝石のように輝く果実が飾られた小さなカップケーキ……。
「あ〜こんなに食べきれない〜!!」
魔王城、ガラス張りの天井から柔らかな光が差し込むサンルームにて。
眼前のテーブルに展開された豪華なアフタヌーンティーのスイーツに、わたしはメロメロになっていた。
「プレセア様、ほっぺにクリームがついていますよ」
夢中になってスイーツを貪るわたしの頬を、苦笑しながら世話係のティアナが拭ってくれた。
彼女はわたしが魔界へ来てからずっとお世話をしてくれている、わたしのお母さんみたいな人だ。
わたしの世話を中心になってしてくれる人を『育て親』って言うんだって。
だから血は繋がっていないけれど、本当に親みたいな人。
「プレセア様は、本当に甘い物に目がありませんね」
「だってわたし、人間界にいた頃は甘い物制限されてたんだもん。聖女は肉や甘い物なんかの贅沢品を食べちゃ駄目だって。押さえつけられた欲望が爆発しちゃったいい例だよ、ホント」
やっぱ人間、抑圧されるとその分だけ欲望が膨れ上がるもんだよね。
大人になったときに大変なことになっちゃうから、子どものころから好きなものは制限せずに、ある程度自由にさせてやったほうがいいのかもしれない。
……なんて、五歳児の見た目をしたわたしが説教をかますのは、ちょっとおかしいのかもしれない。
だけどわたし、見た目は五歳児だけど、中身は十五歳なんだよね、これが。
小さな指についたクリームをぺろりと舐めて──本当はお行儀が悪いからしちゃ駄目だけど──わたしは過去の記憶を手繰り寄せた。
◆
わたしの名前はプレセアという。
今でこそ、魔界の魔王城でのほほんと暮らしているけれど、つい半年ほど前までは、人間界で聖女と呼ばれる特殊な地位について、死ぬほど忙しい生活を送っていた。そしてすっかり、自分のことを人間だと思っていた。
この世界は、一つじゃない。
人間族が暮らす人間界と、魔力を秘めた魔族が暮らす魔界の2つがある。
わたしはその二つの世界のうち、人間界側で十五年間聖女として育った。
聖女は人間界と魔界の間に結界を張り、魔界から溢れ出る瘴気や、魔族たちの侵攻から人間界を守るという、大切な仕事を担っている。
わたしは五歳まで孤児院で暮らしていたんだけど、神様の御告げが降ったからって、無理やり神殿につれていかれちゃったんだよね。ぜんっぜん、聖女の役目になんて興味なかったのにさ。おまけに勝手に王太子と婚約させられちゃうし。
仕方ないから一生懸命聖女として働いた。
けれどわたしは、国の上層部や、国民みんなに嫌われていた。
血統を重んじる国の中で、孤児院育ちだったというせいもあるだろう。
(今までの聖女はだいたい貴族の娘の中から選ばれていたらしい)
けれど一番の理由は、わたしが人間界では嫌われる「魔力持ち」だったからだ。
それも半端な魔力持ちじゃない。
髪や瞳の色に影響が出るほど、保有する魔力量が多かったのだ。
人間界では、魔力持ちは専用の施設に隔離されたり、ひどいときには生まれてきた事自体が謀反に値すると、適当な理由をでっちあげられて、処刑されてしまう。
わたしはマゼンダ色の瞳と、淡く輝く金色の髪を持つ、明らかに強力な魔力持ちだとわかる容姿をしていた。
孤児院にいた頃は、院長先生がかばっていてくれたから、隔離施設にいれられなかったのだ。
けれどわたしは、神様の御告げのもと、聖女となった。
魔力持ちの、歴代最悪の聖女。
わたしだって、聖女になりたかったわけじゃない。
けれど聖女としての役目を果たさないのであれば、孤児院の院長先生を処刑すると脅されて、ほとんど仕方なくその役目をおっていた。
全身の痛みと引き換えに魔力を封じるサークレットをつけられ、無理やり聖女として活動させられていたのだ。
そんなわたしが、なぜ今魔界でこんなほのぼのした暮らしをしているのかといえば。
端的に言えば、魔界の西の大陸を統べる魔王さまに助けてもらったから、なのかな。
実はわたし、人間じゃなかったらしい。
魔王様のために魔界の女神によって作られた「女神族」という存在で、ただ魔王様の伴侶となるために生まれてきた……のだという。
本当は、小さな頃から魔王さまのそばで育つはずだった。
けれど魔王様がおさめるこの西の大陸で、魔王様と対立していた勢力の者に連れ去られ、人間界で自分のことを人間だと思い込み、十五歳まで育ってしまったのだ。
わたしはそのまま、人間界で生を終えるはずだった。
けれどあるとき、異世界から「本物」の、聖女さまがやってきた。
そしてわたしはいらなくなった者として、適当な罪を押し付けられて、「刻戻りの谷」に突き落とされ、処刑されてしまった。
が、なんと。
わたし、奇跡的に生きていた上に、なぜか幼女化して、魔界の魔王さまに拾われたのだった。
これも全部魔王さまの計画だったらしいんだけど、そんな事情、こっちはまったく知らないから、魔王さまに殺されるんじゃないかって、ずっとびびりまくりだった。
なんでみんなが優しくしてくれるのかちっとも分からなかったし、その優しさも素直に受け取れなかった。
実際、魔王さまには「ペット宣言」されちゃうし。
(これもいろいろ理由があってのことだったんだけど……)
まあ、なんかいろいろあって、わたしは最終的には事の次第をすべて知った。
自分の出生の秘密。
魔王様は自分の視力と引き換えに女神さまに「運命の改変」を頼み、わたしを助け出したこと。わたしは自らの運命を変える代償として「十年間の成長」を支払い、五歳児まで戻ってしまったことなど。
魔王様は現在、視力を補うために、わたしが魔道具屋のじーちゃんといっしょに作った「式布」という、魔法の黒い帯を目元に巻いている。
この布をあてることで、魔王様の視力は以前と変わらないようになっているのだ。
けれどわたしは、いつか魔王様の目をもとに戻してあげたいと思っている。
いつになるのか、どうやって戻すのかは、まだわからないんだけど……。
えーっと、ちょっと暗い話だった?
でも安心してよ。
わたし、今はすごく幸せだからさ。
体の健康を取り戻すため、という理由で、お世話係兼見張りをいっぱいつけられているけれど、以前のように満足にごはんが食べられなかったり、痛みに全身を侵されたり、ひどい言葉をなげつけられたりもしない。
少し……いや、かなり過保護な魔王城の人たちに囲まれて、毎日おいしいものを食べたり、お昼寝したり、遊んだり。
人生の休暇、とも言える幸福な日々を過ごしている。
今は体も小さいから、魔王さまの奥さんにはなれないけど……そのうち、そうなるのかなぁ。
でも魔族は長生きだから、そういうのも後々のんびり決めていけばいいと言われた。
今はもう一度手に入れた子供時代を、めいいっぱい楽しむことに決めているのだ。
ってなわけで、わたしは今、結構幸せなんだよ。
◆
「プレセア様?」
ぼうっとしていると、うさぎの耳がひっついた、ピンク髪の侍女がわたしの顔を覗き込んできた。
「ぽーっとしちゃって、どうしたんですか?」
「あ、うん……なんでもないよ」
ぶんぶんと首を振って、目の前の日常に意識を戻す。
わたしのお世話をするのはティアナだけじゃない。
わたし専属なのは、うさぎ耳のバニリィと、あとエルフ族のユキだ。
「あのぅ、本当にいいんですか? わたしたちまで一緒にお茶しちゃって……」
バニリィはぽよぽよと眉を下げて、そう聞いてきた。
今、サンルームの大きなテーブルには、たくさんの侍女や女官たちが座して、賑やかなお茶会を行っている。
本当は、こういうことをしちゃ駄目ならしいけど、わたしのわがままで、こうしてもらっている。
一人ぼっちで食べるよりも、こうしてみんなで食べたほうが美味しいし、楽しいから。
わたしはまだ、一人で外に出ちゃいけないらしい。
なんだか知らないけど、まだ外でお友達も作っちゃ駄目なんだって。
だから毎日、退屈で仕方ないのだ。
わがままを言いまくって、今日はお茶会を開いてもらった。
そういえば、今日は珍しく、たくさんのスイーツが並んでいる。
あんまりいっぱい食べるとお腹を壊しちゃうから、いつもは駄目なのに。
今日はご褒美の日なのかもしれない。
「いいのいいの。これはわたしのわがままだからさ」
「プレセア様とお茶会だなんて……不敬罪で首と胴体がぷっつんしちゃうこととかって、ないですよね?」
「ないって」
バニリィは心配そうな顔をして、大変大変〜と言いながらもカップケーキをバクバク食べている。そういう図太いところがわたしはけっこう好き。
「バニリィ、あんまり姫様の前でバクバク食べちゃ、駄目」
あんまりバクバク食べるものだから、バニリィの隣りに座っていたユキが、注意した。ユキもわたしの専属侍女のひとりだ。エルフ族の少女で、耳が長い。銀色の長い髪がきらきら光って、すごくきれい。
「あれ、ユキいらないの? じゃあ貰いますね」
「あ"っ」
バニリィがユキのお皿にのっていたケーキを奪って食べた。
「ひどい! バニリィの欲張り!」
「いらないって言ったじゃないですか」
「言ってない!」
わたしのお世話をしていたティアナが、二人に注意した。
「ユキもバニリィも、姫の前で騒いではいけませんよ。お行儀が悪い」
「だ、だってバニリィが、姫様がくれたケーキを奪って……」
「いらないって言ったもん」
「言ってないもん!」
きゃんきゃんと喧嘩をし始める二人を見て、わたしはケラケラと笑った。
いいぞー、もっとやれー。
周りに居た侍女たちも、クスクス笑っている。
お世話係には女性が多いせいか、本当に華やかで、サンルームはキラキラしてみえた。
「もう、まったく、子どもが三人いるようだわ」
ティアナがため息を吐く。
あれ……三人って、わたしも入ってるのか?
わたし、もうじき十六歳なんだぞ!
もう大人なんだぞ!
と、ぷんすか抗議しようとすれば、ティアナはあら? と時計を見て、首を傾げた。
「もうこんな時間。そろそろですね」
「え?」
今日なんかあったっけ?
「今日はお医者様がいらっしゃるのですよ」
そういえば、そんなこと言ってたっけ。
わたしはふと首をかしげた。
「今日は何するの? また健康診断?」
めんどくさ〜。
ティアナにそう問いつつも、お腹がいっぱいになってきたせいか、なんだか眠くなってきた。
わたし、魔界のお医者さん、あんまり好きくない……。
だってさ、体に針をぶっ刺して、液体を流し込むんだよ。
信じられないよね、ホント。
「ふわぁ」
わたしは大あくびをした。
もうお部屋に帰ってお昼寝したいなぁ。
この間増えたぬいぐるみコレクションに埋もれて眠りたい。
ハムスターの親子のぬいぐるみなんだけどね、ふわふわですっごいかわいいの。
ハムイチとハムニ、ハムサンって名前をつけた。
魔王さまにはネーミングセンスないって言われたけど、けっこう気に入ってる。
「んん……」
目をこしこしとこすっていると、ティアナが立ち上がって、テキパキと準備をし始めた。
「さあ、プレセア様、お昼寝の前に、予防接種がありますからね。ちゃっちゃとすませましょうねぇ」
「ん……んん?」
なんか聞き慣れない言葉が聞こえてきたような……。
「よぼうせっしゅって何?」
「予防接種をすると、将来特定の病にかかるのをふせぐことができるんですよ」
「ええっ、す、すごいねぇ」
「そうでしょう」
ティアナはにこにこ笑った。
「人間界にはそんなのなかったよ」
「魔界では、小さな頃から接種が義務付けられているんですよ」
へえ〜、やっぱり魔界って、人間界よりもうんと文明が進歩してるんだなぁ。
「ところでそれ、針とかささないよね?」
「……」
ティアナはにこにこ笑ったまま、何も言わなかった。
ユキもバニリィも無言。
「姫様、すーぐ終わりますからね」
「ほんの数秒ですから」
「ちっとも痛くありませんからね」
ぞろぞろと侍女たちが立ち上がり、わたしの周りを囲む。
え? え……?
なんだこれ……。
「さあ、お部屋に戻って、お医者さまの診察を受けましょうね」
「え、あの」
右手をティアナに、左手をバニリィにがっしり握られ、椅子から立たされる。
この間写真で見た、氷の穴から救出されたデブいアザラシの赤ちゃんのように、部屋に連行されてしまう。
あれ、あるぇ……。
な、なんかいやな予感が……。
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