第2章 魔王の伴侶、始めました!

プロローグ 嫉妬と羨望

◆本日より更新再開させていただきます!

 またよろしくお願いいたします。

◆プレセアの属性を「魔族」から「女神族」に変更しました。








「『伴侶』様が帰還されただなんて……また偽物に決まっていますわ。一体魔族の女たちは、何度魔王陛下を傷つけたら気が済むのでしょう?」


 ティーカップをソーサーに戻す涼やかな音が、花々の咲き乱れる美しい庭園に響いた。

 

 ──魔界のとある邸宅にて。

 美しく着飾った三人のご令嬢たちが、蝶の舞う庭園でお茶会を開いている。

 いずれも魔族の格式高い家柄の姫君たちで、まだうら若い。

 年の頃は十五、六といったところだろうか。


 少女から女性への過渡期といったところで、蜜が零れそうなほど甘くてみずみずしい容姿をしているわりに、三人とも物憂げな顔をしている。


「大体、伴侶様が帰還されたという割に、わたくしたちの『本能』は何も感じませんの。魔王陛下の『威光』は離れていても感じますのに」


「そうね。今までのニセモノ騒動の時とまったく一緒ね。いくら『魔王の花嫁』に憧れているからといっても、そのように嘘をつくのは、重犯罪であることが分からないのかしら」


「まあ、それほど皆『魔王の伴侶』に憧れるということですわ。けれどそうですわね、魔王陛下を欺いてその寵愛を受けようだなんて……」


 レースのあしらわれた扇で口元を隠していた少女が、ぱしりと扇を閉じた。



「愚か者もいいところですこと」



 ──魔王の花嫁。


 それは、魔界に住む魔族の女たちの頂点に立つもの。

 いつの時代の少女たちも、その座に憧れ、夢想し、そして本気で魔王に恋をする。

 

 魔王は女神の血を受け継いだ、女神の眷属だ。

 魔族ではなく、魔王族と呼ばれている。


 そして魔族たちは、女神に従うという本能から、女神の血を継いだ魔王を地上の神として崇拝し、己のすべてをかけて魔王のために行動する。

 女王蜂のために働く、働き蜂のようなものだ。

 だから魔族たちは魔王が大好きだし、ときにはその存在に、本気で恋い焦がれてしまうこともある。


 けれど、魔王の花嫁になり、次代の魔王を生み出せるのはたった一人。

 女神が直々に生み出した「魔王の伴侶」である「女神族」の少女のみだ。


 遥か長い時間、魔王として大陸を治め続けなければならない魔王のために、女神が生み出した運命の存在。

 (後継争いが起きぬように、その存在は現れたとも言い伝えられている)


 とにかく、どんなに魔王に恋い焦がれたとしても、女神族でなければ魔王の伴侶になることはできない。

 魔王の伴侶とは、この世でもっとも特別で、貴重な存在なのだ。


「それだというのに、嘘をつくなんて無理がありますわ」


「そうね。けれど今度のニセモノ様は、ずいぶんと長いこと、魔王さまを誑かしているわね?」


「どうせ、また嘘がバレて罰を受けるに決まっていますの」


 少女たちは、不快そうな顔をした。

 

 ここ、西の大陸では、魔王の伴侶が十五年もの間、行方不明となっていた。

 女神の御告げが降ったのにもかかわらず、十五年もその存在は姿を見せなかったのだ。

 そしてそれをいいことに、「自分こそが魔王の伴侶だ」と魔王に嘘をつく者が何名も現れた。

 魔王はそれが自らの伴侶でないことが、本能でわかる。

 だから今まで、何名もの女たちが犯罪者として罰を受けていた。


 魔王はどの年代に生まれたとしても存在しているが、伴侶は違う。

 新たな魔王が即位し、魔王の伴侶が誕生するまでには、タイムラグがある。

 そのタイムラグの間に生まれた若い魔族たちは、「魔王の伴侶」がどれほど尊いものであるのかが、まだはっきりと分かっていないのだ。




 ──嫉妬と羨望。




 それが今代の魔王の伴侶……プレセアに向けられている、一部の若い魔族からの感情なのだった。

 プレセアはどうやらまだ、『魔王の伴侶』として認められていないらしい。


 ご令嬢の一人が、怒りを込めて呟いた。


「そんなひどい嘘をつくなんて……陛下がどれほどの苦労を強いられて生きてきたのかも分からないのだわ」


「きっとなんの苦労もせずに幸せに生きてきた人なのでしょうね。そのような浅はかなことを考えるのは」


 こくん、と同調するかのように、他のご令嬢が頷く。


「まったく、陛下がどれほど苦悩されているのも分からないなんて。そんな愚か者に、魔王の伴侶など、務まるはずがありません」


 三人のご令嬢は目を合わせた。


「どうします? お母様とお父様たちは、すっかり信じ切っていますのよ。魔王様の伴侶がついに戻ってきたって」


「わたくしのところも一緒……」


「私もなの」


 少女たちと違い、長く生きてきた魔族たちは、その存在を認めているようだった。

 

「……実は、近い内に、うちの領地に陛下がいらっしゃるの。絶好の機会かもしれませんわ。わたくし、そこで何か行動できるのではないかと思いますの」


「あら偶然、わたくしもよ」


「私は王都に居住を構えていますから、チャンスはなくないですわね」


 それに、と少女の一人が言った。


「まだ告知はされていませんけれど……伴侶様の『お披露目会』が行われるのも、そう遠くない未来だもの。最悪、そこでどうにかなるような気もします」


 少女たちは、見当違いな正義に燃えていた。


「わたくし、直訴……いいえ、『伴侶サマ』ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんわね。そこで確かめて見ようと思いますの」


 チョコレート色の髪をした、犬族の令嬢が意地悪く笑った。


「神獣を管理する我がブランシェット家にもしもお越しになられたら、このわたくし、ココ・ブランシェットが嘘つきを懲らしめて差し上げます!」



 魔族たちの嫉妬と羨望。

 伴侶のお披露目会。


 プレセアの預かり知らぬところで、様々な思惑が動き始めていた。


 一方、プレセアはといえば──。

 





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