番外編 うさみみびたーん

★プレセアが人間界に単身で乗り込む前くらいのお話です。









「プレセアさま、これ見てくださいっ!」


 おやつの時間。

 たっぷりのメープルシロップがかかったホットケーキと、あったかいミルクティーを楽しんでいると、バニリィが何やら綺麗な包みを持って、部屋に入ってきた。


「それなに?」


 ティアナとユキも首をかしげる。


「今、街で流行している『マシュマロパジャマ』ですよっ!」


 ましゅまろぱじゃま?


「お菓子なの?」


「違いますよぅ」


 それ知ってる! と部屋にいた他の侍女たちが叫んだ。


「今王都で大流行してるやつですよ!」


「そうそう。プレセアさまに似合うと思って、ずっーっと予約して待ってたんです!」


 バニリィは意気揚々と包みをあけると、じゃーん! と中に入っていたものをわたしたちに掲げてみせた。


「マシュマロパジャマうさちゃんバージョン!」


 彼女が持ってきたのは、すんごくモコモコした素材の、かわいい部屋着のようなものだった。

 ふわふわのパーカーとショートパンツ。

 パーカーには、うさぎの耳がひっついている。


「へえ、すごいね。人間界じゃこんな素材、見たことないや」


 触らしてもらうと、なるほど。

 マシュマロみたいに、ふわっふわ。


「かわいいですね。今、若い娘の間では、こういうのが流行ってるんですね〜」


 ティアナが感心したように言う。

 目を離していると、すぐに流行から取り残されちゃうわ、とティアナはぼやいていた。


 ……ティアナって、いったい何歳なんだろ。

 魔族と人間じゃずいぶんと寿命や、年齢に対する見た目が違うから、もしかしたらかなり年上なのかもしれない。


「プレセアさま、さっそくこれに着替えてみてください!」


「うん、ありがと」


 さっそくふわふわのパジャマに袖を通す。

 よく見ると、ショートパンツには、うさぎのしっぽもついていた。

 凝ってるなぁ。


「きゃー! かわいいー!」


 バニリィとティアナがぱちぱちと拍手した。


「プレセアさま、かわいい……」


 ユキも珍しく手を叩いている。


「ほら、バニリィとおそろいだよ」


 耳を手で持って、伸ばしてみせる。

 おお、ここもふわふわだ。


「ぷ、プレセアさま」


「なに?」


「ぎゅーってしてもいいですか?」


 バニリィがキラキラした目で聞いてくる。


「どうぞ」


「うひゃ〜」


 バニリィはわたしをむぎゅう、と抱っこした。


「か、かわいいー! 小さい!」


 そりゃ体は五才だもんね。


「ずるーい!」


 他の侍女たちが、わたしを取り合おうと押し合いへし合いしている。

 ほれほれ、わたしのために争わないで!

 なんてのんきなことを考えていると、ティアナが微笑んで言った。


「こんなにかわいいプレセアさまを見たら、陛下も喜ばれるのでは?」


「魔王さまが?」


「はい」


 魔王さま、これ見たら、なんて言うかな……。


 もしかしたら、かわいいって言って、撫でてくれるかも!


「……うん。魔王さま、これでお出迎えしてあげるわ!」


 名案だというように、わたしは顔を輝かせた。


 ◆


 その日の夜。

 もう少しで魔王様が帰ってくるからと、わたしは魔王さまの部屋で待つことになった。


 わっはっは。

 こんのかわいいわたしが、お出迎えしてあげようじゃない。

 びっくりさせてやるわ!

 と息巻いていたわたしだったけど。


「もお〜、こないじゃん〜!」


 わたしはベッドでゴロゴロと駄々をこねていた。

 魔王さま、いつまで立っても、帰ってこないのだ。


「魔王さまのあほあほあほあほ〜!」


 ばしばしベッドを叩く。


「なかなか帰ってこられませんね」


 ティアナも眉を寄せる。

 

「プレセアさま、お部屋でそろそろお休みになられますか?」


「んー……まだ起きてるからいい」


 こうなったら、意地でも待ってやる!

 とベッドにしがみつく。

 こうなったら頑固だとティアナも分かっているのか、無理にわたしをベッドから引き離すようなことはしなかった。


「それじゃあプレセアさま、私は少しだけ用事あるので、ここで待っていてくださいね」


「うん」


 まだ仕事が残っているのか、ティアナは一礼して、部屋を出ていく。

 わたしはぷんすかとベッドでゴロゴロしていたけれど、そのうち眠気が本格的になってしまった。


「魔王さま……」


 シーツにしがみついて、ぽつりと彼の名を呼ぶ。

 

 魔王さまに会いたくて拗ねるなんて、ここへ来たばかりの頃じゃ、考えられなかった。

 けれど、ふとした瞬間に魔王さまのことを考えてしまう。

 一緒にいると、楽しい。

 すごくホッとする。

 だから、一緒にいたいな……なんて。


「ん……」


 シーツにしがみついたまま、わたしはいつの間にか眠ってしまっていた。


 ◆


 ティアナが魔王の寝室に戻ってくると、ベッドのそばに魔王が立っていた。


「まあ、陛下。お帰りなさいませ」


「……ああ」


 魔王はティアナを見ない。

 一心になにかを見つめている。


(あれ……そういえばプレセアさまは……)


 ティアナがベッドの方を見ると。


 ちんまりとしたピンク色のもこもこした何かが、ベッドの上で丸まっている。

 シーツにしがみついて、眠っているらしい。

 パーカーについたウサギの耳が、びたーんとシーツの上に伸びていた。


「あら」


 プレセアはどうやら、眠気に負けて眠ってしまったらしい。

 それにしてもすごい眠り方だ。

 座ったまま、体がだんだんと倒れてきて、ああなってしまったのだろう。


「……かわいい」


 魔王がぼそっとつぶやく。


「陛下を待ちくたびれてしまったんですよ」


 ティアナは苦笑した。


「そうなのか。なんだ、この服は」


「今王都ではやっているんですって。バニリィが買ってきたんです」


 魔王はそろりとプレセアに手を伸ばす。

 もふ、とパジャマに指が埋もれた。


「ん……」


 びく、とふるえるうさぎ。


「プレセア……」


 ちんまりしたその生き物を、魔王はゆっくりとその腕に抱いた。


「んん……」


 腕に抱いたプレセアを見つめていると、桃色のふくふくしたほっぺを魔王にすりつけてくる。本当に小さな動物みたいだ。

 魔王は我慢できなくなって、プレセアの頬をつついた。

 ずっと療養させていたおかげか、プレセアはずいぶんと健康的になっていた。


「んー……」


 ふにふにされたいたプレセアだったが、突然キレた。


「もー! やだっ!」


 魔王はびく、とふるえた。

 起きているのかと思ったのだ。

 しかしプレセアは、どうやら寝ぼけているようだった。


「まおーさまのあほぉ」


 寝ているところを邪魔されて、ぐずりはじめる。


「プレセアさまは、眠いと機嫌が悪くなってしまわれるので……」


 ティアナが苦笑して、魔王からプレセアを受け取った。

 よしよしとあやせば、次第に夜泣きは収まっていく。


「寝かせておけ」


 ティアナはうなずくと、ゆっくりとプレセアをベッドに横たえた。

 そっと毛布をかければ、ごそごそと身じろぎして、シーツにしがみつく。プレセアはくうくうとすっかり寝入ってしまった。


「あらあら」


 ティアナも慣れたものだ。


「我が物顔で寝てるな……」


 シーツにしがみついて眠るプレセアを見て、魔王はつぶやいた。


「本当に小動物みたいだ……」


「幼子ですからね」


 まんまるになって眠るのは、何かに警戒しているからなのだろう。

 無意識なのだろうが、今だに心の緊張が解れないのであろうプレセアを見て、ティアナは少し切なそうな顔をした。


「プレセアさま……」


 プレセアの頭を撫でる。


「ん……」


 プレセアは深い眠りに落ちてしまったのか、反応は鈍い。


「このまま、ここで寝かせても?」


「ああ、好きにさせておけ」


 大陸を統べる魔王のベッドを我が物顔で占領する少女。

 けれど魔王は、けしてそんな少女を怒ったりしなかった。


「悪かったな……」


 ベッドに腰をかけて、プレセアの頬を撫でる。

 ティアナは少し驚いた。


 そんなふうに、優しくて、愛おしそうな目をする魔王の姿は、初めて見たから。


「ゆっくり眠るといい」


 そんなティアナの心境も知らぬまま、魔王はプレセアを見つめて、微笑んでいた。









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