殿下には話が通じないようです
「こんな小さな子どもに、大層な拘束具だな……」
牢屋の中で、ため息を吐く。
わたしの小さな手首、そして足首には、やたらとゴツい白金色の枷が嵌められていた。枷にはそれぞれ鎖がついていて、地面につながれている。
枷が重いせいもあって、体がうまく動かなせなかった。
「しかも、また魔力封じ系か……」
枷から魔力を全部吸われているような気がした。
力が抜けて、なんだか眠くなってくる。
けれどサークレットにはとても及ばない。
あれ、やっぱとんでもないものだったんだね。
一体誰が作ったんだよ、あんなサークレット……。
それにしてもあいつら、こんなもの用意してたなんて……。
わたしは考えるのもだるくなって、壁に背をもたせかけて、目をつぶった。
ここに来るまでのことを思い出す。
魔界のお城を飛び出したあと。
わたしは白の渓谷へ向かって、飛び続けた。
渓谷は近い場所にあったので、地図を頼りにすぐに行くことができた。
そしてこの人間界に戻ってきたのだ。
わざわざ私の方から、王宮へ出向いた。
そこで自分がプレセアだと名乗ると驚かれたけれど、神官たちはわたしの幼い頃をよく知っていたので、すんなりと受け入れられた。
そしてこの枷で拘束されてしまったというわけ。
「案外話を聞いてくれるもんなんだな……」
ここの人たちはみんな馬鹿ってわけじゃない。
わたしのことを嫌いな人は多いけれど。
わたしに今まで何があったのか、どこにいたのかを、神官たちは聞いてくれた(話せって言われたから話したんだけどさ)。
信じたかは知れないけど、一応わたし側の意見はわかりやすく伝えたつもり。
わたしが魔界で考えたこと。手に入れた情報。
そこから導かれる、「聖女」についての考察。
つまりは──。
「小さくなったとは何事だ?」
牢屋の外から、懐かしい声が聞こえてきた。
ガシャガシャと騒がしい音が近づいてくる。
暗かった牢屋に、光がさした。
牢屋の前に、美しい青年が立つ。
彼はわたしを目に入れると、これでもかといほど目を見開いた。
「お前……!」
「……お久しぶりです、殿下」
殿下はわたしを見て、驚いたような、訝しげな顔をした。
「本当にプレセアなのか……?」
「わたしですが、なにか」
あんまり生意気な返事をしたからだろう。
殿下は顔をしかめて、牢屋の向こうから話しかけてきた。
「なぜだ。なぜそのような姿になった? それが、魔物の力か」
一応、わたしだということは信じてくれているらしい。
まあ、小さい頃からの付き合いだから、彼も覚えているのだろう。
「分かりません。あの谷に落ちたら、こうなりました」
「刻戻りとは、本当だったのか……」
唖然としたような顔で、殿下がつぶやく。
「貴方は側室として娶ろうかと考えていたが……それ以前の問題だったな」
側室?
なんだ、なんの話だ。
わたしがきょとんとしていると、殿下はあざ笑うように言った。
「ひまりを王妃に、貴女は側室として、娶ってやるつもりだったんだ。どこにいたか知らないが、外ではさぞ辛い暮らしをしただろう?」
な、なにいってんの?
わたし、今までで一番幸せってくらい、いい暮らしをしてたよ……。
「……殿下。わたしは外での暮らしは、辛くなどありませんでした」
「強がらなくていい。ひまりを傷つけた罪を許すことはできないが、ここで償わせてやることはできる」
「……」
「むしろその姿のほうが、扱い易くなって良いな」
殿下は牢屋の向こうから、わたしをじいっと見て言った。
なんだか寒気がして、わたしはぶるる、と身を震わせる。
「……わたしは、殿下にお話があって、戻ってまいりました。あなたの妻になる気はありません。聖女の任を背負う気も」
「話? お前とする話など、ない」
「わたしの代わりに、他の聖女をいくらでも探せると言っても?」
「……?」
殿下は首を傾げた。
「わたしは、殿下に処刑されたあと、あの谷底で『魔王』という存在に拾われました」
「魔王……だと?」
「はい。あの谷は『結節点』と呼ばれる場所で、本当に魔界に通じていたんです」
殿下はおかしなものを見るような目で私を見た。
まあ、そりゃあそうだろう。
突然こいつは何を言い出すのだと思ったに違いない。
「ようやく戻ってきたと思ったら、血迷いごとを……」
やっぱり信じてくれない。
まあ別に信じてもらう気もないから、いいんだけどさ。
「わたしはそこで、魔界における聖力の扱いについて、知りました」
わたしがそう告げても、殿下はなんの反応もなかった。
それだけでなく、わずかに憐れむような表情で、私を見る。
「……貴女は少し、おかしくなってしまったようだ」
「……」
「もしそれが本当だったとしたら、貴女は反逆罪で、やはり拘束されるべきだった、というだけの話に落ち着くな」
「……この話は、あなたたちにとっても、旨味がある。なにもわたしを使わなくても、他の『魔力持ち』の中から聖女の素質があるものを探せばいいだけの話だから」
「ふん、なにを言っているのかさっぱりだな……」
殿下はやっぱり、わたしの話を聞いてくれなかった。
「……いいです、わたしは最初から、長期戦で挑むつもりでしたから」
わたしは決めたんだ。
どんなに時間がかかっても、決着をつけるって。
それがわたしに良くしてくれた人たちに対する、誠意だと思うから。
「お前が何を知っていようが関係ない。いいのか? あの孤児院の院長のことは」
「……先生は、無事なんですよね?」
「お前が抵抗しない限りはな」
わたしはギリ、と唇をかんだ。
魔王さまのところにいても、人間界に帰りたいと思っていた理由。
それは先生に会いたかったから。
わたしを育ててくれた先生にあって、その無事を確認したかったからだ。
「本来なら、貴女の裏切りによって、あの男も処刑してもよかった。それを私の温情で助けたのだ。感謝するといい」
……わたし、今ならわかるよ。
あんた、ほんとにさいてーだ。
クズ野郎だと思う。間違いなく。
「明日からさっそく、ひまりを手伝ってもらう。それまでここでよく反省しておくことだな」
殿下はそれだけ言うと、牢番を連れて、去ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます