さようなら


 その夜。

 わたしは胸の痛みをごまかして、今日は早く寝ると言って、部屋に戻ってきた。

 ティアラはやはり体調がすぐれないらしく、部屋に戻ってはこなかった。


「おやすみなさいませ、プレセアさま」


「うん、おやすみ」


 にこっと笑って、わたしのそばにいてくれたユキとバニリィにおやすみの挨拶をする。

 二人ともしばらく部屋で雑務をこなしてから、静かに部屋を出て行った。


 わたしは寝たふりをやめて、ベッドから起き上がった。

 

「最後に、魔王さまとティアラに、会いたかったな……」


 ぽつりとそう呟くと、震えそうになる体に叱咤して、ベッドから降りる。

 目をつぶって、わたしは深呼吸した。


 ──決着をつけに行こう。


 そう思ったのは、図書室で殿下のあの声を聞いた後、すぐだった。

 わたしは……このままここにいる資格はない気がする。

 みんな、たくさんのものをわたしにくれた。

 けれどわたしは何も返せていない上に、たくさんの嘘をついてしまった。


 これ以上、ここのみんなに、そして孤児院のみんなにも、迷惑をかけるわけにはいかない。


 だから、全部片付けたら、ちゃんと魔王さまに打ち明けて、謝るんだ。

 そうしたら嫌われちゃうかもしれないけど……。

 ううん、将来のことは、そのとき考えればいい。


 だってみんなに嫌われるという将来の不安よりも、ここにいたいと願う気持ちの方が、強いから。


 わたしはここにいたいんだ。


 枕元にあったたくさんのぬいぐるみの中から、いつものウサちゃんを選んで、毛布の中にぽんと放った。うさちゃんのそばに、手紙も添えておく。

 うさちゃんともここでお別れだ。


「わたしの代わり、よろしくね」


 うさちゃんのルビーの瞳が、キラリと光ったような気がした。


「三度目の正直ってやつ?」


 わたしは窓に足をかけて、部屋を振り返った。

 ティアラが体調不良でよかったのかもしれない。

 毎夜毎夜、わたしのそばにいて、疲れてしまったのだろう。


「ごめんね、みんな」


 早く、いかなきゃ。


「これ、買ってもらってよかった」


 耳のイヤリングを外して、杖の形に戻す。

 マゼンダ色の石は、艶やかに夜の闇の中で光った。


「行こう」


 目をつぶって、ここに残りたい気持ちをかき消すと、わたしは夜闇の中へ飛びたった。


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