魔王さまのそばにいたい
「ティアラ、大丈夫かなぁ」
ほっぺを両手で包みながら、ため息を吐く。
「さっき自分の部屋に戻っていくところを見ましたから、大丈夫だと思いますよ」
目の前で資料を検索していたデリアがそう言った。
「そうなの?」
「そうです。あ、見つかりました」
そう言って、デリアはペンでサラサラとメモ帳に資料番号と書架番号をメモし始めた。
ティアラが部屋に帰っちゃったあと。
追いかけようとしても捕まえられて追いかけられなかったから、仕方なく魔王さまに白の渓谷のことを詳しく聞くことにした。
けれど白の渓谷のことを魔王さまに聞いたら、自分で調べろと言われてしまったのだ。
なんなのさ、離さなかったり、突き放したりさ。
もちろん一人でじゃなくて、またデリアにわたしは預けられてしまったのだった。
「ねえデリア、白魔力って知ってる?」
作業をするデリアに、わたしは尋ねる。
「ええ。それが何か」
「魔力って二種類あるんでしょ? 白魔力って、そんなに珍しいの?」
デリアが顔を上げてわたしの目を見た。
「そうですね。白魔力はこの大陸でもかなり貴重な部類になります」
「なんで?」
「黒魔力の量というのは遺伝性ですが、白魔力はそうではないのです」
そう言って、デリアは白魔力のことを教えてくれた。
白魔力を持つ人は滅多にいないこと、もっていても微力すぎてあまり役に立たないことが多いこと。魔王さまでさえ、白魔力は持っていないこと。白魔力がある人は、たいてい医療従事者になることなど。
とにかく白魔力の持ち主は貴重なのだそうだ。
「昔は魔道具を使って白魔力を増やそうとした試みもあったのですが、それも失敗に終わってしまいました」
「へ〜。あ、じゃあさ、白魔力って結界も張れたりする?」
「結界? どの結界のことを言っていらっしゃるのかは分かりませんが……空間遮断術も白魔力で行える魔法の一種ですね。ただそちらに関しては、似たようなものを黒魔力でも展開することができますよ」
ただし技術がいりますけど、とデリアは言う。
「白魔力、か……」
あんまり考えたくない。
それが聖力とどう違うのか、なんて。
「さあ、行きましょう。白の渓谷のことが知りたいんですよね?」
「うん」
デリアが立ち上がって、わたしの先を歩き出す。
わたしもそのあとをパタパタとついていった。
「デリア、抱っこ」
「自分で歩いてください」
ケチー。
◆
「読み終わったら、声をかけてくださいね」
そう言って、何冊かの本を置いて、デリアはカウンターへ戻っていく。
わたしはよいしょと椅子に腰をかけて、でっかい本に手を伸ばした。
手がちっちゃいせいか、革張りの本がめちゃくちゃでかく感じてしまう。
白の渓谷に関する資料はすぐに見つかった。
人間界と繋がる七箇所の場所についての資料は、豊富にあるらしい。
それ以外にも、せっかくなので以前デリアに調べてもらった本や、魔界に関する本なども一緒に借りてきた。これでちゃんと勉強してみようじゃないか。
「えーっと、なになに……」
ざらっと目を通す。
そんなに大したことは書かれていないだろうと思ったけれど、内容を少しずつ頭に入れていくうちに、わたしの心臓は早鐘のように強く脈打つようになった。
◆
白の渓谷。
本来の名をエルガルダ渓谷と言う。
古より人間界と繋がる結節点の一つとされ、魔界と人間界に友好関係があったころ、『エルガルダの塔』と呼ばれる、遥か空まで続く塔が建設されていた。
※ただし第四次白ノ血族殲滅戦の際に、激しい戦闘により、また白ノ血族の人間界への逃亡を防ぐために、第六代魔王によって破壊された。そのため、現在人間界へ渡る際はなんらかの手段によって空を飛ばなければいけない。
◆
「へえ、そうなんだ」
わたしは本を読みながら、地図でその場所を確認してみた。
「あれ、意外に近いじゃん……」
指でなぞりながら、ここからどの程度離れているのかを確認する。
「ほーう。わたし、こっからだったら人間界に戻れるんじゃないの」
頬づえをついて、ペラペラとページをめくる。
人間界への帰り方を見つけてしまった。
オラシオン国の処刑場と、エルガルダ渓谷は繋がっていた。わたしはそこからどうやら落ちてきたらしい。
「あれ……」
ふと気づく。
魔王さま、なんでそんなところにいたんだろう……?
わたしが落ちてくるときに、エルガルダ渓谷にいたってことだよね……?
偶然にしては、出来すぎている気がする。
「……あとで聞いてみよ」
それにしてもわたし、いつの間にかほだされちゃって。
なーんか、人間界に戻る方法を見つけても、ぴんと来ないというか。
「……ここに、いたいのかなぁ」
本の上で指をいじいじしながら、眉を寄せた。
「魔王さまの、そばに……」
魔王さまや、ティアラたちが、わたしにしてくれたたくさんのことを思い出す。
人間界にいたときよりもずっと幸せだった。
わたしはたくさん嘘をついてしまって、もしかしたらこれはいけない幸福なのかもしれない。
でも、どうか、ずっとこの時間が続いてほしい。
そう思ってしまう。
「魔王さまのそばに、いたい」
ぽつりと本心がこぼれ落ちた。
「わたし……」
でも、そのためには。
わたしのついた嘘を、告白しなきゃいけない気がする。
そうじゃないと、わたしにたくさんのものを与えてくれたみんなに、不誠実だと思うから。
「……」
本をぱたりと閉じる。
もう必要ないと思ったから。
デリアに返そう。
そう思って、椅子から降りたとき。
「……いたッ」
胸に鋭い痛みが走った。
冷や汗が額に浮かぶ。
心臓を握りつぶされているみたいだ。
「……っ」
まさか。
思わず服の胸元を引っ張って、肌を確認する。
ちょうど心臓の上あたりの皮膚に、花を模した痣が浮かんでいた。
──聖痕だ。
「な、なんで……っ」
聖痕は、わたしが聖女だという証だった。
けれどこの痣は、年齢が増すごとに、少しずつ薄くなっていった。
それがどうして、いま。
「もしかして、聖力を使ったから……?」
心臓が早鐘を打つ。
「……う」
あまりの痛みに、わたしは床にうずくまってしまった。
──プレセア、戻ってこい。
「っ!」
突然、頭の中に響く声。
「な、なんで……」
エルダー殿下の声だ。
幻聴かと思ったけれど、それにしてははっきりしすぎている。
呆然とすると同時に、胸がズキズキと痛んだ。
──お前が生きていることは分かっているのだ。
「い、いや……わたしは帰らない!」
恐怖に心が支配される。
なぜ今になって、わたしを探すというの。
「もうヒマリがいるじゃない……わたしのことは、放っておいて」
──放っておく? 危険因子である貴女を?
「わ、わたしはもう、決してオラシオン国に関わったりしない……!」
──どうだかな。
殿下がくく、と笑う声がした。
──いいのか?
「な、何が……」
──お前が大事にしていた孤児院や、その院長がどうなっても。
「!」
まただ。
また、わたしは。
わたしに関係のない人たちを、危険にさらしてしまっている。
処刑されたら、わたしなんかもう用無しだろうって思ってたのに。
あの人たちも、解放されたんだって、思ってたのに。
「殿下……」
──帰ってこい、プレセア。さもなくば……分かるな?
「……っぐ」
くやしくて、胸の痛みもひどくて、思わず唇を噛んでしまう。
──お前にまた会えるのを楽しみにしている。
そう言ったきり、ふつりと殿下の声は途絶えてしまった。
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