お庭でティータイム


 わたしの破壊してしまった庭園が、復旧した。

 もちろん、綺麗ないろのお花も、ちゃんと植えられている。


「本当にプレセアさまの瞳のいろみたいですね」


 お茶の準備をしながら、ティアラが微笑んだ。

 わたしと魔王さまは庭を見ながらお茶でもしようと、四阿に向かいあって座っている。

 わたしはなんだか落ち着かない。

 自分の目のいろのお花に囲まれるなんて。


「華やかで素敵ですね」


「素晴らしいです〜」


 そばにいたユキとバニリィが、花を見てそう言った。


「ほんと? ほんとにそう思う?」


 思わずそう聞き返せば、ええ、と二人は頷いた。


「プレセアさまの瞳のいろも、とっても素敵ですよ。こんなに澄んだマゼンダいろの瞳、他に見たことがありません」


「御髪や瞳の輝きは、きっと魔力が強いからなのでしょうね」


 今日も二つに結い上げてクルクルにしてもらった髪を見て、ユキがそう呟いた。


「魔力が強かったら、やっぱり髪や目のいろが変になるの?」


 それにはティアラが答える。


「確かに、強ければ強いほど、普通に持って生まれるいろとは異なりますね。けれどプレセアさま、変、ではありませんよ。お美しいではありませんか」


「……」


 ほんとかなぁと俯いていると、足を組んで外を見ていた魔王さまが、こちらを向いた。


「プレセア」


「……なに?」


「お前、俺が用意させた花に不満があるのか」


 えっ、ち、ちがうよ。

 わたしは慌ててぶんぶんと首を横に振った。


「べ、別にそんなんじゃないよ」


「じゃあなんだ?」


「ただ……これでよかったのかなぁって」


 もじもじと指をいじる。


「みんなに嫌われちゃったら、どうしよう……?」


 こんないろのお花いやって、言われたら。

 悲しいな……。


 俯いていると、魔王さまがため息を吐いた。

 立ち上がると、わたしを抱き上げて、庭を見る。

 魔王さまにだき上げられて視点の高くなったわたしは、あちこちで働く庭師さんを発見した。


「見ろ。どこにそんなことを言う奴がいる?」


「……」


「庭師が丹精込めて世話をしている花園だ。悪く言うもんじゃない」


「……そうだね」


 わたしが頷くと、魔王さまは呆れたように言った。


「俺が与えたモノに文句を言える女は、お前だけだ」


「……文句じゃないもん」


「文句だ、馬鹿者」


「バカじゃないもん〜!」


 ぱしぱしと魔王さまを叩くと、こら、と言われた。


「たとえ他の誰かがあの色を好まずとも、俺は好きだ」


「!」


「それだけでいいだろ」


 そう言って、魔王さまはちゅ、とわたしのほっぺたにキスをした。

 駄々を捏ねる子供を諌めるみたいに。


「ま、魔王さまのロリコン」


「言ってろ」


 も〜、なんか調子狂っちゃうよ。


 ◆


 お花を見つつ、お茶とケーキを楽しむ。

 香りを楽しむものよりも、わたしはただひたすら甘いものがよかったので、ミルクをたっぷり入れたミルクティーにしてもらう。

 ご機嫌にそれを飲んでいると、魔王さまがふと呟いた。


「ここへ来たばかりの頃より、だいぶ顔色がよくなったな」


「そう?」


「ああ。ほっぺたもふっくらしてきた」


 そう言って、むにむにとほっぺを突かれる。

 ついでにケーキの食べかすを指で拭われた。


「お前が谷底へ落ちてきたときは、ガリガリで心配だった。この間まで熱も下がらなかったしな」


 魔王さまにそう言われ、わたしはふと気づく。


「ねえ魔王さま。魔王さまはどこでわたしを拾ったの?」


 ケーキをパクパク食べながらそう聞くと、魔王さまは少しの間だけ沈黙した。

 紅茶を一口飲んで、どうしたものか、と逡巡したのち、ようやく口を開く。


「この魔界には、人間界と繋がる場所がいくつかある。西の大陸だけでも七箇所だ」


 へえ、七箇所もあったんだ。

 そのうちの一つがオラシオン国と通じてだってわけね。


「人間界でも魔界に通じる場所があるって言われてたよ。まあ、伝説みたいな感じだったけど」


 わたしだって『刻戻りの谷』のことはあまり信じていなかった。

 けれど実際、わたしはあの谷に落ちて、この魔界へやってきたのだ。


「お前を拾ったのは、そのうちの一つ。『白の渓谷』と呼ばれる場所だ」


 白の渓谷?


「へえ、そこってどんな場所なの?」


 魔王さまが口を開きかけたとき。

 ガシャン! と何かが割れる音がした。

 びっくりして音が鳴った方を見れば、ティアラがティーポッドを床に落としてしまったところだった。

 止めようとしていたのか、中の熱い紅茶がティアラの腕に溢れていた。


「も、申し訳ございません……!」


「大丈夫!?」


 慌てて椅子から飛び降りる。


「すぐ冷やすものを」


 魔王さまが立ち上がったけれど、ティアラは首を横に振った。


「わたしは大丈夫です。どうかお気になさらずに……」


「なに言ってるのさ! これ火傷しちゃってるよ!」


 事実、ティアラの頬には冷や汗が浮かんでいる。


「大丈夫、ちょっとだけ我慢していて」


 それはとっさの判断だった。

 わたしは口の中で小さく祝詞を呟きながら、ティアラの腕に手をかざす。

 すると、ぽう、と見慣れた金色の光が指先からこぼれ落ちた。


「プレセアさま……!」


 ティアラが息を飲む気配がする。


「これ、は……」


「はい終わり!」


 手をかざし終えると、ティアラの赤くなっていた腕は、すっかり元の色合いに戻っていた。


「痛くないでしょ?」


「は、はい」


 ティアラは、これは一体……と呟く。

 そこで初めて、わたしは気づいた。


 みんなの前で『聖女の力』を使ってしまったということに。


「プレセアさま、あの、この力は……?」


「あ……」


 冷や汗がぶわっと浮かんできた。

 思わず顔をあげて周りを見れば、みんなポカンとした顔をしていた。

 魔王さまだけが、ただ落ち着いて、興味深げにわたしを見ている。


 ──どうしよう?


 わたし、とうとう、やらかしちゃったんじゃ……。


「プレセアさま、すごいです! 白魔力まであったんですねぇ!」


 緊張感のある空気を壊したのは、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶバニリィだった。


「し、白魔力?」


「そうですよぅ。傷を治したりすることなんて、普通の魔力しか持っていない魔族にはできません! 特別な魔力の持ち主でないと」


 ユキが補足する。


「魔力というのは、黒魔力と白魔力に分かれています。プレセアさまはとても貴重な、白魔力の持ち主でもあったのですね」


 お、おかしいな。

 わたしは聖女の力を使ってしまったのに。


 でもまあ、なんかよくわからんが、助かったぽいのでいいか。


 魔王さまは何も言わなかった。

 目を伏せて、再び紅茶を口にしている。

 そしてちら、とティアラに視線をやり、言った。


「ティアラ」


「はい」


「お前はもういいから、下がって休憩していろ」


「……私は」


 珍しくオロオロするティアラに、わたしはしがみついた。


「ティアラ、もしかして……寝不足なの?」


「え?」


「わたしが、毎日、あんなだから?」


 最近気づいた。

 どうやらわたしは、毎晩悪夢でうなされて、何度も目が覚めているらしいということに。ティアラは毎夜わたしに付き添って、あやしていてくれている……気がするのだ。


「毎日、ティアラ、夜遅くまで起きてるから……」


「違いますよ」


 泣きそうになるわたしを、ティアラはかがんで、頭を撫でてくれた。


「ちょっとふらついてしまっただけです。腕を治していただき、ありがとうございました」


 そう言って笑ってみせる。


「お言葉に甘えて、少し休憩させていただきますね」


「わたしも一緒に行く!」


「馬鹿。お前が行ったら逆に迷惑だ」


 魔王さまに首根っこをつかまれて、抱き上げられる。


「ユキ、ティアラを部屋へ」


「かしこまりました」


「こいつは俺が面倒を見ておくから」


「いいってば〜!」


「だめだ」


 魔王さまに捕まって、ティアラの後を追いかけることができない。

 わたしは去っていくティアラの背中を、見送ることしかできないのだった。


 ◆


「見つけた……!」


 人間界、オラシオン国・神殿。

 そこでは、神官たちが喜んで、水の張られた器を覗いていた。

 大神官はすぐさま指示を出す。


「殿下に知らせろ。プレセアが見つかったと」



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