雷が怖い


「なかなか止みませんね……」


 窓の外を見ながら、ティアラがそっとカーテンを閉めた。

 ぴかぴか。ごろごろ。

 朝から降り続けた雨は、もう眠る時間だというのに、まだ降り続いていた。

 おまけに雷まで鳴り始める始末。

 

「さあ、そろそろ寝ましょうね」


 ベッドの上でぬいぐるみを抱えていたわたしに、ティアラが優しく毛布をかけてくれた。

 ティアラはいつも、わたしが眠るまでそばでにいてくれる。


「かみなり、うるさいね」


「そうですね、明日には雨も上がると思うのですが……」


 わたしは、雷があまり好きじゃない。

 嫌なことをたくさん思い出すから。


 ◆


「お願い、あけて、あけてっ!」


 神殿で修行していたころ。

 祝詞がなかなか覚えられなくて、わたしは罰として雨の日の夜に、外に放り出されたことがある。

 その日も雷が鳴っていた。

 真っ暗な中、雷が轟くたび、わたしは震え上がって叫び声をあげた。


「ごめんなさい、ちゃんと勉強するから」


 ごめんなさい、ごめんなさいと叫びながら、戸を叩く。


「お願い、中に入れて!」


 一際、雷が強く光った。

 凄まじい音がして、近くに雷が落ちた。

 

「いやぁああっ!」


 頭を抱え込んで、座り込む。

 その夜、わたしは一睡もせずに、ただただ泣き叫んでいた。

 それでも声は雨の音にかき消されて、誰も助けてはくれなかった。



 辛いとき。

 わたしは幼いころにいた孤児院のことを思い出していた。


 院長先生は、わたしが魔力持ちでも、他の子供たちと差別なんかしたりせずに、育ててくれた。

 他の子供たちも、わたしを差別したりしなかった。

 それどころか、国からずっと匿っていてくれたのだ。


 けれどわたしが聖女として選ばれた時。

 院長先生は同時に、魔力持ちを匿っていたことを罪に問われてしまった。

 結果的に聖女だったからよかったものの、わたしが謀反を起こしでもして、国を混乱させたらどうなるのかと。


 わたしは国に願い出た。

 どうか、聖女として国のために尽くすから、孤児院のみんなを罪に問わないで、と。


 わたしが王宮から逃げ出さなかった理由。

 もちろん、サークレットのせいで逃げ出せなかったのもある。

 でも一番の理由は、孤児院のみんなを守るためだったのだ。


 ◆


「……ん」


 ゴロゴロと鳴り響く雷で、目が覚めた。

 目を開ければ、慣れ親しんだ星座表。

 うっすらとオレンジ色の明かりがつく部屋。


 魔王城のわたしの部屋だ。


 相変わらず雷はゴロゴロと鳴っていて、雨も土砂降りなようだった。


「あらあら、困りましたね」


 そばにはティアラがいて、わたしの頭を撫でてくれていた。

 

「……ティアラ?」


 ってゆーか、なんでこんな真夜中に、ティアラは起きているの?


「雷だから、寝付けないのかしら」


 ぼうっとしていると、頭を撫でられる。


「ティアラ、なんで起きてるの?」


 思いの外意識がはっきりとしていたことに気づいて、ティアラはちょっとびっくりしたようだった。


「眠れませんか?」


「……うん」


 雷の音がひどい。

 地を揺るがすような音が響いて、わたしはびく、と震えた。

 昔の夢を見たせいだろうか。

 ひどく落ち着かなくて、体が震えてくる。


 するとティアラが、わたしを抱っこして、背中をとんとんと叩いてくれた。


 ……あったかい。


 そして初めてわたしは気づいた。


 自分が泣いていたということに。


 わたしは抱っこされて、あやされていた。

 ぐす、ぐす、と鼻を鳴らして、ティアラにしがみつく。

 わたし、こんな、泣きじゃくってたの……?


「プレセアさま」


 背中をとんとんしながら、ティアラが言った。


「今日は陛下のところへ行きましょうか」


「……うん」


 こく、とわたしは頷いた。


 ◆


「怖がりだな、お前は」


 ティアラからわたしを引き取った魔王さまは、ちょっと笑って、一緒にベッドで横になってくれた。

 魔王さまは雷なんて、怖くないらしい。

 ぴかぴか、ごろごろいってても、何も気にしていないようだった。

 

 眠いのに眠れなくて、ぐずぐずと涙が出てくる。

 雷の音をシャットアウトしようと、わたしは魔王さまにしがみついた。

 魔王さまはそんなわたしを見ながら、背中を撫でてくれた。


 けれどしばらくたっても、わたしはふるえたままだった。


「……眠れないな」


 ぐす、と鼻を鳴らして、魔王さまを見上げる。

 魔王さまは起き上がると、わたしを毛布に包んで、抱き上げた。

 ぴかぴかと窓が光って、騒がしい。


「雷が嫌いか」


「……うん」


「じゃあ、星を見に行こう」


 こんな雨の日に何を言ってるんだろう?

 わたしが目を瞬かせると、魔王さまはちょっと笑った。

 

「目をつぶってろ」


「?」


 言われた通り、目をつぶる。

 あ、この感覚。転移魔法だ。





「もういいぞ」


 少し冷たい風が頬をくすぐった。

 雷の音が消えている。

 ゆっくりと目を開けると──。


「う、わぁ……!」


 目の前に広がっていたのは、 宝石箱をひっくり返したみたいな、満点の星空だった。


「魔界の全てが雨に覆われる日なんてないからな」


 魔王さまはわたしを抱っこしてそう言った。

 そこは見渡す限り、障害物のない、丘のような場所だった。

 空がどこまでも続いている。


「どこかはきっと、晴れている」


 魔王さまはそう言って笑った。

 雷がなくなったおかげか、ちょっとずつ元気が出てきた。


「星、つかめそう!」


 思わず手を伸ばす。

 すると、きらりと流れ星が流れた。

 それに興奮して、ジタバタと魔王さまの手から抜け出そうとする。


「ほら、風邪をひくから、くるまってろ」


 魔王さまはわたしが出て行かないように、ぎゅ、と抱きしめた。

 そのまま丘の上にあぐらをかいて、わたしを座らせる。


「これだったら、怖くないだろう」


「うん、ありがと」


 魔王さまを見上げて、笑う。

 魔王さまはわたしのほっぺをつついた。


「雷が怖いなんて、お前も子どもだな」


「子どもだもん」


 魔王さまにしがみついて、目をつぶる。

 だんだん眠くなってきた。

 魔王さま、あったかいなぁ。


「ねえ、明日もここに来ようよ。そしたら、雷うるさくないよ」


「明日になったら、やんでいるだろう」


「そうかなぁ」


「ああ」


 魔王さまに背中を撫でられ、こっくりこっくりとわたしは船をこいだ。


「まおうさま」


「ん」


「もしもね、わたしが、魔王さまにとってよくない人だったら、どうする?」


 眠すぎて、そう口走ったのは、無意識だった。


「……よくない人、とはなんだ?」


「魔王さまの、敵とか……」


 魔王さまは少し考えた後、言った。


「お前がお前である時点で、俺にとってよくない人なんかじゃない」


「……?」


「お前が、本当はどんな立場にいようと、関係ないと言っている」


「わたし……」


「なんでもいい。前にも言っただろう。お前はただ、俺に愛されていろ、と」


 なんだかわからないけど、また涙が出てきた。

 泣いているのを気づかれないように、魔王さまにしがみつく。


 なんで魔王さまはわたしを無条件に愛してくれるんだろう?


 わたしは、ほんとは聖女だった。

 子どもでもなんでもないし。

 

 それを知っても、魔王さまは同じことを言ってくれる?

 

 大神官さまは、わたしが聖女だったから、愛してくれた。

 じゃあ魔王さまは? 

 魔王さまはどうなの?


 優しい魔王さまに、何もかもを吐き出してしまいたくなった。

 それでも、このぬくもりが遠ざかってしまうのが怖くて、わたしは言えない。

 

 やっと手に入れたのに。

 無くしてしまうなんて、やだ。



 やっと、やっと。


 それがどんな形であれ──愛してくれる人を見つけたのに。


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