ペットなのでお散歩もします


 朝ごはんを食べ終わった後。

 わたしは魔王さまの膝のうえで、御機嫌に足をバタバタさせていた。


「ねーねー、魔王さまってひまなの?」


「そんなわけないだろう」


 こんなにゆっくり朝ごはんを食べられるのなら、暇なのかと思ったけど、そうでもないみたい。


「じゃあ何やってるの?」


「仕事」


「仕事って?」


 なんでこの人、軍服なんて着てるんだろう。

 まわりの近衛兵は、また違った服を着ているのに。

 魔王さまだけが、こんな真っ黒な服を着ている。

 それは一体どうして?


「仕事の話はいい、うんざりするから」


 そうとう辟易しているのか、魔王さまは首を横に振った。

 

「お前の話をしろ」


 お前の話をしろってったって。


「わたし、いつになったら外に出ていい?」


 相変わらずな質問に、魔王さまはため息を吐く。


「わたし、にげないよ。いい子だもん」


「いい子かは知らんが、まあそれは問題ないだろう。首輪があるからな」


 魔王さまはわたしの首輪のチャームをちゃり、といじった。

 それからわたしのほっぺたに手を当てる。


「……痩せてるな。顔色もよくない」


 ほっぺに何かついていたのか、ぐいぐいとハンカチで拭われる。


「部屋でじっとしていた方がいいんじゃないか?」


「もう大丈夫だってば」


「いいや、大丈夫じゃないな」


 おでこに手を当てられる。


「お前は部屋でゆっくりしていろ」


「えー、やだぁ!」


 ぺしぺしと魔王さまの腕を叩いてみる。

 彼は別に、怒らなかった。

 けれどため息をつかれる。


「仕方のない子だな」


 膨れていると、魔王はわたしを地面に下ろして言った。


「……それなら、散歩でもするか」


「さんぽ?」


「ペットには確かに、散歩が必要だ」


 魔王さまはわたしの手をぎゅ、と握った。

 小さな手が、魔王さまの手袋に包まれる感覚。

 わたしはぱあっと顔を明るくする。


「うん! さんぽする!」


 こうしてわたしは、朝のお散歩をすることになった。


 ◆


 魔王さまと手を繋いで、お城を歩いた。

 こうして並ぶと、なんだか父娘おやこみたいだ。


 なんでだろう。

 魔王さまの側仕えさんたちには、なんか微笑ましい顔をされている。

 やっぱり父娘に見えるのかもしれない。


「ほら、この庭を散策しよう」


 お城の反対側まで歩き、連れてこられたのは素敵な……

 いや、全然素敵じゃないんですけど。


 昨日わたしが破壊した庭じゃなのよ!!

 うう、魔王さま、やっぱり結構怒ってたのかなぁ。

 まあ、そりゃあ、怒るよね普通……。

 

「うわぁ……」


 ぐしゃぐしゃになってしまった庭跡に、たくさんの人が集まって、邪魔な荷物を片付けたりしていた。

 庭師のおじさんも悲しそうだった。

 

「ああ、陛下。おはようございます」


 わたしと魔王さまに気がついたのか、作業をしていた人たちが、頭を下げた。

 魔王さまはわたしを抱っこして、その人たちに近づいていく。


「こいつが犯人だ。魔力を制御しきれなかったらしい」


 そう言って、魔王さまはわたしに視線を向ける。


「本当にごめんなさい……」


 しゅんとしながら謝る。

 いや、本当に申し訳ない。

 せっかく綺麗な庭だったのに。


 怒られるかなと思ったけれど、苦笑されただけだった。


「こんなに小さいのに、すごいなぁ」


 くしゃりと頭を撫でられた。


「ここまでやられちゃあ、今度は何を植えようか、楽しみですよ」


 西の庭園はずっと同じような花ばかり植えていましたからね、とおじさんは言う。


「そうだ、陛下。今度はどんな庭にしましょうか」


 おじさんの話を聞いて、なぜか魔王さまはわたしを見た。


「プレセア」


「うん?」


「お前の好きな花はなんだ?」


「好きな……花?」


 なんでそんなことを聞くんだろう。

 ちょっと考えて、わたしは首を振った。


「……お花のこと、あんまり知らない」


 今まで、祈ってばっかりだったから、よくわかんないや……。

 居心地悪そうにわたしがもじもじしていると、庭師のおじさんが言った。


「姫さまは綺麗な目をされていますね」


 おじさんと魔王さまを交互に見る。

 魔王さまはわたしの瞳をじいっと見ながら言った。


「プレセアの瞳と同じ色のバラはあるか?」


「ああ、そういえばこの間、品種改良で鮮やかなマゼンダ色のバラができたって、知り合いの業者が言っていましたよ」


「それはこの庭に植えられるだろうか」


「そうですねぇ、土との相性もありますが、まあいけるでしょう」


「じゃあそれを植えてくれ」


 びっくりして、小さな声が漏れた。


「魔王さま、それでいいの?」


「何が」


「そんな適当に、わたしの目の色の花なんか植えて……」


 後ろへ控えていたティアラが、くすくすと笑った。

 ティアラだけじゃない、他の側仕えさんたちも笑っている。


 魔王さまはわたしの耳に唇を寄せて、言った。


「適当になんか決めてない。お前の目の色が好きだから、その花を植えるんだ」


「!」


 目の色が好きだから。


 そう言われて、心臓が跳ねた。

 ぽっとほっぺたが熱くなる。


「この庭はお前にやろう」


「えっ?」


「好きにするといい……」


 どういうこと?

 びっくりしているわたしに、魔王さまはいたずらっぽく笑って言う。


「この庭を見るだけなら、少しだけ、外出の許可をやる。俺のペットは外へ出たくて仕方がないようだからな」


「! ほんと?」


「ああ。これはお前の庭だ。大切にしろ」


 よくわからないけど、庭をもらった。

 まあ、本気じゃないんだろうけど、これはこれで嬉しい。


「姫さまはあと、どんな色がお好きですかな」


 そう聞かれ、戸惑ったように魔王さまを見上げると、好きにしろ、と言われた。


「えっとね、オレンジ……とか?」


「ふむふむ、そうだなぁ、それじゃあベビーロマンティカなんも一緒に植えて……」


 おじさんは楽しそうに、ああしようこうしようとつぶやいていた。

 

「姫さま、楽しみにしていてくださいね。きっと素敵な庭園にしてみせますから」


「うん! ありがとう!」


 超楽しみ〜。

 わたしは笑って頷いておいた。


 しばらく、魔王さまに抱っこされながら、庭の様子を眺めていた。

 ふと、魔王さまの視線を感じる。


「?」


 目を瞬かせれば、魔王さまは静かな声で尋ねる。


「プレセア」


「なに?」


「……楽しいか?」


 また、魔王さまはわたしに確認した。

 ほんと、質問するのが好きだなぁ。


「うん、楽しいよ」


 そう答えて笑うと、魔王さまは嬉しそうな顔をした。

 真っ黒い瞳が、おだやかに緩められる。

 その瞳に浮かぶのは、わたしの幼い顔。


 魔王さまは、どうしてそんな風に、わたしを見るんだろう。

 そんな優しい目で。


 ──プレセア


 どうしてそんなに優しい声で、わたしの名を呼ぶのだろう……。

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