魔王さまに餌付けされます


「ん……?」


 朝、目がさめると、何かあったかいものにしがみついていた。

 いつもはウサちゃんを抱っこしているのに。

 もぞもぞしてから顔を上げると、じーっとこちらを見る綺麗な顔の男。


「……おはよう」


 甘い声でそう言われて、体がびくっとふるえた。

 ……ああそうだ。

 わたし、昨日のこの人と一緒に眠ったんだった。


 魔王さまはくしゃくしゃになっているのだろう、わたしの髪を梳く。

 じーっと見つめられ、なんだかこそばゆい気がした。

 なんでそんなにわたしの顔を見るの……?

 まさか、一晩中起きてたとかじゃないよね。


「おふぁよう……」


 目をくしくしとこすって起き上がる。

 ……なんだろう。

 久しぶりに、ゆっくり眠ったような気がする。


「まだ眠っていろ」


 魔王さまはそう言ったけれど、なんだか今日はすっきりとした気分だった。

 パチパチと瞬きすると、すっかり眠気はどこかへ行ってしまった。


「もう眠くないよ」


「寝ろ」


「やだ」


 うさぎのぬいぐるみを魔王さまに押し付けて、ベッドからよいしょと降りる。

 いつもよりベッドが高かったらしく、どしん! とお尻から落ちてしまった。


「いてっ」


 いたた。

 お尻割れちゃうよ、まったく。


 魔王様はとっくに起きて、着替えをすませていたらしい。

 ため息を吐くと、悲鳴をあげたわたしを回収した。


「落ち着きがないな、お前は」


 抱っこされ、魔王さまの膝に乗せられる。

 むう、とほっぺを膨らませていると、部屋のドアがノックされた。


「おはようございます、陛下。朝の準備のお時間でございます」


「ああ、入れ」


 ぞろぞろと入ってくるのは、魔王さまのお世話をする人たちなのだろう。

 その中にはティアラたちもいて、なぜかニコニコ顔でわたしを見ていた。


「あっ、姫さまもいるわ!」


 みんな、わたしを見るとパッと顔を明るくした。

 なんだかよくわからないけれど、わたしは姫さまと呼ばれている。

 可愛い服を着せられて、小さなお姫さまみたいね、という発言から来た、愛称みたいなものだった。

 魔王さまがわたしをティアラに引き渡す。


「プレセアさま、本日の体調はいかがでしょうか」


「元気いっぱいだよ!」


 なのに魔王さまったら、まだ寝てろとか、また部屋に閉じ込める気なんだよ。

 ティアラはわたしの額に手を当てて、頷いた。


「お着替えしたら、本日は陛下と朝食をご一緒しましょうか」


 くしゃくしゃになった私の髪を整えて、ティアラが微笑んだ。


 えっ、また魔王さまと一緒なの……。

 お部屋戻りたい……と言いかけたところで、魔王さまに言葉を遮られてしまった。


「今日は庭に……東の庭に朝食を用意してくれ」


 西の庭はプレセアが破壊したからな、と魔王さまは言った。

 冷や汗をタラタラ流すわたしの側に来て、魔王さまは「そうだろう?」と意地悪そうに笑った。

 

「う……」


 す、すみません……。


 ◆


 拒否権を与えられることもなく魔王さまと一緒に朝食をとることになったわたし。

 けれども、朝日を浴びて美しく輝く花々に囲まれたテーブル、そしてそこに並ぶ豪華な朝ごはんを見て、テンションがブチ上がってしまった。


 わたし用のごはんはいつも、お腹に優しいものが多い。

 パン粥とか、ごろごろ野菜のスープとか。

 デザートやおやつも、お腹が痛くならないように、ちょっとずつしか食べさせてもらえない。もちろん美味しい。美味しいんだけど、なんか物足りないのだ。

 でも今日は、テーブルにずらりと美味しそうなものが並んでいる。


 冷たいエビのサラダにローストビーフでしょ、生ハムにチーズ、ふわふわのオムレツ、パリパリのウインナー、焼きたてのパン、それにキラキラ光るジャム。

 花園のそばに用意されたテーブルには、美味しそうなものがたくさん並んでいた。


 朝からお肉が並んでいる。

 わたし、お肉が食べたい。

 お肉欲しい。


「お肉食べる!」


 椅子に座るとさっそくお肉の皿に手をつけようとした。

 が。


「これは俺のだ」


 魔王さまにそう言われ、お前のこっちだろう、といつも通りお腹に優しいタイプのごはんを示される。


 がーん。

 そ、そんな……。


「プレセアさまはこちらを食べましょうね」


 ティアラが苦笑しながら、わたしの前に専用の食事を並べた。

 お子様用のプレートに、お腹に優しそうなものが少しずつ並べられている。

 おろおろとお肉を見ていても、ダメそうだった。


 いいな……。


 いつも通りの食事が始まる。

 朝日を浴びながらお花に囲まれてとる食事は美味しかった。

 

 でも。


「お肉食べたい……」


 一通り食べてから、魔王さまを見て、ぽろっと言ってしまう。

 人間のものは食べちゃダメ、と言われた犬みたいだ。

 ちらちらと魔王さまとお肉を見比べていると、魔王さまが聞いてくる。


「食いたいのか」


「うん、うん! 食べたい!」


 目をキラキラさせる。


「仕方ないな……」


 く、くれるの!?

 期待していると、魔王さまにちょいちょいと手招きされた。


「?」


 椅子から降りて、魔王さまのそばに行く。

 すると抱っこされて、膝のうえに横抱きにされた。


「ほら」


 小さく切り分けたお肉をフォークに突き刺して、魔王さまはこちらに向けてくる。食え、と言ってるようだ。

 な、なんでこんなところで、あーんされなきゃいけないんだ……。

 わたしたちの給仕をしていたメイドさんたちが、驚いたように目を丸くした。

 それからあらあら、となぜか破顔しはじめる。

 うう、恥ずかしい……。


 やっぱこんな状態じゃ食べられない……


 ……とでもいうと思ったか!!


 羞恥より肉。


 肉!!!


 わたしはかまわずぱくっとお肉を口に含んだ。

 

 う、うまー!

 お肉おいちい。


 旨味たっぷりなお肉に、目がキラキラになった。

 もぐもぐと咀嚼してごくんと飲み込む。

 当たり前だが、口の中のお肉はなくなってしまう。


「魔王さま、欲しいの。もっと」


 魔王さまのシャツにしがみついてそうねだる。

 犬がねだっているみたい。

 でもやめられない〜。


「……」


 魔王さまはじっとわたしを見た後、同じようにお肉を切り分けてくれた。

 ふたたびぱくっとそれを口に含む。


 んんー、うまい!

 お肉最高!!


「魔王さま、魔王さま」


 子犬のように魔王さまにしがみついてねだり続け、お肉を食べ続けていると、とうとうティアラストップがかかった。


「陛下、いけませんよ。プレセアさまはまだお腹の調子がよくありませんから」


「……ああ」


 あ〜。

 わたしのお肉。

 でもなぜか魔王さままで、名残惜しそうにしている。


 魔王さまはティアラにそう言われ、とうとう給餌をストップしてしまったのだった。


 ◆


 食後には例のネコちゃんココアが出て、びっくりしてしまった。

 わたしにじゃない。

 魔王さまに、だ。

 わたしは蜂蜜入りのホットミルクだった。


 どんな反応するんだろ? と思っていたら、魔王さまはぽつりと呟いた。


「……可愛くて飲めないな」

 

 意外とそんなことを言うものだから、わたしは吹いてしまった。

 可愛くて飲めないって。

 魔王さまって、怖い顔して、そんなことを言うんだ。

 っていうか、甘いもの好きなんだ……。


 恐る恐るカップに口付ける魔王さまを見て、わたしはずっと爆笑していた。


「お前、なんで笑ってるんだ」


 魔王さまは眉をひそめる。


 だってだって。


 魔界最強の人が、そんな、ネコちゃんクリームを潰さないように気を使いながら飲んでるなんて。

 おかしいに決まってるじゃん!

 

 わたしはその、強烈なギャップに、ずっと笑い転げていたのだった。


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