ついに拷問のときが……!

※後半三人称魔王視点になります







「それで」


 執務室のような場所に呼び出されたわたしは、立派な机の上で手を組んでいる魔王さまを見上げていた。

 ひえ〜、怖いよ〜。

 不機嫌そうな魔王さまが怖くて、ティアラのスカートにしがみつく。


「怪我はなかったのか」


 呆れたような目を向けられる。


 ……。


 怒って、ないみたい。


「びしゃびしゃになっただけ……」


 先ほど、ティアラに着替えさせてもらって、頭もかわかしてもらった。

 どうやらわたしは、可愛い服をすぐにダメにしてしまう才能があるようだ。

 それでも文句ひとつ言わず、それどころか心配そうに着替えさせてくれたティアラには、感謝しかない。


「プレセア様はお身体が弱っていますから、風邪を引かないか心配ですね」


 言葉通り、ティアラは気遣わしげにわたしを見た。

 まあ、すぐに着替えたし大丈夫だろう。

 元気元気。


「そうだな、もうしばらくは部屋で大人しくしてもらおう」


 魔王さまは、そう言って頷く。


「ええっ?」


 思わず抗議の声を上げると、魔王さまは鋭い視線をわたしに向けた。


「なんだ、その不満そうな目は?」


「だ、だって、暇なんだもん……」


「それでまた、部屋を抜け出したわけか」


「……」


「お前たちも管理がぬるすぎるぞ」


 ティアラと、さらに背後に控えていたユキ、バニリィがびく、と肩を揺らした。

 申し訳ございません……と蚊の泣くような声で呟く。

 

「三人とも関係ないよ! わたしが三人を騙して勝手に出て行っただけ!」


 今頃になって申し訳なくなってきて、焦って釈明すれば、当たり前だバカ、と言われてしまった。


「部屋から勝手に抜け出した上に、俺の庭を更地にするとは」


「う」


「一体、なぜあんなことをした。庭が気に食わなかったのか?」


「そ、そんなわけないよ……あの、お花に水をやろうとして……」


 もぞもぞと言い訳を並べる。

 そもそもみんな、わたしが魔法を使えるということを知らなかったのだろう。

 小さな声で説明するわたしに、ティアラなどは目をまん丸にしていた。


「魔力があるのは知っていましたが……もう魔法をお使いになられるのですね。すごいです」


 なんだかやけに関心されている。

 逆に魔王さまは、不機嫌そうだった。


「水をやろうとして、庭を更地にしたわけか」


「だからそういうつもりじゃ……」


 嘘じゃないんだよぉ。

 お水をやろうとしたことは。


「水の魔法、使おうと思ったけど……なんか、うまく制御できなくて……」


 サークレットから解放されてからというもの、魔力制御がだいぶ不安定になってしまっている。出力が大か小かしかない感じ。うまくコントロールできない。


「……いつもそうだったのか?」


 魔王さまに問われ、首を横に振る。


「ううん、前は……」


 思わず言葉が詰まった。

 サークレットのことを思い出す。

 そんなこと、ここでいうわけにはいかない。


「ま、前は魔法なんて使わなかったしわかんない」


 魔王さまは、わたしをじいっと見つめていた。

 何か、わたしの考えがばれているみたいで、怖い。

 それでも、それ以上深堀りはされなかった。


「その身に対して、お前の魔力は大きすぎるんだろう」


「えっ?」


 一瞬、ぎくっとしてしまった。

 魔力は成長するにつれて増えて行くものだ。

 だから十五歳のときにあった魔力が、五歳の体に引き継がれているのだとしたら、それはかなり不自然に見えるだろうと思ったからだ。


「操る術を持っていないのなら、しばらくは使うな。あれは怪我人が出てもおかしくない状況だった」


「……ごめんなさい」


 魔王さまはため息を吐いて、目をつぶった。


「怪我もなかったのなら、まあいいだろう。許す」


「ほ、ほんと?」


「ああ。あとで庭師にも謝っておけ」


 うわ〜、よかった。


「うんうん! 謝る謝る!」


 本当に申し訳ないことをした。

 もちろんティアラたちにも。

 あとでちゃんと謝ろう。

 こくこくと頷いていると、ただし、と魔王さまが目を開く。


「それはそれとして、罰は受けてもらおうか」


「……エッ?」


 ……罰?


 罰って、なに?


 嫌な予感がして、ティアラにしがみつく。

 

 ついに拷問のときがきてしまったのかもしれない。


 ◆


「う……痛いことしないで……」


「さあ、どうだろうな」


 その晩。

 寝巻きに着替えたわたしは、ウサちゃんを抱いて、魔王さまの寝室にいた。

 今日やってしまったことの、罰を受けるために。

 眠る前に寝室に来い、と言われてしまったのだ。


 魔王さまの寝室は、意外にシンプルだった。

 黒を基調とした、高級そうな家具で整えられた部屋には、余計なものがあまりない。ベッドの横の小棚には読みかけの本と、水差しがあった。

 大きくてふかふかしたベッドに腰をかけて、魔王さまはリラックスした服でわたしを待っていた。


「こちらへ来い」


「……」


 恐る恐る魔王さまの前に立つ。

 ティアラはさっき帰っちゃったから、わたしと魔王さまの二人だけだ。

 なにかあっても、もうティアラはかばってくれない。


 怖くてぎゅうう、と目をつぶっていたら、いきなり抱っこされた。


「!?」


 そのままベッドに運ばれ、寝かせられる。

 そしてかけられる毛布。

 

「なに……?」


 思わず目を開ければ、魔王さまもベッドに入ってくるところだった。

 びっくりして体が動かない。

 そっと抱き寄せられる。

 思わず魔王さまの方を見ると、彼もこちらを見ていた。


「抱き枕」


「へ?」


「今日は俺の抱き枕になってもらおうか」


 そう言って、魔王さまは笑った。


「〜ッ!」


 思わず叫びそうになってしまう。

 体は五歳だからセーフかもしれないけど、中身は十五歳なのだから、当然だろう。

 この人、本当にロリコンなんじゃ……と思っていたけれど、それ以上はなにもされなかった。


 やだよ、一人で寝たいよ〜。


「お前はあたたかくて、いいな」


 これが「罰」らしいので、ろくな文句も言えずにいると、ほっぺたを撫でられた。気づいたら膨らんでいたのか、ぷす、と空気が抜ける。

 ふと、魔王さまが手袋を外していることに気づいた。長くて、きれいな指だ。


「……魔王さまの手は、少し冷たいね」


 そう言うと、魔王さまは嫌か? と首をかしげた。


「……べつに」


 仕方ない。

 ふにふにさせてやろうじゃないか。

 おとなしくされるがままになる。


 ほっぺを撫でられているうちに、なんだか眠くなってきた。

 わたしって無神経だなぁ。

 

「何か、不便はないか」


 魔王さまはそう尋ねた。

 またこの質問だ。


「……お外でたい」


 うとうとしながらそういえば、魔王さまは笑った。


「体がよくなってからだ。そうしたら、城の外にだっていくらでも連れて行ってやる」


「ほんと?」


「ああ。どこへでも。お前の行きたいところへ」


 ……。


「辛いことはないか」


「うん……」


 前はさ、からだが痛くて痛くて、なかなか寝付けなかったんだよ。

 毎日神殿で頭を垂れて、祝詞しゅくしを唱えて、神様に祈って。

 結界を張って、魔物を浄化して、けが人の怪我を治して。

 すごく大変で、何一つ楽しいと思えることなんてなかった。

 毎日毎日、聖女としての役割をこなしているのに必死だったよ。


 なんてことは、言えるわけがない。


「ここ……けっこう、たのしい、よ……」


 けれど代わりに、思ったことがぽろりと口からこぼれ落ちた。


「そうか」


 魔王さまの声がずっと優しい。

 ……この人は別に、最初から、わたしに危害をくわえたりしなかった。

 人間界でならったことはなんだったんだろう。


 神殿では、魔王はこの世界に仇なすものであり、神と敵対する、冷酷無比の汚れた存在だと教えられてきたのに。

 なのにどうして、この人はこんな顔でわたしを見るんだろう。

 こんな、優しい顔で。


 落ち着かない。

 そんな視線、わたしは知らない。わからない……。


 ふと、罪悪感に襲われた。

 わたし、いいのかな。

 こんな嘘ついて、この人のそばにいて。

 自分のことを黙っているのが、なんだか息苦しいと思った。


 こんなの落ち着かなくて、眠れないじゃんか。

 そう思っていたけれど、わたしが無神経なのか、疲れていたのか。

 ほっぺや背中を撫でられているうちに、だんだんウトウトしてきてしまった。

 子供にするようにとんとん、と一定のリズムで背中をたたかれると、もう限界。


 そのままころっと眠ってしまったのだった。


 ◆


 ──真夜中。


 魔王は眠らずに、プレセアの寝顔を眺めていた。

 何かから身を守るように、丸くなって眠るプレセア。


 その小さな手が、ぎゅ、とシーツをつかんだ。

 花びらみたいに小さな唇から、うめき声が溢れる。

 眉が寄せられ、ぽろぽろと瞳から涙が落ちた。


「う……や、いやぁ……」


 何かから逃げるように、身をよじる。


「いたいの、……もう、や……」


 魔王はプレセアを抱き起こすと、自らの胸に抱いた。

 プレセアは意識がないのにもかかわらず、もがいて魔王を拒絶する。

 それでも魔王は、その幼子を突き放したりはしなかった。

 抱きしめて、背中をなでてやるうちに、少しずつ苦しそうな声は引いていく。


「ごめ、なさい……ひどいことしないで……いたいよ、こわいよ……」


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 つぶやくようにそう言うプレセアを、魔王は強く抱きしめた。


「……大丈夫だ。ここにはもう、お前にひどいことをするやつなんて、いない」


「……」


「痛いことも、苦しいことも、辛いこともない。全部終わったんだ」


 プレセアの目の端っこで、きらりと涙が光った。


「待たせて、すまなかった」


 ぽんぽんと背中を叩く。

 そのうちにプレセアの寝息は穏やかなものになっていった。


「ん、むぅ……」


 くたりと魔王にもたれかかって、穏やかな表情で、すうすうと寝息をたてはじめる。

 完全に眠ったのを確認してから、魔王は少女をベッドへ静かに寝かせた。

 頬に残った涙の跡を拭ってやる。

 

 ──これが、ティアラの言っていた『夜泣き』か……。


 魔王はプレセアの頬を指でなでながら、ティアラの報告を思い出していた。


『プレセアさまは、まとまった睡眠をとることが、できないようなのです』


 ティアラが魔王にそう報告したのは、プレセアがこの城へ来てすぐのことだった。


『悪夢にうなされているのか、夜中に何度も目が覚めて、泣いておられます。あやせばそのまま眠られるのですが、発作のように何度も何度も起きられて……』


 そう言うティアラの顔は、辛そうだった。

 一体何があれば、あんな小さな子どもが、あのような状態になるのか。

 ティアラは目線で聞いていた。


 ──プレセアさまは何者なのですか、と。


 けれど魔王は答えなかった。

 今は答えるときではないと思ったし、たとえプレセアの正体を知らずとも、ティアラなら心からプレセアに尽くすだろうと判断したからだ。


『昼間など、うつらうつらしておられます。長い時間おきていることも困難なようです』


 プレセアの体は、やせ細って、棒切れのようだった。栄養失調を起こしていたのだ。

 それに、子供とはいえ、かなり体温が高い。常に熱がある状態だった。

 本人はそれに気づいていないらしく、元気に振舞ってはいる。

 すぐに眠くなってしまうのも、おそらくそれのせいだろう。

 当初より熱は下がったものの、まだ平常とはいえない値だった。


『わたしは、どうすれば……』


 戸惑うティアラに、魔王は言った。


 ──この娘に安寧を、与えてやってはくれないか。


 魔王は多分、プレセアにそんなに好かれていない。

 なんとなくそう思っていた。

 自分が世話をするよりも、母親にように優しく包み込んでくれる女性が必要だと思ったのだ。


 魔王は目の前で眠る幼子を愛しそうに撫でた。


「プレセア──」


 きらりと光る眦に、魔王はそっと口づけを落とした。


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