あま〜い生活

「ああ、なんて愛らしいのでしょう。プレセアさまは何を着てもお似合いになられますねぇ」


 はっはっは、もっと褒めたまえ。

 わたしの承認欲求をみたしたまえよー!


 黒とピンクのミニドレスを纏い、ふわふわと回転してみせると、そばにいたティアラがパチパチと感動したように拍手する。

 部屋にはティアラ以外にも、たくさんの女官たちがいて、みんな楽しそうに笑っていた。

 ツノが生えてたり、しっぽが生えてたり、獣の耳が生えてたり。

 やっぱりみんな、どこか人間離れした特徴を持っている。

 けれどみんなニコやかで、そこに怖い感じはしなかった。

 人間界では、魔族たちは人間を毛嫌いし、出会ったならすぐに攻撃してくるって習ったけど、全然そんなことはない。

 むしろオラシオン城にいた人たちより優しいじゃんと思う。


「プレセアさま、御髪も結いましょう」


「ツインテールがいいですよ!」


「靴もこちらの、リボンのついたもののほうが可愛いんじゃないかしら」


 あれがいい、これがいいと、女官たちは喜んでわたしを飾り付けていく。

 わたしはされるがままになっていた。

 子どものときって誰でも何着てもかわいいもんね。

 ああ、おしゃれするって楽しいなぁ。神殿にいたときは、白の聖女服しか着られなかったから、こういうのって、なんだか新鮮だ。


 ──魔王にペット認定されてから、早数日。

 人間の幼児は珍しいと興味を持たれ、首輪を嵌められ、魔王城で暮らさなくちゃいけなくなったわたしだけど……。

 人間の適応力とは恐ろしいもので、だんだん城での生活にも慣れてきてしまった。


 いやぁ〜。

 黙ってても食事は出てくるし、おやつタイムもあるし。

 だーれもピンクの瞳に文句言わないし。

 朝寝坊も、お昼寝も好きなだけしてOK。

 おまけにかわいい服を着て、褒められて。

 ペット生活も案外悪くないんじゃ……と考えたところで、いつもハッとして、思考が元の場所に戻ってくるのだ。

 ここはあくまで、魔王が管理する魔王城なのだと。


「プレセアさま、これを」


 着替えが終わると、最後にウサちゃんのぬいぐるみを持たされる。

 ツインテールに、黒とピンクのミニドレス。

 そしてウサちゃんを持った、女の子わたし

 部屋がまたきゃーきゃーと騒がしくなった。 


「はぁ〜、人間の子ども、かわいい〜!」


「まるで天使よねぇ」


「いつまでだって、見ていられるわ〜」


 全員破顔して、ため息を吐く。

 ティアラがにっこりと笑った。


「これなら魔王陛下もお喜びになられますよ!」


「……」


 ううう、そうなんだよねぇ。

 結局、ここは魔界の魔王城で、わたしは魔王さまの所有物ということになってるんだもんねぇ。

 大切にされてるっていったって、それはわたしがあの男のペットだからで、幼子っていう部分に興味もたれただけだし。

 だからもしも本当はわたしが十五歳で、元聖女だってバレたら……おお、寒気がする。考えたくもないや。


 ──下手したら殺されちゃうかもしれないってこと。


 それだけが、唯一にして最悪の、この生活の欠点なのだった。


「本日は魔王陛下も帰ってこられるそうです。とても楽しみですね」


 ティアラが微笑んで、そう言った。

 魔王さまは毎日忙しいらしい。初めての邂逅から、まだ一度も再開していなかった。


 ええい、帰ってこんでええわーい。

 心の中でそう突っ込んで、わたしはげっそりとしてしまったのだった。


 ◆


「ねえティアラ。この首輪、とって?」


 おやつの時間。

 テーブルにお菓子を準備するティアラのスカートにしがみついて、わたしはきゅるんきゅるんした目でそう言った。


「あらあら、いけませんよ。その首輪がなければ、プレセア様に命の危険が差し迫った時、魔王様が助けに行けませんから」


 ティアラは困ったような顔でわたしを見る。

 首輪をとってくれる気はないらしい。


「とってとって、とってよぉ〜」


 きゅるんきゅるんした目は仕舞って、今度はぐずぐずとダダをこねる。

 十五歳のプライドなど、とうに消え失せたわ。


「うーん、首輪っていうのが嫌なのかしら?」


 ティアラは首をかしげて、わたしを抱っこした。

 そのまま椅子に座らせる。


「人間界だと、首輪はペットにつけるものって認識なんですね。魔界だとスタンダードなアクセサリーなんですけど……」


「うぇえええん」


 くっそぉ。

 ティアラ、なんだかんだ言っても、あなたはやっぱり魔王様の配下なのね!

 油断したわ〜!


 わたしの扱いにも慣れてきたのか、ティアラはわたしを気にすることなく、フォークにケーキを突き刺した。


「はい、プレセアさま、あーん」


「うう……いらな……あーん……」


 ケーキうま。

 ……だめだ。

 どんなに泣いても、ピンチな状況でも、お腹は減るんだよねぇ。 

 ティアラが差し出すフォークを口に含み、出されたケーキを平らげる。

 

「はい、果物がたっぷり入ったジュースもありますよ」


 めそめそしながらも、しっかりとジュースは受け取る。

 機嫌悪くジュースのストローを口に含んでいると、星が散ったかのように、急に部屋が明るくなった。


「わ、魔王さま! いきなり部屋に転移しないでくださいよ!」


 びっくりしたように目を瞬かせた後、ティアラはスカートをつまんでお辞儀をする。

 見れば、窓のそばにわたしの大嫌いな男が立っていた。


「すまん、座標指定に失敗した」


 全然反省してなさそうにそう言うと、黒いコートを翻して魔王さまがこちらへやってきた。

 彼は転移魔法というものが使えるらしく、願った場所へ一瞬で移動できるらしい。わたしはそんな魔法使えないから、ちょっぴり……いやかなり羨ましかった。練習すればできるようになるのかなぁ。


「プレセアの様子は?」


「はい。今日は体調も良いようです。先ほどまで、衣装合わせを行っておりました」


 ティアラがにっこりと嬉しそうに笑う。


「そうか」


 魔王さまはふくれっ面をしているわたしの元へやってくる。

 わたしは絡みたくなかったので、ぷいっとそっぽを向いた。

 そうしたら、いきなりひょいと抱え上げられてしまう。


「うわっ」


 そのまま魔王さまは、先ほどまでわたしが座っていた椅子に座り、膝にわたしを下ろした。


「主人に逆らうとは、生意気なペットだな」


 ほっぺを掴まれて、無理やり上を向かせられる。

 や、やめてよ変態〜!


「ほ、ほりょひへ!」


「いやだ」


 即答されたもんだから、魔王さまの手をほっぺから引き剥がしたあと、つい言い返してしまった。


「魔王さまの幼女趣味! ロリコン! 変質者!」


 一瞬、言いすぎたかとも思ったけれど、魔王さまは何も反応しなかった。

 意外に失礼な態度をとっても、怒らないみたいだ。

 ぽかぽかとお腹に回された手を腕を叩いても、離してくれる気配はない。

 それどころか、ぱんぱんに頬を膨らませたわたしを、面白がっているみたい。

 本当に小動物でも観察するかのように、わたしを見ている……。

 

 全然降ろしてくれないので、仕方なくじゅるる、とジュースを飲む。

 うう、落ち着かないよ〜。

 おろしてよぅ。

 機嫌悪くむすくれていると、不意に意地悪な声でささやかれた。


「ふうん? 随分と難しい言葉を知っているな。まるで大人みたいだ」


「ブフゥーッッ!!」


 思わずジュースを吹いてしまう。


「おい、行儀が悪いぞ」


 器官にジュースが入って、げほげほとむせる。

 死ぬかと思った。

 心臓が口から飛び出しそうなくらい、ドキドキしている。


「わ、わたし、かしこい五歳児なので……」


 やっとのことでそう言うと、給仕をしていたティアラが慌ててタオルを持ってやってくる。

 せっかくかわいい服をもらったのに、汚しちゃったよ……。


「だ、大丈夫ですか?」


「げほっ、大丈夫じゃない……」


 わたしの汚れた服をぬぐって、ティアラは怒ったように言った。

 

「もう、魔王さま、お食事の最中にちょっかいを出されると、困りますよ」


「そうか」


 魔王さま、笑ってる。

 やっぱり全然反省してなかった。


 ◆


 わたしの精神は、若干五歳児の体に引きづられているような気がする。

 言動もなんだか以前より幼くなってしまった。

 今も、あれだけ魔王さまが嫌で怒っていたのに、疲れてしまったのか、その膝でウトウトし始めていた。


「あら、眠いですか? お昼寝しましょうか」


 幸いなことに、着替えは先ほどすませて、眠りやすい格好になっている。

 こく、と頷いてくしくしと目をこすっていると、魔王さまがわたしを抱っこして立ち上がった。


「ティアラ、お前は少し休憩するといい。俺がプレセアを見ていよう」


「まあ」


 えっ。

 いいよ、わたし、一人でねむれるよ。

 お昼寝タイムになってようやく解放されるかと思いきや、ベッドに運ばれて、魔王さまに寝かしつけまでされることになった。


 ベッドに寝かせられると、頭を撫でられる。

 魔王さまはベッドに腰をかけて、わたしを見下ろしていた。

 黒い瞳にじいっと見つめられ、なんだか居心地が悪い。

 うーむ。

 なんでわたしは魔王さまにねかしつけられているのか……。


 眠いながらも、顔に不満が出ていたのであろう。

 魔王さまは口元に笑みを浮かべて、わたしに尋ねた。


「何がそんなに不満なんだ」


「……首輪、とって?」


「ダメだと言ってるだろう。それはお前を守るためのものでもある」


 魔王さまは首を横に振った。


魔界ここにいるなら、おとなしくそれをつけていろ」


「じゃあ、人間界に帰るもん」


 そう言ってみると、魔王さまは眉を上げた。


「父と母に追い出されたんだろう? 人間界では、魔力持ちは迫害されているんだったか」


「……うん」


「子どもで、おまけに魔力持ちのお前が、うまくやれるとは思えないな。帰ったところで、どうにもならないだろう」


 まあ、確かにそうなんだよね。

 ここへ来る前も、正直何の計画も立ててなかったし。

 ただ遠いところへ行こうってだけ考えてた。

 魔力持ちだから、雇ってくるところもないだろうに。


「……わたしにひどいことするんでしょ?」


 ちら、と魔王さまを見上げる。


「しない」


 魔王さまは首を横に振った。


「そんなことをするはずがない。俺に愛されていろと、可愛がられていろと言ったはずだ」


「……」


「ここで俺に愛玩されるのも悪くはないだろう」


 くしゃ、と頭を撫でられる。

 優しく髪を梳かれ、なんだかまぶたが重くなってくる。

 さすが五歳児の体。

 親指で頬を撫でられ、くすぐったくなって、もぞ、とシーツに頬を押し付けた。


「ん……」


「もう寝ろ」


 魔王さまは少し笑った。

 意外に撫でるの上手いな……と思いつつ、わたしは眠りに落ちたのだった。

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