魔王のペットにもなりました


「それで」


 肘掛に頬づえをつき、ゆったりと足を組んで玉座に座した魔王さま。

 わたしはそんな彼を見上げて、冷や汗をだらだらと流していた。


 ここは、王座の間(多分)。

 あれからわたしはこの男に抱っこされ、この部屋へ連れてこられた。

 部屋には控えの護衛騎士もズラッと並び立っていて、中央の赤いカーペットの上に立たされたわたしは、腰が抜けそうになっていた。

 すぐ後ろにティアラが控えていなかったら、泣きじゃくって逃げ出していただろう。正直、今もおしっこちびりそうだけど。


 わたしが震えていたからか。

 ティアラがわたしのそばで、大丈夫ですよ、と囁いた。

 その声を聞いて、ほんの少しだけ、勇気がわいてくる。

 ぎゅ、とスカートを握って、階上の魔王を見上げた。


「俺がお前を拾ったわけだが」


 ひ、ひえ〜。

 やっぱり怖い。

 なんでわたしなんかを拾ったのよぅ。


「お前は何者だ?」


 魔王さまは興味深げに、わたしを見た。

 でも、ほんとのことなんて、言えるわけがない。


「わ、わたし、フツーの人間です……」


 それっぽい言い訳を並べる。


「普通の人間が、どうして魔界へ来られる?」


「お、おとーさんとおかーさんに、魔力が強いので、捨てられました。『刻戻りの谷』という場所に、突き落とされたんです」


 あぶねぇ〜!

 なんとかそれっぽい言い訳ができた。


 まあ、なんてこと、とティアラが涙声になって、口元を押さえる。

 ごめんティアラ。

 でもあながち嘘じゃないので、ゆるして……。


 ふと、魔王様の口元に、笑みが広がっていることに気づいた。


「本当に?」


「ほ、ほんと……」


「そうか。嘘じゃないんだな?」


 あ、あるぇ。

 これ、もしかして、わたし聖女だって、バレてんじゃないの?


「わ、わたしのこと、拷問する……?」


 ティアラにしがみついて、ふるえる。


「拷問?」


 素っ頓狂な声を出したのは、ティアラだ。


「拷問だなんて冗談じゃないわ! そんな言葉、どこで覚えたんでしょう!?」


 むぎゅうう、と抱きしめられる。

 だって、人間界じゃそう教えられるんだもの。

 魔族に捕まったら、ひどい拷問をされて、殺されるって。


 かわいそうに、とティアラに頭を撫でられ、わたしは鼻をすすった。


「……わたしをころすの?」


 ちらちらと魔王さまを見ながら、さりげなく探りを入れる。

 けれど魔王さまは、苦笑を浮かべていた。

 さっきからこの男が浮かべている表情は、なんなのだろう。

 機嫌が悪いわけでもなさそうだし……。

 なんだか、嬉しそうに見えるのは、気のせい?

 

「お前みたいなチビを拷問したり、殺したりしてなんになる?」


「……」


 よかった。

 聖女だとは、ばれていないみたい。


「むしろ俺は、お前に興味がある」


 興味……?


「人間の子どもは珍しい。ぜひ保護して、その生態を観察したいものだ」


 ひえええ。

 いいですいいです、観察とかしなくていいですから!


「お前にとっても悪い話じゃないだろう」


「……?」


「面倒をみてやると言ってるんだ」


 いや、ほんといいっす。

 マジで。

 マジで!!


 わたしは思わず、後ずさりしてしまった。

 けれどそれと同時に、魔王さまも玉座から立ち上がる。

 そしてわたしの元へ歩いてくるではないか。


 ひえ〜! こっちこないで!

 逃げようと一歩、二歩と下がれば、ティアラに抱き止められる。

 泣きそうになっていると、大丈夫ですよ、とあやされた。

 後ろはティアラ、前は魔王さまで逃げることができない。

 魔王さまはわたしの前で立ち止まると、視線を合わせるように、ゆっくりと跪いた。

 怖くなって、目をぎゅ、とつぶる。


 カチャン。


「……?」


 首に感じる違和感。

 うっすらと目を開ければ、魔王様がわたしの首元に、何かをはめているところだった。カチャカチャと、金属が触れる音がする。

 魔王の手が離れたので、目を開けて、自分の首元を確認してみた。


「……ほへ?」


 見れば、首にはめられていたのは、わたしの瞳と同じマゼンダ色の、首輪だった。

 首輪には可愛らしいハート形のガラス飾り──これもマゼンダ色だ──のようなものがついていて、触れるとチャリ、と音をたてた。


 ……なにこれ?

 カシャカシャと引っ張っても、全然取れない。


「なん……?」


 言葉を失っていると、魔王さまは言った。


「それは自分で外すことはできない」


「えっ?」


「今回のように、逃げて怪我でもされたら困る」


「え」


 に、逃げる……?


「そうだな……次に逃亡しようとしたら、望み通り拷問にかけてやろう」


 ひえ〜!

 こいつ、やっぱわたしが聖女って気づいてるんじゃ……

 魔王さまは喉元でくつくつ、と笑った。


「ちょっと陛下!? 小さな子を脅すようなことはやめてくださいませ!」


 ティアラが激怒した。


「大丈夫ですからね。これはプレセアさまが迷子にならないようにするために、魔力を感知して魔王さまに知らせるためのものですから」


 おいー!?!?

 どこが大丈夫なんだよ!!!

 わたし終了のお知らせじゃないか!!


「これやだ、とって!!!」


 いやいやと首輪を引っ張っても、こいつ、可愛い見た目のわりにびくともしないぞ。


「ダメだ」


「やだやだ! こんなのペットみたい! いやぁ!」


「ペット?」


 魔王はほんのわずかに、目を見開いた。


「ああ、愛玩動物のことか」


 彼が何を考えていたのかはよく分からない。

 けれど、それは名案だというように頷いた。


「そうだな、それはいい。そうしよう。話がややこしくならなくて済む」


 ……?


「今日からお前は、俺の愛玩動物ペットということにする」


 いきなり抱き上げられる。

 びっくりして、魔王さまの首にすがりついてしまった。


「お前の全ては俺が管理しよう」


「!」


 目を見開いていると、甘い声でささやかれた。


「お前の仕事は、俺に愛され、可愛がられることだ。幸福に、穏やかに、健やかに過ごせ。それ以外、お前には何一つとして必要ない」


 ──あいされる……?


 その響きに、心臓がどくんと脈をうった。

 理解ができなくて、固まってしまう。


「いいな?」


 ……。


 よ、よくないよくない!!

 ぜんっぜんよくないよ!?


 むしろやだよぉ〜!!


 けれどそんなわたしの意思は酌み取られることもなく。

 結局わたしは、魔王のペットとしてこの城で暮らすことになってしまったのだった。

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