??との遭遇
生クリームとフルーツがたっぷりと乗ったホールケーキ。ふんわりとした色合いの、カラフルなマカロン。
焦がしキャラメルのプティングに、バターとメープルシロップのかかったパンケーキ。
ああ、なんて素晴らしいのだろう。
ここは天国なのでは?
「プレセア様、気に入ったものをどれか一つと、ティアラと約束したでしょう?」
クリームまみれになったほっぺたを、ティアラがハンカチで拭ってくれる。
「そんなにいっぱい食べたら、お腹が痛くなってしまいますよ?」
「へーきへーき! わたしお腹強いもん!」
あ〜幸せ〜。
神殿で食べられなかった甘いものが、こんなに食べられるなんて!
もう一生ここで暮らしてもいいんじゃ……と思いかけて、わたしはハッとここが魔界であることを思い出す。
い、いかんいかん。
聖女だとバレる前にこの城を脱出しなきゃ、魔王に何をされるかわからないんだから……!
わたしがこの城で目覚めてから、三日が経った。
ティアラが面倒を見てくれたおかげか、体は随分回復した。
もう部屋の中を走り回ることもできる。
けれど栄養失調気味なせいか、それとも体が五歳児になってしまったせいか。
原因はよく分からないけれど、あまり長い時間、起きていることができなかった。
疲れて、すぐ眠っちゃう……。
食べてる時に眠ってしまうこともしばしばあった。
それが余計に子供っぽく見えたのだろう。
ティアラはわたしが五歳児だと、本当に信じて疑っていないようだった。
今日だって、お菓子が食べたいと駄々をこねたら、こんなにたくさんのスイーツを用意してくれたのだ。
ここまで大切に面倒を見てくれたティアラには嘘をついて申し訳ないけど、でも元聖女だってバレたら、まずいもんね。命は大事。
結局、わたしをこの城に連れてきたという魔王さまには、まだ会っていない。
今、お仕事で城にはいないそうなのだ。
わたしはこれをチャンスと見た。
とにかく命あっての物種だ。
楽しい平民ライフを送る前に、まずはこの城を脱出しなきゃいけない。
「あらあら、おねむですか?」
わたしの手が考え事で止まっていたからだろう。
ティアラはわたしが眠いと勘違いしたのか、手からフォークを抜き取って、わたしを抱っこした。
「じゃあ、ベッドに戻りましょうね」
ティアラは子どもが大好きらしい。
とにかくわたしの世話をしたくて仕方がないようだった。
この三日間、ずっとつきっきりで面倒を見てくれている。
天蓋付きのベッドにわたしを戻すと、ティアラは部屋の明かりを消した。
魔界って、すごく便利なものが多い。
部屋の明かりも、摩訶不思議な道具で管理されていて、手を触れたりするだけで、天井に設置された
人間界よりもずっと、文化が発達しているような気がする。
まあ、部屋の外に出たことがないから、それ以外のことはよくわからないんだけどさ。
「おやすみなさい」
そう言ってティアラは、ちゅ、とわたしの頬にキスをした。
しばらくそばで頭を撫でて、わたしが目をつぶるのを確認すると、天蓋をそっと下ろす。
そして物音をたてないように、静かに部屋を出て行った。
「……」
行った?
もう行ったよね?
ティアラが部屋からいなくなったのを確認して、わたしはぴょこんと飛び起きた。ティアラはすぐ戻ってきちゃうから、やるなら今のうちだ。
ベッドから床へ降りる。
「いてっ」
慌てすぎたのか、体がどしんと落下してしまった。
枕元に置いてあったぬいぐるみが、ぽんぽんと一緒に落ちてくる。
わたしはウサギの人形をひっつかむと、天蓋をくぐって、窓辺までトタトタと走った。
窓を開けてこっそりと下を見下ろせば……よし、誰もいない。
窓の下は庭園になっていて、ここからでも綺麗なお花が見える。
「ふふ。あんな崖から飛び降りたんだもの。もう怖いもんなんかないよ」
とは言いつつも、また飛行魔法が失敗したら怖いので、うさぎのぬいぐるみを持って行くことにした。
これ、モッコモコだから、もしも落ちたときにはいいクッションになってくれそうなんだよね。
窓を開け、サッシュに足をかける。
最後に、ちらと部屋を振り返った。
ごめんね、ティアラ。
優しくしてくれて、本当にありがとう。
こんなに優しくしてくれたの、ティアラが初めてだよ。
瞳のこと、きれいって言ってくれて、嬉しかった。
ティアラのこと、ずっと忘れないから。
視線を前に戻すと、目をつぶって、集中する。
ふわりと体が浮遊する感覚。
うん。いける。
そう感じた瞬間、わたしは勢い良く窓から飛び降りた。
しかし。
ふわふわと浮くはずが、いきなりガクンと体が落下したではないか。
「うわぁーっ!?」
し、死んじゃう〜!!!!
もうこの展開飽きたよぉ!!!
わたしの必死の願いもむなしく、体はぐんぐん落下していく。
「ふぎゃーっっ!!!」
けれど一定の場所まで落ちると、いきなりふわりと体が浮いたような気がした。
そのまま、ゆっくりとわたしの体は地面に落ちていく。
あれれ。
一体どうなってるの?
気がつくと、浮遊感はなくなっていた。
どうやら地面まで落ち切ったらしい。
けれどなんだか、地面にいるような気がしない。
誰かの腕に抱かれているような、そんな感覚。
「……?」
おそるおそる、目を開ける。
「!」
わたしの感覚は正しかったらしい。
わたしは地面に落ちたのではなく、見知らぬ男の人の腕の中に、すっぽりと収まっていた。
「え……」
わたしを覗き込む美しい顔に、思わず息を詰めてしまった。
肩につくかつかないかくらいの、夜の闇よりも深い、サラサラとした純黒の髪。
髪と同色の瞳は、少しつり気味で、黒曜石のように鋭い光を湛えていた。
肌は雪のように白くて、まるで女性のように滑らかだ。
顔のパーツが異常に整っていて、お人形みたいに見えた。
真っ黒い軍服みたいな服を着ているせいだろうか。
その人を見たとき、なんだか世界の中でその部分だけ、色がなくなってしまったみたいだと思った。
「どこへ行くつもりだ?」
パチパチと瞬きをしていると、静かな声で男がそう尋ねた。
なんだか、呆れているみたい。
「ええと……」
助けてくれてありがとうございます。
でも視線が怖いです……。
「わ、わたし、おそとに、用事があって……」
しどろもどろになってそう答えると、男の人はため息を吐いた。
「……いつ、俺がそのようなことを許可した」
え、えぇ〜?
許可もなにも、わたしあなたのこと何も知らないんですけどぉ。
「ティアラが許したのか?」
まさか。そんなわけない。
ぶんぶんぶん、と首を横に振った。
「ティアラは関係ないよ!」
「お前の世話係はティアラだろう? 責はすべてティアラが負うことになるぞ」
「ええっ!? ちがうちがう!」
「何が違うんだ?」
「わ、わたしが勝手に、その……」
言っていて、だんだん部が悪くなってきた。
あのとか、そのとか言っているうちに、声が小さくなっていく。
どうしていいか分からなくなって、ぎゅ、とウサギを抱きしめる。
しゅんと何も言わなくなったわたしに、男はため息をついて言った。
「勝手に部屋を抜け出したわけか」
「……」
仕方なくコクンと頷く。
すると怖い顔をしていた男は、しょぼしょぼになったわたしを見て、初めて表情を緩ませた。
う〜。
このひと、何者?
居心地が悪くてもぞもぞしていると、そっと耳元に男の口が寄せられる。
「悪い子だな、プレセア」
「!」
笑みを含んだ甘い声に、びく、と体が震えた。
あれ……なんでこの人、わたしの名前を知ってるんだろう?
驚いて目をパチパチしている間に、男はわたしを抱えたまま、歩き出した。
「え、あの……」
男の長いコートのようなものが風にはためく。
庭を横切って、そのまま大きな大きな城の中へ入る姿は、ずいぶん堂々としていた。まるで自分が、この城の主だとでもいうみたいに。
男の行動にも驚いたけれど、わたしは初めて部屋以外の城の内部を見たので、その巨大さにびっくりしてしまった。
ここは多分、エントランスなのだろう。
天井はどこまでも高く、ホール上になったその場所は何百人も入れそうなほど広々としていた。
忙しそうに大勢の人たちが行き交っている。
この城の召使さんたちなのかもしれない。
けれどわたしと男を見た瞬間、みんなは道を開けて、頭を深々と下げた。
なんでこんなことするんだろう。
この人、偉い人なの……?
「ああ、プレセアさま! よかった!」
聞き覚えのある声。
見れば、廊下の向こうから心配そうな顔をしてティアラがかけてきた。
わたしを抱いている男の顔を見て、パッと表情を明るくする。
「陛下、お帰りなさいませ!」
「ああ、今帰った」
え。
「なぜ魔王陛下がプレセア様をお抱えに?」
ま、ま、
魔王陛下……ですと?
冷や汗がタラタラと浮き出てくる。
「窓から落ちていたところを助けた」
「ま、窓から!?」
ティアラは絶句していた。
わたしも絶句している。
魔王陛下。
魔界を纏める王。
あああ、終わった……。
殺されちゃう……。
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