第二十話 襲撃
「そっか……分かった」
箕輪が笑顔で頷いた。
「紅葉さんが決めた道、最後までお供させて下さい!」
泉が深くおじぎをした。
「ありがとう、箕輪、泉」
私は二人の顔を交互に見つめお礼を言った。
昨日荒地と話した結果、ベラトリックスと連合を組むことに決めた。そして今日、二人に私の意思を伝えた。
彼女達は私の思いを全て受け止めてくれた。
「紅葉さんなら間違いなくホコミナ抗争に終止符を打てると思います!」
「そうだね。平和なホコミナもそう遠くないかも」
「まあ正直テッペンに立つとかは今でも興味ないんだけどね。誰も傷つくことのない、本当に普通の学校生活を送れるホコミナになってほしいんだ」
私は教室の窓から空を見上げた。白くかすんだ春の空はどこか心を落ち着かせてくれる。
これからが本当の戦いだ……
「よし、ベラトリックスの教室に行くべ。泉、ベラトリックスって三年何組か知ってる?」
私は立ち上がりながら泉に尋ねた。
「はい、確かC組やったと思います」
「C組ね、了解」
私達は連れ立って三年生の教室がある校舎へと向かった。
「ところで連合組むのって判子とか必要なのかな?」
私は歩きながら泉を振り返った。ヤンキー界の習わしやしきたりなどは全く分からない。こういうのは泉に聞くのが一番だ。
「そんな判子て紅葉さん……役所やないんですから。それに今は判子レスの時代でっせ」
泉が少しあきれたように答えた。
「そうなんだべか? こういうの初めてだから全然分からなくてさ」
私は少し照れながら泉の顔を見た。
「特にやることはないですわ。紅葉さんがしっかり意思表示をすればそれでオッケーです!」
泉が両腕でガッツポーズをした。
「分かった」
私もガッツポーズを返した。ふと横を見ると箕輪が笑っていた。
「なんか紅葉、すごく生き生きしてるね。昨日荒地くんと良いことでもあったのけ?」
「んなっ、何を言って……」
私は思わずむせてしまった。
「紅葉っ、大丈夫? 冗談だっぺに……紅葉は嘘がつけないタイプなんだべなぁ」
箕輪が背中をさすってくれた。この子は普段天然なのに時々鋭いから恐ろしい。
「なんもねーって! 単にアドバイスしてもらっただけだよ!」
私は声を大にして叫んだ。ただ、携帯電話の番号を交換した事は絶対に内緒にしておこう……
**
「ん? なんだっぺあれ」
もう少しでベラトリックス……いや、青山 子生のいる教室に着こうという時、箕輪が指差した方を見ると図書室の前に人だかりが出来ていた。
「行ってみっぺ」
なぜだか嫌な予感がしたので見に行くことにした。
「やべーなあれ、七、八人はいんじゃねーか? 全員血まみれだっぺよ」
「しかも女ばっかじゃねーか」
ヤンキー達が口々に騒いでいる。人が多くて中が見えないが、女ばかりということはもしかして……
「どけ! 邪魔だてめーら!」
その時、後ろから聞き覚えのあるアニメ声が聞こえた。
「子生……」
振り返ると子生が立っていた。後ろには十人ほどのスケバン達も一緒だ。その迫力に野次馬ヤンキー達は一斉に道を開けた。
子生は無言で図書室の中に入って行った。私達もその後に続くと、そこには子生軍団のスケバン達が血まみれで横たわっていた。
「ひどい……」
箕輪が口を押さえて顔をしかめた。
「しっかりしろ」
子生が倒れているスケバンの一人に近寄り抱き起こした。よく見ると昨日彼女に肩を貸していたスケバンだった。
「う……すいませんベラトリックスさん……」
「しゃべんな、すぐ保健室連れてってやっから」
「ベテルギウスが……ベテルギウスの奴らがベラトリックスさんと借宿を狙ってます……」
スケバンが苦しそうに息をしながらつぶやいた。
「分かった、分かったからもうしゃべんな」
そう言いながら子生は肩を震わしていた。
「……クソが」
子生はそう吐き捨てると、足元に落ちていた鉄パイプを握りしめて歩き出した。完全に目が座っている。
「待って、待ってよ子生!」
私は子生の肩を掴んだ。恐らく一人でベテルギウスのアジトに乗り込むつもりだろう。だが、今彼女がやられたら取り返しのつかないことになる。
「離せ……全員ブチ殺してやる!」
子生が私の手を振り払った。完全に破壊の天使モードになっている。だが、私は再び彼女の肩を掴み叫んだ。
「今突っ込んで行ったところで犬死にするだけだっぺ! 少しは冷静になれよこのバカ女が!」
「ああ!? もういっぺん言ってみろてめー!」
「何度でも言ってやるよバカ女! おめーの背中には大勢の命がかかってるって分かんねーのか!」
私は自分でも驚くほどの大声で叫んでいた。気付くと周りは静まりかえり、子生の顔から怒りの色が消えていた。
「……悪かった」
子生は我に返ったのか、消え入りそうな声でそう言うと鉄パイプを手から離した。
床に転がるカランカランという音が、水を打ったように静まり返った室内に響いた。
**
「まさかこんなにも早く攻めてきやがるとはな」
子生は保健室のベッドに寝かされた子分達を見ながらつぶやいた。
あの後ベテルギウスにやられたスケバン達を保健室まで運んで手当てをした。幸い命に関わるような重症者はいなかったが、子生の精神的ダメージはかなり大きい。
「あたしとお前が手を組むと踏んで襲撃して来たんだろうな。まだ何にも決まっちゃいねーのによ。近々奴らは全勢力で一気にうちらを潰しに来るだろう」
「……」
あまりにも急な展開に私は言葉が出てこなかった。
確かに今後ベテルギウスが動き出す可能性が高いとは聞いていたが、まさか子生とのタイマン翌日に襲撃してくるとは思わなかった。それは子生も同じらしく、その表情には怒りと悲しみが混在しているように見えた。
彼女は仲間を守り切れなかった後悔の念に駆られているのだろう、ずっと下を向いたままだ。
「紅葉」
と、ふいに子生が振り返り私の名前を呼んだ。
「力を……お前の力を貸してくれるか」
彼女は私の目を真っ直ぐ見つめながら言った。その瞳には静かに、だが確実に闘志がみなぎっていた。
「もちろん、もともとそのつもりだった」
「すまん……」
子生が深々と頭を下げた。
プライドの高い子生が頭を下げるなんて、よっぽど悔しかったんだろう。私の力がどこまで役に立つかは分からないが、ホコミナ抗争を終結させる為なら助力は惜しまない。
「これからどうするんだべ?」
保健室を出たところで私は子生に尋ねた。
「今あたしの仲間達に召集をかけてる。人数が揃い次第ベテルギウス軍団に全面対決を挑むつもりだ。遅かれ早かれ衝突する運命なんだ、さっさとやっちまったほうがスッキリするべ」
「確かに。先手必勝だべな」
「だが、おそらく奴らも準備は整えてるはずだ。だからあたしの仲間らをブチまわして戦争の火種を作ったんだろう」
子生が唇を噛んだ。
「それにしても……こっちの足並みがそろう前に襲撃してくるなんて、ベテルギウスは悪知恵が働く奴だっぺなぁ」
箕輪がそう言うと、子生が首を振った。
「ベテルギウスはゴリラ並みの知能しかねーよ。幹部の大竹って奴が入れ知恵してる。大竹はベテルギウスをうまく操ってのし上がった貧弱野郎だからな。必ずブチまわしてやる」
と、その時、子生のスマホが鳴った。
「おう、あたしだ。ああ……うん……分かった、全員にしっかりメシ食うように伝えとけ」
そう言って電話を切ると、私の目を見据えた。
「ちっと付き合ってくれ紅葉」
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