第十九話 神のいたずら

「今日一日ずっと荒地くんに相談しようとしてた」

 私は荒地の顔を見つめた。

「俺に相談?」

 荒地が少し驚いたような表情で尋ねてきた。


「うん、今日タイマンの後ベラトリックスに言われたんだけど、連合を組まないかって。ベテルギウス軍団と戦うには数が少なすぎるからってことなんだけど……」

「連合? それは凄いな。直接会ったことはないが、ベラトリックスは自分の軍団に並々ならぬ情熱を注いでるという話だからな。そのベラトリックスが連合の話を持ち掛けてきたってことは、完全にお前の力を信じてるんだろうな」

「やっぱそうなんだ。確かに配下のヤンキー達にも慕われてたしなぁ」

「で、連合の話は受けたのか?」

「いや、今日一日時間をくれって頼んだんだ。荒地くんの意見を聞きたくてさ」

 私は荒地から目線をそらして言った。こんなこと相談されても迷惑なんじゃないか、そんな不安があったからだ。


「……借宿はどう考えているんだ」

 少しの沈黙の後、荒地が静かに口を開いた。

「正直まだ迷ってる。ベラトリックスと連合を組めば箕輪や泉をベテルギウス軍団から守ってもらえると思うんだ。けど……」

 私はそこで言葉に詰まってしまった。

 連合を組むということはテッペン争いへの参戦を意味する。好きでもない喧嘩を続けることは私にとって苦痛以外の何物でもない、だから連合に躊躇している……

 仲間より自分のエゴを優先させる、身勝手な女だと思われてしまうのが怖かった。


「――借宿の一番大切な物は何だ?」

 その時、荒地がいきなり質問をしてきた。

「え?」

 急な質問に私はとまどってしまった。


「借宿が一番守りたい物は何なんだ」

 再び荒地が聞いてきた。

「そんなの決まってる、仲間だよ」

 私は答えながら箕輪と泉の顔を思い浮かべていた。

「なら答えは簡単なんじゃないか。恐らく借宿も心のどこかで気付いてるんだろ」

 荒地が私の目を見つめながら言った。


「うん……荒地くんの言う通りだべな」

 私は荒地に笑顔を向けた。この人は多くを語らずとも全て分かっているようだ。

「それに沢尻と帝塚山もお前が決めた事なら絶対についてくるはずだ。借宿が二人を信じているように、あいつらもお前のことを心から信頼している」

「そっか……そうだよね。なんでこんな簡単なことが分からなかったんだろ」

 そう言って私はゆっくり立ち上がった。


「ありがとう荒地くん。なんか悩んでたのが馬鹿みてーだよ」

「俺は何もしていない。お前が自分の意思で決めたことだ」

「んなことねーよ。荒地くんが私の背中を押してくれたんだもの。これで完全に気持ち固まった」

 私は空を見上げながら目を閉じた。


「ベラトリックスと連合を組むんだな」

「うん」

 私は深く頷いた。


**


「じゃ、私は帰るね。今日は話聞いてくれてありがとう」

「ああ……借宿ならホコミナをひとつにする事が出来るかもしれないな」

 荒地が遠くを見つめながらつぶやいた。


「そこまで出来っか分かんないけど、早くこの抗争が終わればいいって願ってるよ」

「そうだな」

「入学した時はテッペン争いに加わるなんて想像してなかった。けど、今となってはこの特別な『力』があって良かったと思うよ」

「特別な力?」

 私はハッとして口を押さえた。荒地が怪訝そうな表情でこちらを見ている。


「今の言葉はどういう意味だ?」

「い、いや、その……」

 私はしどろもどろになり下を向いた。

 よりによって勘の鋭い荒地に口を滑らしてしまった。リゲル戦の時も私の強さには何かあるのではと疑いを持っていたようだが……いよいよごまかせない状況を作ってしまった。


「言っても信じてくんねーと思うけど……」

 しばらく悩んだが、私は意を決して荒地の顔を見た。彼は真っ直ぐに私の目を見つめ、言葉を待っている。


「私の体にはね……今は亡き剛腕格闘家、ジェイク・ドルナルドの魂が宿ってるんだ。しかも全盛期のね。中学生になった日の夜、私の枕元にドルナルドが現れて力を授けてくれたの。『弱い者を守るのに役立ててくれ』って……だからこんな普通の体でもヤンキー達と戦う事が出来るんだ」

 私はそこまで言って荒地の表情を確認した。

 笑うか引いているかのどちらかを予想していたのだが、目線を落として何かを考えているようだった。


「荒地くん?」

 私は荒地に声を掛けた。すると彼は目線を落としたまま、

「神のいたずらだな……」

 とつぶやいた。

「神のいたずらって……どういう意味だっぺ?」

 予想外のリアクションと意味不明な言葉に私の方が困惑してしまった。


「いや、何でもない。借宿の体にはジェイク・ドルナルドの魂が宿っているのか……確かにお前の強さは普通じゃないと思ってはいたが、そんな理由があったのか」

「あ、うん。てか本当に信じてる?」

 私は荒地の顔を覗き込んだ。


 正直彼の反応に驚いてた。普通ならこんな話信じてくれないし、私が逆の立場だったら絶対信じない。そんな疑いの気持ちで彼を見ていた。すると、

「信じてるよ」

 と、荒地が私の目を見つめながら言った。

「荒地くん……」

 彼の真っ直ぐな視線に私は思わず名前を呼んでしまった。


「ヤンキーでも無い借宿があれだけの戦闘能力を有しているのには、普通じゃない何かがあると思っていた。それにお前はそんなくだらない嘘をつく奴じゃないだろ」

「うん……信じてくれてありがとう」

 私は嬉し涙をこらえながら言った。

 こんな突拍子もない話を何も疑わず信じてくれた荒地に私は惹かれていた。もっと彼の事を深く知りたい、そう思っていた。


 ただ、神のいたずらというセリフの真意が聞けなった。一体どういう意味なんだろう……

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