第二十一話 寒冷前線

「どこに行くんだっぺ?」

 私が尋ねると、

「ゴリラのところさ」

 と子生が答えた。


 私達は固まってしまった。冗談かと思ったが、子生の表情は真剣そのものだ。

「ゴリラってベテルギウスの事だっぺ? 今から乗り込むんですか?」

 少し間をおいて箕輪が恐る恐る尋ねた。

「いや、戦争前の挨拶をしに行くだけだ」

 そう言って子生は歩き出した。


「分かった、付き合うよ。箕輪と泉は教室に戻ってて」

 私は二人に声を掛けると、子生を追って歩き出した。

「待って、私も行く!」

「ウチも連れてって下せえ!」

 箕輪と泉も後を追ってきた。私は迷ったが、結局連れて行くことにした。



「この時間なら奴は屋上に居るはずだ」

 私達は屋上に向かっていた。

 さっき子生にかかってきた電話は戦いの準備が完了したという報告だった。いよいよ最終対決が始まる……


「この階段を登れば屋上だ。気ぃ抜くなよ」

 子生が私達を振り返った時だった。

「――うらあ!」

 いきなりごついヤンキーが殴りかかって来た。

 不意を突かれたが子生は冷静にかわして体勢を立て直した。


「どけコラ!」

 子生が飛びヒザ蹴りを放った。ヤンキーは吹っ飛んで壁に激突し、白目をむいて倒れた。

「くそっ」

 もう一人が私に鉄パイプを振り上げた。私は距離を詰めてヤンキーの顔面にストレートを叩き込んだ。

「ぶはっ」

 ヤンキーはバンザイをしながら倒れた。

「ザコどもに用はねーんだよ」

 子生は倒れているヤンキー達にそう吐き捨てると、屋上につながるドアノブを握った。


ガチャ


 子生がドアを開けると、十人ほどのヤンキーと一枚の大きな壁が立っていた。


「なっ、なんだてめーら!」

 私達の姿を見るや否や、背の低いヤンキーが喚きちらした。おそらくこいつが大竹だろう、サルのような顔をしている。


「なんだじゃねーよこのゴミ野郎が。どうせおめーがベテルギウスに入れ知恵してうちの仲間らをボコったんだべ」

「入れ知恵とか人聞きの悪い言葉使うんじゃねーよ! ベテルギウスさん、こいつらですよ。こいつらがベテルギウスさんの事をブタゴリラ野郎って言いふらしてたんですよ!」

 大竹がそう言うと、隣にあった黒い壁が動いた。


「オマエラ、ユルサネエ」

 壁が喋った……いや、壁かと思っていたが人間だった。


 でかい……こんなでかい人間を見たのは初めてだ。泉から聞いたこいつの人間離れした噂も実物を見ると納得した。しかもゴリラ顔。


「相変わらず知能指数低そうだなおい。だがあたしらはお前の事をブタゴリラとは言ってねーぞ」

 子生が言い放つとベテルギウスは大竹の方を見た。


「嘘つくなコラ! ブタゴリラ童貞クソ野郎とかさんざん馬鹿にしてたじゃねーか! ベテルギウスさん、こいつと俺のどっちを信じるんすか!?」

 また大竹が喚きちらした。とんでもない嘘を平気で言いまくっている。

「モチロン、オマエダ」

 だがベテルギウスはゴリラ並みの知能しか無いのか、全く大竹を疑わない。完全に飼いならしている。


「ちっ、言っても無駄か。おい、お望み通り全面対決でケリつけようじゃねえか」

 子生はベテルギウスと大竹を睨みながら言った。

「上等だ! ベテルギウスさん、こいつらをこてんぱんにしちゃいましょう!」

 大竹がまくしたてると、ベテルギウスは大きく頷いた。


「じゃあ決まりだな。今日の放課後、グラウンドで待ってるぜ」

「へっ、借宿もろともボコボコにしてやっからよ!」

 子生は大竹の言葉には答えず、中指を立てると奴らに背を向けた。

 私達は啖呵だけいっちょまえの大竹にイライラしながら屋上を後にした。



「何なんだっぺあのサルは! いっちゃける(腹立つ)なー!」

 箕輪が頬を膨らました。


「あいつは昔からああなんだよ。けどベテルギウスがいねーと借り猫状態になる、何とも情けねー野郎だ」

「でもさっき大竹が子生さんらを犯人にしとった悪口て、全部大竹自身が思っとることやないんですか?」

 泉が鋭い考えを口にした。

「確かにそうだっぺな。陰ではベテルギウスを馬鹿にしまっくてそうだもんね。大竹の本性を何とかベテルギウスに伝えることは出来ねーかな」

 私はあごに手をあてて考えた。


「無理だな」

 唐突に子生が話を遮った。

「大竹はベテルギウスを洗脳に近い状態で支配している。そんな奴に何を言っても無駄ってことだ。武力衝突でしか解決方法はねーよ」

「……」

 私は無言で頷いた。確かにさっきのやり取りを見ていても完全に大竹を信じきっているようだった。

 ただ、実はベテルギウスって悪い奴ではないのかも、と考えていた。大竹に操られているだけで本当は喧嘩とかしたくないんじゃないだろうか……そんな気がしてならなかった。


 なんとか彼を自由にしてあげたい、そう思っていた。


**


「朝はあんなに晴れてたのに……」

 箕輪が空を見上げた。そういえば今朝の天気予報で寒冷前線通過にともない雷雨の可能性があります、と言っていた。空は黒い雲におおわれており、今にも泣き出しそうだ。


 放課後になり、いよいよベテルギウス軍団との全面対決が始まろうとしていた。グラウンドには続々とヤンキー達が集結している。

 箕輪と泉も最後まで見届けたいというので連れて行くことにした。


「ん? あれ荒地さんやないですか?」

 泉が指差した方を見ると、荒地が腕組みをしてこちらを見つめていた。

「あ……」

 今日一日姿を見かけなかったが、彼の顔を見て私はなんだかほっとした。


「昨日はどうも。知ってると思うけど、今からベテルギウス軍団と全面対決なんだ」

 私は彼に歩み寄り話しかけた。

「知ってるよ、だから来たんだ。もちろん俺も借宿軍団に入れてくれるんだろうな」

 荒地がそう言って首を鳴らした。

「荒地くん……もちろんだっぺ!」

 私は大きく何度も頷いた。後ろで箕輪と泉が嬉しそうな顔をしていたので、私はなんだか恥ずかしくなってしまった。


「よし、行くべ!」

 私は照れ隠しで大きな声を出した。



 グラウンドに着くと、子生軍団とベテルギウス軍団が集結していた。野次馬のヤンキー達が大勢で周りを取り囲んでいる。


「お、来たな」

 スケバン軍団の先頭に立っていた子生が駆け寄って来た。


「おめーには本当に感謝してるぜ。ただ、やばくなったら逃げろよ」

「いや、私の意思で決めた事だからお礼なんて必要ないよ。それに逃げるなんて選択肢、私にはねーから」

 そう言って私はガッツポーズをした。


「すまねえ……ところでそいつは誰だ? おめーの彼氏か?」

 子生が荒地を見ながら私に尋ねてきた。


「かっ彼氏じゃねーよ! ただ、いつも私に力を貸してくれるんだ」

「ほー、なるほどね。ん? お前もしかして紅葉がリゲルとやりあった時に助太刀したっつー噂のイケメンか?」

「イケメンかどうかは知らないが、借宿に助太刀しているというのは本当だ」

 荒地がそっけなく答えた。


「そうか、理由はどうあれ助かるぜ。しかし……お前どっかで見たことあるな」

 と子生が荒地の顔をまじまじと見つめた。

「気のせいだろ」

 荒地が顔を伏せながら言った。

 どういう意味だろう……過去に会ったことがあるのだろうか。


「まあいいか。どうやらゴリラとサル野郎が来たみたいだしな」

 子生が鋭い視線をやった先にはベテルギウスと大竹が立っていた。


「逃げねーでよく来たなぁ! 今日でてめーらは終わりだ!」

 大竹が喚いた。相変わらず不快な喋り方だ。


「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎。女だからってなめてんじゃねーぞ」

 子生が言い返した。周りのスケバン達の鼻息が荒くなる。


 その時、轟音とともに稲妻が空を切り裂いた。

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