第十五話 某美少女戦士

「おめー、借宿紅葉だな?」

 スケバンが私の顔を見ながら言った。もの凄いアニメ声……


「そうですけど……何か用ですか?」

「うりゃっ!」

 私が答えた瞬間、スケバンがいきなりストレートを放ってきた。

「――くっ!」

 スケバンのストレートが私の頬をかすめた。何とかぎりぎりかわしたが、顔や声からは想像もつかないほど強烈なストレートに私は思わずたじろいだ。


「ほー、あたしの高速ストレートをかわすとはな。やはりリゲルの野郎がおめーにやられたっつう噂は本当だったんだっぺな」

 鋭い目で私を見つめている。

「……」

 私は答えなかった。この女、見た目もヤバいが中身はそれ以上にヤバそうだ。


「おい、何とか言ったらどうだべ」

「……あなたが誰かは知りませんが、私は喧嘩するつもり無いです。今日リゲルと戦ったのも人質に取られた仲間を救うためであって、テッペン争いに名乗りを上げようとは思っていませんから」

 私は冷静に答えた。

「そんな甘い考えなんて通用しねーんだよ、このボケナスが!」

 スケバンはいきなりキレ出した。

 某美少女戦士のように可愛い顔と声をしているのに茨城弁でキレている……私はそのギャップに引いていた。


「おめーはリゲルを倒した。どんな理由があれど、だ。それが何を意味するか、分からないとは言わせねーぞコラ」

「私には分からないです。ヤンキーの思考なんて理解出来ない」

「あ? このベラトリックスにそんな口きくとはいい度胸してんじゃねーか。だがな、あたしはリゲルのクソ野郎みたいに人質を取っておめーを潰そうなんて卑怯な事は考えてない。タイマンでケリつけようじゃねーか借宿よ」

「ベラトリックス……」

 こいつが破壊の天使と呼ばれる女か……泉がえらい可愛いと言っていたが、本当にアイドルのような顔をしている。おまけにアニメ声だ。彼女が暴走族を一人で壊滅させたなんてにわかに信じられないが、番格オーラは漂っている気がする。


「ちったあやる気になったか? よーし、ここだと邪魔が入っからついて来い」

 そう言うとベラトリックスは私に背を向けて歩き出した。

 その瞬間、私は逆方向にダッシュで逃げ出した。


「あっ、てめー! 待ちやがれこの根性無しが! ブチまわすぞコラァ!!」

 ベラトリックスの罵声を背に受けながら私は全力で走り続けた。


**


「はあ、はあ……」

 かれこれ十分は走り続けただろうか。気付くと自宅近くまで来ていた。

 立ち止まって後ろを振り返ったが、ベラトリックスの姿は無かった。


「振り切ったか……」

 肩で息をつきながらつぶやいていた。


 オリオン三巨星の一人、破壊の天使ベラトリックスから追いかけられたのもあるが、それ以上に彼女のしつこさに私は恐怖していた。


 アイドルグループにいそうなルックスなのに強烈なストレートを放ち罵倒してくる。何よりも怖いのが私がテッペンを狙っていると誤解していることだ。冷静に理由を話したつもりだったが、全く聞き入れてもらえずタイマンを挑んで来るあたりは間違いなくヤンキー思想そのものである。


 この誤解を解かない限り一生狙われるかもしれない……そう考えると恐ろしくなってきた。

「早く帰って寝よう……」

 私はよろよろしながら歩き出した。



 翌朝、私は辺りを警戒しながら箕輪と学校に向かっていた。


「紅葉、さっきから何きょろきょろしてんだべ?」

 箕輪が不思議そうな顔で尋ねてきた。

「いや実はさ……」

 私は昨日の出来事を箕輪に話した。


「マジか……いくらなんでも来るの早すぎだっぺよ……しかもその様子だと絶対あきらめてなさそうだべなぁ」

「そうなんだよ。だからこれから毎日喧嘩売りに来るんじゃねーかと怯えてるんだ」

 私はため息交じりに答えた。


「んでも紅葉が相手にしなければ喧嘩にはなんないもんね。ずっとシカトしてればあきらめるんじゃね?」

「そうだけんども……なんつーか凄い熱意のある感じだったからなあ。なんとか時間をかけて分からせるしかねーかな」

「本当にヤンキーって面倒くさい生き物なんだっぺな」

 箕輪もため息をついた。


 確かにヤンキーは面倒くさい生き物だが、筋が通っている奴も大勢いる。ベラトリックスもある意味筋は通っているので、こちらの意思をしっかり伝えればあきらめてくれるはずだ。


「後は私達や泉がベラトリックス軍団と揉め事を起こさなければ解決すると思うんだ。だから箕輪もあんま気にしないで大丈夫だよ」

「そう言ってもらえると少しは気が楽になるよ。とにかくベラトリックス達とは関わらないようにすっから」

 箕輪が大きく頷き私の方を見た。


 後は泉にもこの事を伝えてベラトリックスとは揉めないよう釘を刺しておかないと。彼女は血の気が多いので少し心配だ。



 色々思案しているうちに私達は学校に到着した。


「よいしょっと。あれ? 泉はまだ来てねーのかな」

 箕輪が席に着きながら教室内を見回した。

「みたいだね」

 確かに泉はまだ来ていなかった。昨日はたまたま私達よりも早く来ていたのかな。



 それからしばらく経ったが泉は姿を現さない。

「来ないねえ泉。今日はサボりかな?」

 箕輪が時計を見ながら言った。

「うーん、そうかもね。ムスバーガー食べ過ぎてお腹壊したのかな?」

 私が軽いジョークを言った時だった。


「おい、中庭でコギャルっぽい女がベラトリックス軍団にシメられてるみてーだぞ!」

 廊下からヤンキー達の騒ぐ声が響き、どたどたと足音を立てて走って行った。


「まさか……」

 私と箕輪は顔を見合わせた。コギャルっぽい女って……

「とりあえず行ってみっぺ」

 私は箕輪と連れ立って中庭へと急いだ。


**


 私達が中庭に着くと人だかりが出来ていた。


「ちっと、通して下さい!」

 人だかりをかき分けて中に進むと、泉が上級生らしきスケバン達に囲まれて羽交い絞めにされていた。


「泉っ!」

 私が叫ぶと泉が苦しそうに顔を上げた。

「も、紅葉さん……」

「おっ、てめー借宿だな!」

 スケバンの一人が私に向かって叫んだ。


「この女はてめーの舎弟だっぺよなぁ。うちらに喧嘩売ってタダで済むと思うなよコラ!」

「喧嘩を売る? 一体どういう事ですか」

「こいつはよぉ、昨日ムスバーガーでうちらの一年をボコったんだよ! 喧嘩の理由は知んねーけど手ぇ出されたらうちらも黙ってらんねーよなあ!」


 泉がベラトリックス軍団の一年に手を出した?

 確かに泉は血の気が多いが訳も無く喧嘩を売るような子ではない。


「泉、本当なの?」

「すんません紅葉さん……昨日ムスバーガーにおった女が紅葉さんの事をこけしブス女や言うとったんです。ほんでついカッとなってビンタかましてもうたんです」

 こけしブス女……確かに私は黒髪ショートボブで少し釣り目だが、ブスと言われた事は一度もない。

 というかそんな事はどうでもいい。泉は私の悪口に腹を立てて手を出してしまったのか。


「やったのはビンタ一発だけ?」

「はい。ビンタかましたらその女は泣きながらどっかに行ってもうたんで」

「分かった」

 私は頷くとスケバン達を見回した。


「先輩方、うちの舎弟がご迷惑をおかけしました。泉がビンタした子には私から謝罪しますので何とか勘弁してもらえないでしょうか」

 私は頭を下げた。すると一人のスケバンが近づいて来た。

「謝罪だぁ? そんなんで済む訳ねーだろコラ!」

 と、スケバンが私の胸ぐらを掴んだ時だった。


「――なんの騒ぎだこれは」


 と、聞き覚えのあるアニメ声が響いた。

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