第十六話 飛びヒザ蹴り

 私が恐る恐る振り返ると、そこにはベラトリックスが立っていた。


 まずい……最悪のタイミングだ。


「朝っぱらから何やってんだおめーら」

 ベラトリックスがあくびをしながらスケバン達を見回した。朝に弱いのかひどく眠そうな顔をしている。


「あっ、ベラトリックスさん! おはようございます! 実はこの一年坊がウチらに喧嘩売ってきたんで礼儀を教えてるとこなんすよ」

 スケバンの一人がそう答えると、ベラトリックスはふーんと言いながら目をこすっていた。だが、私の顔を見るなり表情が変わった。


「ん? てめー借宿じゃねーか! 昨日はよくもあたしをコケにしてくれたなコラ!」

 ベラトリックスが鬼の形相で私を睨んでいた。まわりのスケバン達はその迫力に肩を震わせている。

「……」

 一番会いたくない奴に一番最悪な状況で出会ってしまった。


「そのコギャル女は誰だ」

 ベラトリックスが尋ねると、近くにいたスケバンが昨日の出来事を説明した。


「なるほどね。こりゃテッペン同士で話を付けるしかなさそうだな借宿」

 そう言いながら笑みを浮かべ近づいて来た。


「なんでそうなるんですか。私は先輩方と揉める気は無いし、泉も喧嘩を売る為にビンタした訳ではないんです」

「あ? 理由はどうあれお前の舎弟があたしらの仲間に手を出した事実は変わらねーだろ」

「確かにそうですが、もう泉は十分やられてるじゃないですか」

 私は食い下がった。もうこれ以上無駄な喧嘩はしたくない。


「覚悟決めろや借宿。あたしらは拳でしか語り合えねーんだよ」

「……」

 駄目だ、この人は絶対に引かない。


「あたしとタイマン張ればその女は解放してやるよ」

 ベラトリックスが指を鳴らしながら私の顔を見た。

「本当ですね」

「嘘はつかねーよ。リゲルのクソ野郎と一緒にすんな」

 どうやら嘘ではなさそうだ。もう泉を救うにはこいつを倒すしかない。

 私は腹をくくった。


「紅葉さん……」

 泉が涙目で私の名を呼んだ。

「泣かないで。タイマン張ることで泉が助かるなら何てことないよ」

 私は泉にそう言うと、不安そうにこちらを見つめる箕輪に話しかけた。

「箕輪は教室に戻ってて。巻き込まれたら危ねーから」

「いや、ここで大丈夫。何にも出来ねーけど近くで見守らせて」

「箕輪……」

 私は少し迷ったが、箕輪の気持ちを大事にする事にした。

「気を付けてね、紅葉」

 箕輪の言葉に笑顔を返し、私はベラトリックスの方に向き直った。


「やっとやる気になったか。言っとくが手ぇ抜いたらおめーもその女もタダじゃおかねーぞ」

 ベラトリックスが私の顔を睨みながら言った。

「分かってます」

 私はその視線を跳ね返すように言った。

 そして、ベラトリックスと対峙した。


 お互いに仕掛けるタイミングを見計らっていたその時、予鈴が鳴り響いた――


「行くぞオラァ!」

 ベラトリックスが叫びながら回し蹴りを放ってきた。

「ふっ」

 私は横に動いてかわしストレートを返した。

「とっとっ……」

 ベラトリックスは左手でガードし、つまずきそうになりながら後ろに下がった。

「くっ、何だおめー。何でそんな強力なパンチ打てんだよ」

 ベラトリックスが左手をさすりながら私を睨みつけた。


「ちっ、調子に乗んなよ!」

 再びベラトリックスが距離を詰め、今度は私の顔めがけてフックを放ってきた。

 私はそのフックをしゃがんでかわし、奴のすねを狙って蹴りを叩き込もうとした瞬間、


ガシッ


「うっ」

 ベラトリックスがヒザ蹴りを放ってきた。体勢を崩しながら蹴りを放っていたため、私は顔面にもろ攻撃を食らい倒れてしまった。

「紅葉っ!」

 箕輪の叫び声が響いた。

「見たかこの! あたしのヒザ蹴りをまともに食らったんだ、しばらくは起き上がれねーだろうな」

 ベラトリックスが勝ち誇った顔でまくしたてた。


「いててて……」

 だが私はすぐに立ち上がった。

「な……もう起き上がれんのかおめー」

 ベラトリックスが驚きの表情を見せた。

「仲間を助けるまでは……倒れる訳にいかない」

 私は口元の血を拭いながらベラトリックスの目を見つめた。


「ふん、そのしぶとさが命取りだ!」

 ベラトリックスが高速ストレートを放ってきた。

「ぐがっ!」

 が、私もストレートをカウンターで返し、それがベラトリックスの顔面を捉えた。

「ふっ」

 私は間髪入れずボディーブローを叩き込んだ。

「おごっ!」

 ベラトリックスがうめき声を上げ、よろめきながら膝をついた。まわりのヤンキー達からどよめきが起こる。


「うぐぐ……」

 ベラトリックスが苦しそうに腹を押さえている。

 無理もない。奴の動きが早く、全く手加減出来なかった。普通の高校生なら気を失うくらいの衝撃があったはずだ。


「くそっ、あたしが膝をつくとは……ガイアとやり合った時以来だぜ」

 ベラトリックスが肩で息をしながらつぶやいた。まだダメージが残っているようで、立ち上がる事が出来ない。


「もう……よくないですか? これ以上戦う意味が分からないです」

 私は落ち着いた口調で話しかけた。

「まだだ……まだ終わっちゃいねー」

 だが、ベラトリックスは引かなかった。

「ここで負けたら下のモンに示しがつかねー。お前には分かんねーかもしんねーが、あたしはそれだけのもんを背負ってんだよ!」

 ベラトリックスが叫びながら立ち上がった。まだ目が死んでいない。


「構えろ借宿」

 奴は私の目を真っ直ぐ睨みつけながら言った。オリオン三巨星としてのプライドが彼女を突き動かしているのかもしれない。

「分かりました」

 私は構えを取り、ベラトリックスの目を真っ直ぐ見つめた。


「うりゃっ!」

 ベラトリックスが上段回し蹴りを放ってきた。

 私はその蹴りを前に踏み込んでガードし、奴の顔目がけてフックを放った。


ごっ


 しかし、ベラトリックスは私の拳を頭で受けた。拳に痛みが走る。

「う……」

 私は顔をしかめて距離を取った。

「くらえや!」

 ベラトリックスが間髪入れず飛びヒザ蹴りを放ってきた。

「くっ」

 私は何とか両腕でガードしたが、よろめき倒れそうになってしまった。


「拳痛めたか……ざまあ見ろ」

 ベラトリックスが笑った。軽い脳しんとうを起こしているのか、足元がおぼつかない。

「そっちこそ、ふらついてますよ」

 私も笑顔で返した。

 なぜかこの状況でお互い笑っている。まわりにいる全員がこの異様な光景に静まりかえっていた。


「さてと……」

 ベラトリックスが私の目を見据えた。


「これで終わりだ!」

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