第十四話 嫌な予感
「ほええ、そんな事があったんでっか」
泉が目を丸くした。
私達は保健室で箕輪に傷の手当てを受けていた。幸い私も泉も大したケガは無かったので手当てはすぐに終わり、さっきの出来事を改めて振り返っていた。
「しかし鳥栖荒地ねえ……鉾田市で名のあるヤンキーはだいたい知っとるんですけど、その名前は聞いた事ないっすわ」
泉が腕組みをしながら首をかしげた。情報通の泉でも知らないなんて、本当に荒地は謎ばかりだ。
「まあその謎の男やもう一人の協力者もおいおい分かると思います。それよりもウチは紅葉さんの強さに感動しましたわ。あれだけのヤンキー達をシバキ倒した上にオリオン三巨星の一人を瞬殺するやなんて、ホンマにとんでもないですわ!」
泉が興奮気味に言った。
「別に……私は喧嘩が強いなんて全然凄いと思わないよ。ただこの力が箕輪や泉を助けるのに役立って良かったとは思ってるけんど」
「紅葉さん、ホンマに尊敬しますわ! 一生ついて行きまっせえ!」
泉が足をバタバタさせながら叫んだ。
「でも……さっき荒地くんが言ってた事が心配だっぺね……」
箕輪が不安げな表情で言った。
「うん……確かにそうだね」
「さっき言ってた事ってなんでっか?」
「紅葉がリゲルを倒した事が今日中には校内に広まって、他のオリオン三巨星が動き出すかもしれないって荒地くんが言ってたんだ。泉はどう思う?」
箕輪が泉に意見を求めた。
「うーん……おそらく荒地さんの言う通りやと思います。ヤンキーっちゅうんは喧嘩や抗争に人一倍敏感ですから」
確かにうちのオヤジも揉め事に関してはすぐ首を突っ込みたがる。
「それに今回紅葉さんがシバいたんはその辺のザコヤンキーとは訳が違います。ホコミナ抗争の中心人物を配下もろとも倒したんですから、そりゃもう大騒ぎになると思いまっせ」
泉がいつになく真剣な表情で私の顔を見つめた。
リゲルを倒す時に覚悟はしていたが、彼女に改めて言われるとやはり心配になってくる。
「ただ、他のオリオン三巨星はリゲルと違うて汚い手は使わんと思います。せやから今回みたいに箕輪さんを人質に取ってまで紅葉さんを倒そうとは思ってないはずです。リゲルは闇討ちとか汚い手ばっかり使うてのし上がったクズ野郎でしたからね」
「そうなんだべか。ちっと安心したよ」
私はふっと息をついた。
「いや、安心するのは早いでっせ紅葉さん。むしろ戦いはこっからが本番になると思います」
「本番って、どういう意味だっぺ?」
箕輪が眉をひそめて言った。
「リゲルは卑怯な手でのし上がりましたが、ベラトリックスとベテルギウスは実力でこのホコミナのテッペンを取ろうとしとります」
「実力でってことは、喧嘩がすげー強いってことだべか?」
「はい、その通りです。昨日もお話ししたと思いますが、奴らはマジで強いです」
確かに泉の話だと高校生とは思えないような内容ばかりだった。正直話を盛りすぎではないかと思っていたが、荒地の態度から察するにどうやら本当にヤバい奴らなのだろう。
「奴らの認識からすると、いきなりテッペン争いの一角をぶちのめした新入生がおる。そんな危険な芽は早めに叩き潰しておく必要があるっちゅう考えを持っとるはずです」
「そんな……」
泉の話に箕輪が絶句してしまった。
だが他のオリオン三巨星はリゲルのような卑怯者ではないらしい。という事は今回のように人質を取るなどの汚い真似はせず、正面から私に挑んでくるのではないだろうか。
「紅葉……本当にごめんね。私がヘマして捕まっちまったばっかりに……」
ふと気付くと箕輪が涙ぐんでいた。私の身を案じているのだろう。
「私は……何があっても箕輪を守るって決めたんだ。自分でもちっと気持ち悪いくらい箕輪の事が大切なんだよ。だからリゲルを倒した事も後悔してねーよ」
「うん、ありがとう紅葉」
箕輪が頷いた。
「それに私はテッペンとか興味ねーから喧嘩売られても相手にしねーよ。私が戦うのは仲間に手を出された時だけ」
私がそう言うと箕輪の顔に少し笑顔が戻った。
「紅葉さん……やっぱ素晴らしいお人やわ! ウチも絶対揉め事起こさんよう気ィつけまっさかいに!」
泉が拳を握りながら宣言した。実はこの子が一番心配なのだが……
**
保健室で治療を終えて教室に戻るとヤンキー達がざわついていた。そして私の姿を見かけるやいなや、
「おめーリゲルやったって本当か? すげーなおい」
「学校中その噂で持ち切りだっぺよ!」
と騒ぎ立てていた。
荒地の言った通り、私がリゲルを倒したという噂はその日のうちに学校中に広まっていた。上級生と思われるヤンキーまで私の姿を見に来たりと、全く落ち着く事が出来なかった。
こんな時荒地ならどうするんだろう……相談しようと思ったが彼の姿は見当たらなかった。
放課後、私は箕輪と泉と三人で下校した。
「やっぱ噂は広がっとりましたね」
泉がつぶやいた。
「……」
私は黙って頷いた。一難去ってまた一難、まだまだ安心は出来なさそうだ。
ほとんど会話が無いまま歩き、気付くとバス停に着いていた。
「ほな、私はこれで失礼します」
と、泉が近くに停まっていた派手な原チャリにまたがりながら挨拶してきた。
「これ、泉のバイク?」
箕輪が興味津々といった顔で尋ねた。
「ええ、うちの学校は家が遠くないと原チャリ通学出来ませんからね。学校にバレると面倒なんで少し離れた所に停めてるんですわ」
そう言いながら泉がエンジンをかけた。竹槍のようなマフラーから爆音が響き、私と箕輪は思わず耳を塞いだ。
「泉っ、大丈夫だと思うけど気をつけて帰ってね!」
私は大声で叫んだ。
「はい、分かりました! そんじゃまた明日!」
けたたましい排気音とともに泉は走り去って行った。
無言でその姿を見送っていると箕輪が乗るバスがやって来た。
「紅葉、今日は……いや、今日もありがとう」
箕輪がぺこりとおじぎした。
「お礼なんか言わないで。箕輪が無事なら私は満足だから」
「紅葉は……本当に強いんだね」
笑顔とも泣き顔とも言えない不思議な表情で箕輪が語りかけてきた。私は軽く首を横に振り微笑んだ。
「気をつけて帰ってね」
「うん、ありがとう。んじゃまた明日ね」
私は紅葉が乗るバスを見送り、自宅に向かって歩き出した。
――その時、私は背後から視線を感じた。
「……」
振り返ると一人のスケバンが私をじっと睨んでいた。
そのスケバンはロングスカートにへそが見えそうな短いセーラー服を着ており、まさに八十年代の出で立ちだった。
だが、首から上はガーリーメイクに金髪メッシュのゆる巻きツインテールという今風のビジュアルをしている。顔もめちゃくちゃ可愛い。
なんなんだこの人は……関わり合いにならないよう目線をそらして立ち去ろうとしたところ、
「おい」
と声を掛けられた。
嫌な予感がする……
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