第十三話 これって恋なのかな

「紅葉っ、しっかりして紅葉っ!」

 私は箕輪の声で目を覚ました。


「箕輪……あっ」

 箕輪が抱きついて来た。

「紅葉ぃ……生きててえがったよぉ」

 肩を震わして泣いている。私は箕輪をそっと抱きしめた。

「ごめんね箕輪……私が油断したばっかりに危険な目に合わせちまって。もう二度と離さねーから」

 私も溢れる涙を止める事が出来なかった。


 リゲル軍団との戦いで貧血になってしまったのか、それとも彼のせいで血圧が上がりすぎたのか分からないが、私は気絶してしまったらしい。

 そして彼が視聴覚室の外まで私と泉を運び出してくれたようだ。傍らには泉が寝かされており、いびきをかいている。ミニスカのせいかヒョウ柄のパンツがモロに見えていた。


「どうやら無事のようだな」

 向かいの壁にもたれかかっていた彼が私と箕輪を見つめながら言った。


「あ、昨日も今日も助けてもらっちまって本当にありがとう。」

 箕輪が立ち上がって彼に深々と頭を下げた。

「気にするな」

 彼は表情を変えることなく言った。


 昨日に続いて今日も私達を助けてくれた謎の男……よくよく考えると彼の名前すら知らない。


「あの……本当にありがとう。あなたがいなかったら私も箕輪も泉もどうなってたか分からない」

 私は泉のパンツにハンカチをかぶせながら彼にお礼を言った。


「ああ……」

「ところで……まだ名前言ってなかったよね。私は借宿紅葉でこっちが沢尻箕輪、あとそこで寝てるのが帝塚山泉」

「箕輪です、よろしく」

「ぐー」

 泉がいびきで挨拶した。


「……鳥栖 荒地とりのす あらじだ」

「荒地くん……なんか強そうな名前だっぺね。あ、でも実際に強いか。あれだけのヤンキーを相手に出来るんだからね」

 確かにそうだ。さっきの戦いからも分かるように、相当の修羅場をくぐってきているに違いない。


「……俺よりも借宿、お前はどこであれだけの格闘技術を身に付けた? さっきのリゲルとの戦いや昨日の梶山戦もそうだが、普通の女子とは思えない強さだった」

 私はぎくりとした。剛腕格闘家の魂が宿っているなどと言っても信じてもらえないが、他にこの人を納得させられる理由が思いつかない。適当な嘘を言っても通用しなさそうだし。


「えーっと……」

 私は答えに困り黙ってしまった。するとふいに彼が口を開いた。


「お前は……不思議な女だな。どこか俺の姉きに似ている」

 彼が私から目線をそらして言った。荒地のお姉さんなんて全然想像出来ないが、なぜ今そのことを言ったんだろう。


「お姉ちゃんがいるんだ。あれ? そう言えばさっき私を助けてくれた女の人って……」

 ふいに箕輪が思い出したように言った。


「箕輪を助けてくれた女の人?」

「うん、さっき荒地くんが視聴覚室から助け出してくれた後、とりあえず職員室に行こうとしたらリゲルの下っ端ヤンキーに捕まりそうになったんだ。その時、黒髪の綺麗な女の人がそのヤンキーを一瞬で倒してくれたんだよ。んでその女の人にここで待ってるよう言われたんだけど……今にして思うと荒地くんに似てる気がすんだよね」


 そんなことがあったのか。そういえば荒地が部屋のドアを蹴破って入ってくる前に、箕輪の見張りをしていたヤンキーに野球のボールが投げつけられた。そのボールは荒地が入って来たドアとは逆方向の窓側から飛んできたはず……荒地の他に誰か協力者がいたという事になる。


「さあな、俺は知らん」

 荒地がそっけなく答えた。

「うーんそっかぁ。一言お礼言いたかったなー」

 箕輪が残念そうにつぶやいた。


「それよりも借宿」

「うん?」

「お前がリゲルを倒したという話が今日中には学校全体に広がるだろう。そうすると他のオリオン三巨星達が動き出す可能性が高い」

「……」

 それはリゲルに頭突きをかました時点で覚悟していた。ヤンキーという生き物はより高いところを目指す習性があるからだ。


「残りのオリオン三巨星はリゲルなど比べ物にならない程強い。油断はするなよ」

 彼は私の目を見つめながら言った。

「分かった」

 まっすぐ見つめられ、私は思わず彼から目をそらしてしまった。

「じゃあな」

 彼はそう言って去って行った。私はいつまでも彼の背中を見送っていた。


**


「紅葉……顔が赤いよ?」

 箕輪に話しかけられて私はびくっとした。


「昨日もそうだったけんど、もしかして紅葉……荒地くんに恋しちったんじゃね?」

「そ、そ、そんなことねーよ。さっきまで戦ってたから体が熱くてさ」

 私はしどろもどろしていた。今までまともに恋愛などしたことが無いので自分でもよく分からない。


「隠さねーでもいいべさ。確かに荒地くんてカッコいいし喧嘩も強いし男気あるもんねえ」

 箕輪がうんうんと頷いた。

「それに昨日も今日も紅葉の事助けてくれたし、もしかしてもう二人は相思相愛なのかも」

「ち、違う…」

「どあっ!」

 その時、泉が雄たけびとともに起き上った。

「びっくりしたぁ」

 箕輪が目を丸くして言った。


「来いやリゲル! まだ終わってへんぞて……あ、あれ、箕輪さん!? 無事やったんですね! あっ、そういえばリゲルのクソ野郎は?」

 泉がきょろきょろしながら私と箕輪の顔を交互に見まわした。


「色々あったんだけんども、リゲルは紅葉が倒したよ」

 箕輪が笑顔で泉に言った。

「ほんまでっか!? さっすが紅葉さんやぁ!」

 泉がひゃっほうと叫びながら飛び跳ねた。おかげで私の恋バナを終わらせる事が出来た。


「とりあえず保健室行くべ」

 私は二人を促して歩きだした。

「うん。紅葉、泉……本当にありがとう」

 箕輪が屈託のない笑顔でお礼を言った。私はその笑顔を見て安堵感に包まれた。そして鼻をすすりながら歩いている泉の肩をそっと抱き寄せて再び歩き出した。


 しかしひとつだけ気になるは、彼がずっと標準語を喋っていたということだ。

 一体彼は何者なんだろう……結局名前以外は何も分からないままだが、私はまた彼に会いたいと願っていた。


「これって恋なのかな……」

 私は一人つぶやいていた。


「ん? なんか言った紅葉?」

 箕輪が私の顔をひょいと覗き込んできた。

「いや、なんでもねーよ」

 私は笑顔で答えた。とりあえずこの気持ちは心の中にしまっておこう。

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