第十一話 悪魔の本性
私は名前を呼ばれたことに嫌悪感を覚えていた。その男は端正な顔立ちをしているが、それが余計不気味に感じる。
「なんだよ、せっかく会えたのに全然嬉しそうじゃねーな。俺はお前に会いたくて会いたくてたまんなかったんだぜ。だからお前のお友達を一足先にご招待したのさ」
男は笑いながら箕輪に顔を近づけた。箕輪が必死に顔をそむけている。
「てめー、その手を離せ!」
私は男に向かって叫んだ。しかし意に介さず箕輪の顔を覗き込んでいる。
「ん? なんだ、震えてんじゃねーか。俺みてーなイケメン見んの初めてだからか?」
男はにやにやしながら箕輪に絡んでいる。
と、男が急に箕輪から手を離して私の方に鋭い視線を送って来た。
「さてと……改めまして、ようこそ我が城へ」
「ようこそ、じゃねーべ! その子は無関係なんだから今すぐ解放しろ! 人質なんか取って恥ずかしくねーのか!」
この男の態度に私は怒りを隠せなかった。箕輪が怯えた目で私を見ている。
「まあそう焦んなよ紅葉ちゃん。こっちも幹部が一人クビになってるかんなぁ、組織のトップとしては黙ってる訳にもいかねーんだよ」
男が見下すように言った。
「やっぱおめーがリゲルか。噂通り汚い事を平気でやる男だっぺな。たかが一年生一人やんのにこんだけの人数集めて、おまけに人質まで取ってよ」
「可愛い顔してきっつい事言ってくれるじゃん。けど、その通りだわ」
リゲルは高い声でぎゃはははと笑った。色白の顔に浮かんだその不気味な笑顔は悪魔そのものに見える。
「しっかし梶山があっという間にやられたっつーからプロレスラーみてーな女が来んのかと思いきや、俺好みのスレンダーなカワイコちゃんじゃねーか。どうだ、俺の女になるなら許してやってもいいぜ」
「ふざけんな、おめーみてーな汚ない奴と誰が付き合うか」
「気ぃ強えーなぁ、ますます気にいったぜ。けど誰に口きいてんのか分かってねーみてーだな。それに状況もよ」
確かに状況は最悪だ。リゲルを挑発して怒らせてタイマン勝負に持ちこもうと思ったが、こいつにそんな男気はなさそうだ。それにこの男は私をシメるだけでなく箕輪や泉にも手を出すかもしれない。
何とかリゲルを箕輪から遠ざける手はないだろうか……
「お、どうした。急に黙っちまってよ。やっと自分の置かれてる状況が理解出来たのか」
リゲルがけらけらと笑った。私は言い返す言葉が見つからなかった。
「そうだよ、おめーは今大事なお友達を人質に取られてる上に仲間は隣の変なコギャル女だけだ。絶望的な状況って訳さ」
「誰が変なコギャル女やコラァ!」
泉が憤慨した。今にも噛みつかんばかりの顔でリゲルを睨んでいる。
「オリオン三巨星とかえばっとる割には人質取ったり人数集めたりとやることがセコいんじゃボケ! 男ならタイマンで勝負せんかい! そんなんやとガイアはおろかベテルギウスやベラトリックスにすら勝てへんわ! だいたいなぁ……」
急にはっとした表情になり口をつぐんでしまった。リゲルが氷のように冷たい視線でこちらを見ている。
「言いてーことはそれだけか」
泉は蛇に睨まれた蛙のように固まっている。どうやら完全にリゲルをキレさせてしまったらしい。その顔からは笑みが消え、冷徹な光を帯びた瞳からは殺気が感じられる。これがリゲルの……悪魔の本性だろう。
「おいリゲル、お前が用あんのは私だけだっぺ。私はどうなってもいいから、その子の縄を解いてコギャル女と一緒に逃がしてやれ」
「もっ、紅葉さん、何言うてはりまんねん!」
「いいから泉は黙って。舎弟は親分の言う事聞くもんだ」
私は泉を真っ直ぐ見つめた。泉は涙ぐみながら私の視線を受け止めている。
すると私達のやり取りを黙って見ていたリゲルが箕輪のさるぐつわを解いた。一体どういうつもりだろう。
「紅葉っ、逃げて!」
さるぐつわを解かれた途端に箕輪が叫んだ。
「箕輪……巻き込んじまってごめん。必ず助けるからもうしばらく我慢して」
私は努めて明るい表情で箕輪に語りかけた。箕輪は大粒の涙を流しながらこちらを見つめている。
「ダメ……紅葉、殺されちまう!」
箕輪が縛られた椅子ごとガタガタ揺らし大声で叫んだ。
するとリゲルがいきなり箕輪に顔を近付けた。
「なんでさるぐつわを解いたか教えてやろうか? こいつらがボコボコにされる姿を見て泣き叫ぶお前の声を聞きてーからだよ」
リゲルは箕輪の頭をぽんぽん叩きながら冷たく言い放った。箕輪は泣きながらリゲルを睨みつけている。
「おい、おめーら抵抗すんなよ。そっちの変なコギャルもだ。少しでも抵抗するそぶり見せたらこの女が二度と外歩けねー顔になっからよ」
リゲルが箕輪の頬をさすりながら言った。
「出さねーよ。ただやんのは私一人にしろ。こいつはマジで関係ねー」
私は泉をあごでしゃくった。泉は口を固く結んで下を向いている。
「ふん、さっきこの俺にたいそうな口きいてくれたからなぁ。許すわけねーべ」
リゲルが吐き捨てるように言った。
「くっ、器の小っせえ野郎だな」
私は心の声を口にしていた。
「さーて、そろそろショータイムといこうか」
「やるならさっさとやれ。約束通り手は出さねーかわりに、気がすんだらその子を解放しろよ」
「よっしゃ、行けてめーら!」
リゲルの掛け声とともにヤンキー達が一斉に殴りかかって来た。
「――ぐはっ!」
泉がヤンキーに顔を殴られ吹っ飛んだ。白目をむいて気絶している。彼女は大食いだが体はとても細いのでウェイトが軽い。
「なんだおい、一発で気絶かよ。つまんねーな」
「さてと、残るはおめーだ!」
ヤンキー達は私を取り囲んで前から後ろから殴りつけてきた。
「くっ」
私は抵抗しなかった。ここで抵抗して箕輪に手を出されたら一生後悔する。私はひたすら耐えた。
「うらうらぁ!」
無抵抗の私をヤンキー達はこれでもかと殴りつけてきた。正直その辺の高校生ヤンキーの攻撃など大したことないが、徐々に体力を奪われていく。
「もうやめてよ! 本当に死んじまう!」
箕輪が泣き叫んでいる。
「――うっ」
その時、腹に強烈な前蹴りが入り思わず床に膝をついてしまった。見上げるとリゲルが立っていた。
「やけに打たれ強いなぁ紅葉ちゃん。けど、そろそろ降参か?」
リゲルがにやにやしながら言った。私はモロに前蹴りがみぞおちに入り、言葉を発することが出来なかった。
「なら土下座しろや土下座。膝ついてっからちょうどいいじゃねーか。この俺様にたてついたことを悔い改めるんだよ」
リゲルが満面の笑みで土下座を強要してきた。周りのヤンキー達はスマホをかまえて撮影の準備をしている。くそっ、一昔前の格好をしているのに携帯電話だけは今風の物を使いやがって……
「土下座したら……その子を解放してくれるんだっぺな」
「約束はするさ」
リゲルがへらへらしながら答えた。全く信用出来ないが、これ以外選択肢は無い。
「紅葉っ、ダメだよ! 私の為にそんなことしちゃダメ!」
私に迷いはなかった。
「私は……プライドより箕輪の事が大事だよ」
私は笑顔で答え、両手を床についた。箕輪が私から目をそらした瞬間――
ガシャン
前方からガラスの割れる音が聞こえた。
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