第十話 がくがく
「そんなに慌ててどうしたんだべ」
「ヤバいっす紅葉さん! 箕輪さんがリゲルにさらわれたらしいんす!!」
「な……!」
私は立ちくらみをおこしそうになり、よろめいてしまった。そんなまさか……
「もっ、紅葉さん、しっかりしてくんなはれ! 今この世で箕輪さんを救えるんは紅葉さんしかおらんのです!」
泉が私の肩を掴んで激しく揺さぶった。私はしばらく頭をがくがくさせていたが、泉の言葉で正気に戻った。
「んだっぺな。リゲル……許さねぇ」
私は泉の肩を掴み目を真っ直ぐ見つめた。
「紅葉さん……目ェ怖いっす」
泉の肩がぷるぷる震えていた。
**
私は泉とともに箕輪が連れ去られたという西校舎に向かっていた。
「ところで泉はどこでその情報を聞いたんだっぺ」
「ウチの大食い仲間が目撃したんです。なんでも、箕輪さんがトイレから出てきた所をリゲルの配下二人組が眠り薬か何かを嗅がして連れ去ったちゅうことです」
「二人組……やっぱ朝見かけた奴らかもしんねーな。私を狙うならまだしも、箕輪をさらうなんて、どんだけ卑怯なんだべ」
私は込み上げてくる怒りを抑えられなかった。そして何よりも短時間とはいえ箕輪を一人にしたことを後悔していた。あの時せめてトイレの外までついていけばこんなことにならなかったのに……箕輪のボディーガードが聞いて呆れる。これでもし箕輪の身に何かあったら、私は一生後悔するだろう。そうならない為にも、早く箕輪を見つけ出して救出しなければ。
私の身はどうなってもいい、とにかく箕輪が無事でいてくれれば。
私はいつの間にか涙目になっていた。
「紅葉さん……そない自分を責めたらあきまへんで」
ふいに泉が私に喋りかけてきた。
「箕輪さんは感謝こそすれ、紅葉さんを恨んだりなんて絶対しませんから。紅葉さんがどんだけ箕輪さんを大切にしとったか、それは箕輪さんが一番よう分かっとるはずです」
「泉……」
私の頬を涙が伝った。
「紅葉さん、泣くんは早いっす」
「そうだっぺな。泣くのは箕輪を無事救出してからにする」
私はハンカチで涙をぬぐった。泉の言う通り、今は泣いている場合では無い。
「しかし思わず飛び出して来てしまいましたけど、箕輪さんを人質に取られている上に奴らは大勢で待ち構えている可能性が高いです。このまま行ったら確実にボコられるんは目に見えてます。紅葉さん、なんか作戦はあるんですか?」
「……リゲルの狙いは私のはず。私がやられれば箕輪は解放される」
「そんな……紅葉さん、やられるの覚悟で行くっちゅうことですか!?」
「もともと箕輪がさらわれたのは私が原因なんだ。何も関係ねー箕輪を巻き込んじまった、これは私の責任だよ」
「あきまへん! それにリゲルが箕輪さんを解放するっちゅう保証もないんでっせ!? ウチらには一緒に戦う仲間もおらんし……」
仲間という言葉を聞いて、ふと昨日の彼を思い出した。彼なら間違いなく戦力になるのだが……よく知りもしない私達を助けてくれる訳がない。昨日私を守ってくれたのも気まぐれかもしれない。
「とにかく、リゲルのとこに急ぐべ。泉は隙を見て箕輪を救い出して」
私は足を止めかけた泉に強い口調で言った。正直、この子も巻き込みたくはない。
「分かりました……」
泉はしぶしぶ頷いた。
**
「ウチの仲間が言うとった西校舎の三階には視聴覚室があってリゲル派の溜まり場になっとるんですわ。おそらく箕輪さんもそこにおるはずです」
「分かった、そこに急ぐべ!」
私と泉は三階の視聴覚室に急いだ。
「そこの角を曲がれば視聴覚室のはずです!」
箕輪、もうすぐ助けるからね。そう思い廊下の角を曲がった瞬間――
ぶんっ
私の頭目がけて金属バットが振りおろされた。
「ちっ、惜しい!」
間一髪で金属バットをかわした。そこにはバットや竹刀を持ったヤンキーが五、六人いた。
「借宿ぉ! おめーを生け捕りにしろっつーリゲルさんからの命令だ! 悪く思うなよ!」
ヤンキー達が一斉に襲いかかってきた。
「――ぐぼっ!」
私は金属バットを振り下ろしてきたヤンキーにハイキックを叩き込んだ。そいつは吹き飛び、後ろのヤンキー達を巻き込んで倒れた。
「いでっ、このやろがふっ」
私は巻き込まれてバランスを崩したヤンキーに後ろ回し蹴りを放った。
「ぐあっ! てっ、てめー借宿! 俺らが誰だか分かってんのか! こんなことしてタダで済むと思うなよ! 俺らはなあ……」
「分かってるしタダで済むとは思ってねーよ。そのかわりおめーらもタダで済むと思うなよ」
怒りが頂点に達していたせいか逆に冷静になっていた。
「ひっ」
残ったヤンキー達は怯えた顔で叫んだ。だが、私は容赦せず全員を蹴り飛ばした。
「紅葉さん……やっぱ強え……」
泉が床に転がるヤンキー達を見下ろしながらつぶやいた。
「感心してねーで行くよ!」
「は、はい!」
私は泉と一緒に視聴覚室の扉を開けた。
ガラッ
「うっ」
視聴覚室は遮光カーテンがひかれているのか真っ暗だった。私と泉が入るのを
ドスッ
「くっ」
誰かに背中を蹴られ視聴覚室の中に倒れ込んでしまった。
「もっ、紅葉さんぐわっ!」
暗闇の中から泉の悲鳴が聞こえた。
「泉っ、大丈夫け!?」
私は暗闇の中で叫んだ。明暗差で全く部屋の状況が掴めない。だが人の気配は感じる。
「くそっ、後ろから卑怯やぞコラァ! 姿見せんかい!」
とりあえず大丈夫そうだ。しかしいきなり後ろから蹴りを入れて部屋に押し込むとは、さすが悪名高いリゲル派だ。
「箕輪っ、箕輪はいるのけ!?」
私は大声で叫んだその時
「うっ」
一斉にカーテンが開けられ部屋が明るくなった。
「箕輪っ!」
そこには椅子に縛られさるぐつわをはめられた箕輪と、三十人は下らないであろう大勢のヤンキーが私達を取り囲んでいた。
「箕輪を離せこの! その子は関係ねーべが!」
「そ、そうだ! しかも一年坊相手にこない人数集めてどないしようっちゅうねん!」
私達がすごんでもヤンキー達はにやにやしながらこちらを見ているだけだ。
と、一人のヤンキーが箕輪に歩み寄り肩を掴んで抱き寄せた。箕輪の目が恐怖に満ちている。
「てめー、その子に触んな!」
私はそのヤンキーに向かって声を荒げた。
「――ようこそ借宿 紅葉さん、お待ち申し上げておりました」
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