第九話 不穏
「ひえっくし!!」
私は自分のくしゃみで目を覚ました。窓の外を見ると、空が白み始めている。時計を見ると朝の五時半だ。
昨夜は疲れていたのか、あっという間に寝落ちしてしまった。不覚にも布団を掛けずにそのまま寝てしまったようだ。
私は鼻をすすりながらベッドを降り、窓を開けて朝の空気を吸い込んだ。やはり鉾田の朝は空気がおいしい。下を見るとオヤジと母が畑に出掛けるところだった。苺農家は五月くらいまで繁忙期で朝も特に早い。
「おーう紅葉い、今日は早えーんでないの?」
オヤジが私に気付いて手を振って来た。早朝だというのに相変わらずのテンションだ。
「昨日早く寝すぎちったからね」
「んー早寝すんのはいいことだ。俺らは畑いっがら(行くから)気いつけて学校さ行けよ」
「うん、分かった」
私がそう答えて部屋に戻ろうとするとオヤジが私を呼び止めた。
「紅葉!」
「なんだべ」
「今日は……何かが起こりそうな予感がする。気を付けろよ」
オヤジがいつになく真剣な表情で語りかけてきた。
「分かった」
オヤジがドヤ顔で軽トラに乗り込む姿にイライラしながらも、忠告はしっかり受け取った。
確かに昨日襲ってきた梶山達はホコミナ抗争の中心人物『白い悪魔リゲル』の一味だった。それが入学したての一年生にやられた上、梶山は退学になってしまったのだ。必ず報復をしてくるに違いない。
しかも相手は卑怯で悪名高いリゲルである。一体どんな報復を仕掛けてくるのだろうか……
**
「行ってきます」
私はクロコップのモフモフ頭を撫でた。
今日から毎朝箕輪をバス停まで迎えに行く。もちろん目的は護衛の為だ。バス停は学校の近くで私の通学路の途中にあるから好都合である。昨日の感じだと奴らは箕輪に手を出してくる可能性も考えられるので、彼女を一人にしないよう警戒しなければ。幸い同じクラスで席も隣同士のため、護衛するには良い環境だ。トイレ以外はずっと一緒に居ることが出来る。
そう考えていた時、ふと視線を感じて立ち止まった。
私が振り返ると二人組のヤンキーが壁の影からこちらを見ていた。だが、私が振り向いた瞬間そそくさと立ち去って行った。
「なんだっぺ……」
あまりにも不自然すぎる動き……あいつらはたまたま私の後ろを歩いていたのではない。明らかに私を尾行していた。やはりリゲル派が動き始めているのだろうか。それとも他の派閥の人間なのか。
私が辺りをきょろきょろしながら歩いていると、携帯電話にメッセージが来た。
「おはよう紅葉~あと五分くらいで着くよ(*^_^*)」
箕輪からだ。
「おはよう。私もそのぐらいで着くよ」
とメッセージを返して私は走り出した。さっきの奴らが気になって時間をロスっていたのでギリギリだった。とりあえず今の出来事は箕輪には伏せておこう。変な心配をさせたくない。
私がバス停に着くと、すでにバスが到着していた。
「あ、紅葉! おはよう!」
バスから降りてきた箕輪が私を見つけて叫んだ。今日も相変わらず美少女である。
「おはよう箕輪。何とか間に合ったね」
「走って来てくれたんだっぺが? ありがとうね紅葉」
私が肩で息をしているのに気付き、箕輪が心配そうに声を掛けてくれた。
「うん、少し家出るの遅くなっちって」
私はさっきの出来事には触れず、箕輪に笑顔を送った。
「ほんじゃ、行くべ」
私は箕輪と連れ立って学校に向かった。
箕輪は昨日の出来事でかなり疲れているんじゃないかと心配していたが、普通に笑顔で喋っているし顔色も良いようだ。ヤンキーに対して臆しながらも向かって行ったり、箕輪はけっこう強心臓の持ち主なのかもしれない。私が感心しながら歩いていた時、校門にいるヤンキーに目が止まった。
「あいつらは……」
さっき私をつけていた二人組だった。私達の姿を見かけると校内に走って行った。
「どうしたの紅葉?」
箕輪が私の視線の先を見て聞いてきた。
「いや、なんでもねーよ」
私は努めて平静を装ったが、箕輪も不穏な空気を感じ取ったのか、更に問いただしてきた。
「でも今の紅葉のリアクション、普通じゃなかったよ。さっき校門のとこにいたヤンキー達と何かあったの?」
「ごめんね、余計な心配させたくねーから言わなかったんだけど、さっきの二人組につけられてるっぽいんだよね。でも何が目的なのか分かんねーから対策のしようが無くてさ……」
「そうなんだべか……でもあいつらも紅葉の強さを知ってっから下手げに手は出してこねーべ」
「だといいんだけんども。とにかく今日も一緒にいっぺな」
「うん、ありがとう紅葉」
箕輪が笑顔で答えた。どうやら昨日一日でだいぶ強くなったみたい。
**
「おはようございます! 紅葉さん、箕輪さん!!」
教室に入ると泉が馬鹿でかい声で出迎えてくれた。まわりのヤンキー達がびくっとしてこちらを振り向く。
「おはよう泉。昨日は色々教えてくれてありがとね」
「いえいえそんな! お二人のお役にたてることが帝塚山 泉の最高の幸せでございます!!」
「でも本当は食べてる時のほうが幸せなんだっぺ?」
箕輪が笑いながら泉をイジった。
「さっすが箕輪さん! ホンマその通りですわガハハハ!! あの後ムスバーガーでライスバーガー五十個食って幸せ感じまくりでしたわ!」
「バーガー五十個って……普通の人なら胃袋破裂してるよ……」
私と箕輪はため息をついた。
「そんなことより紅葉さん、今日もリゲル派の動きには注意してくんなはれや。昨日の一件で梶山が退学になったさかい、報復してくる可能性ありますんで」
「そのことなんだけど、今朝もヤンキー二人組につけられてたんだ」
「ホンマでっか? ついてくるだけで喧嘩売ってこんのやったらリゲルの偵察部隊かもしれまへんな。リゲルのとこは細かく部隊分けしとるらしいですから」
やはりリゲルの偵察隊だったか。
「私もしっかり見張っとりますさかいよろしく頼んます!」
泉はがるるると言いながら周りのヤンキー達を威嚇し始めた。あまり頼りにはならないが、味方が一人でもいるのはありがたい。
その後、授業が始まってからも警戒をしていたが、あれから偵察隊が現れることはなかった。泉は終始いびきをかいて寝ていた。
午前の授業が終わり昼休みになった。私は少し気を緩めていた。もしかしたら考え過ぎだったのかもしれない。
「ちっとトイレ行ってくるね」
昼食を終えた後、箕輪がそう言って席を立った。
私は一瞬迷ったがトイレはすぐ近くだし、さすがにそこまでついて来られては箕輪も迷惑だろうと思い、
「気を付けてね」
とだけ伝えて箕輪を見送った。
それから十分ほど経ったが、箕輪は帰ってこない。
大きいほうかな? などと考えていると、
「紅葉さんっ!!」
と、泉が血相を変えて教室に駆け込んで来た。
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