第二話 入学式

 私は箕輪とお互いの身の上について話し合っていた。どうやら箕輪も入試の日にトラクターにはねられて入院していたらしい。まさか私と同じような境遇の人間がいるとは。もはや他人とは思えなくなってきた。


「まさか紅葉も同じだなんてねー。でも入院はしなかったんだっぺ? どうゆう体の構造してんだべさ」

 箕輪があははと笑った。

「んでもすげー痛かったよ。ほんとはホコキタ(鉾田北高校)に行きたかったんだ」

「私と一緒だべ! はぁ……よりによってホコミナに入っちまうなんて。さっきみてーなヤンキーがうじゃうじゃいるんだっぺな」

「そんなことねーと思うよ。いくらホコミナでも普通の子だっていっぱいいると思うよ」

「そうだっぺがな。それならいいんだけんども」

 私は箕輪の不安を少しでも和らげようとしていた。が、ホコミナが近づくにつれて箕輪の表情は曇っていった。たぶん私も同じような表情をしていたと思う。


 どちらを向いてもヤンキー、ヤンキー、ヤンキー。


 男も女もヤンキーばっかりだ。鉾田市で生まれ育ったが、極力ホコミナには近づかないようにして暮らしてきたので、まさかここまでヤンキーの巣窟だとは思っていなかった。箕輪は隣で青い顔をしている。たまに見かける普通の子達は箕輪と同じような表情でうつむいて道の端を歩いている。


「おい! おめーちっと来ーよ」

「ナンダコラ、ジョトダコラ!」

 上級生らしき数人が一年生っぽいヤンキーを連れていった。さっき撃退した奴らのことが気になる……


 ほどなくして、私と箕輪はホコミナに着いた。


 窓ガラスが割れまくっていたり、いたるところにスプレー缶で落書きがされていたりはしないが、カラスがやたらと飛び回っている。なんとも陰鬱いんうつな雰囲気の学校だ。それとも私の気分のせいでそう見えているのだろうか……


 校門をくぐった先には中庭があり、新入生のクラス割りが掲示してあった。箕輪は恐る恐る掲示板を覗き込んでいた。

「あ! 紅葉と同じC組だって! いがっ(良かっ)たぁ!!」

 箕輪がぴょんぴょんと飛び跳ねて私の手を握った。周りにいたヤンキー達がじろりとこちらを睨むが、箕輪は気付いていない。

「私も嬉しいよ。これで少しは学校に来るのが楽しみになったね」

「んだっぺなぁ。一筋の光が差してきた感じだよ!」

 箕輪は目をきらきらと輝かせた。本当に純粋な良い子だ。



 私と箕輪は1年C組の教室に向かった。


 教室に入るとヤンキーの視線が私達に集まった。やはり普通のタイプのほうが浮いてしまうほどヤンキーが多い。


 私と箕輪はなるべく視線を合わさないようにして席に着いた。幸い私達の席は隣同士だったので、少しは箕輪の不安も和らぐだろう。何としてもこの子だけは守らねば、そう考えていた時だった――


 一人の男子生徒が教室に入って来た。


 長身で髪型はオールバック、顔はシルクアンラエルのジェイドに似ている。切れ長の目が印象的なイケメンだが、服装は長ランにボンタンという八十年代のヤンキースタイルだ。他のヤンキー達とは明らかに雰囲気が違う。


 なんかヤバそう……と警戒していると、その男は私のほうを真っ直ぐ見つめながら歩いて来た。


 何なんだこの人。私はすぐに下を向いたが、その男はどんどんこっちに向かって歩いて来る。もしかしてさっき撃退したヤンキーの仲間かも……などと考えているうちに、男は私の斜め前で立ち止まった。箕輪も不安げな表情でこちらを見ている。


 と、その男はふっと私から目をそらし、私の前の席に座った。何だ紛らわしい。でも……なぜだか私は胸がドキドキしていた。何だろうこの感じは。今までヤンキーにびびったことなど無いのに。


「怖かったぁ、ずっと紅葉のこと見てるからさっきの奴らの仲間かと思ったよ」

 箕輪が小声で言った。彼女も同じことを考えていたらしい。

「確かにこの学校じゃ私ら普通の生徒のほうが目立つから見つけられちまうかもね。でも安心して。箕輪には指一本触れさせないよ」

「ありがとう紅葉。でも私は紅葉のほうが心配だっぺよ」

「私なら大丈夫だよ。なんつっても……」

 そこで私は言葉を切った。危ない、ドルナルドのことは誰にも内緒だし言ったところで信じてもらえない。


「なんつってもどうしたの?」

「い、いやとにかく、私は大丈夫だから。箕輪はなるべく私と一緒にいっぺな」

「うん、わがった!」

 箕輪の顔に笑顔が戻った。私も自然と笑みが浮かんでいた。


**


 しばらくして、教室に担任の先生が入って来た。


 驚くことにホコミナの荒れたイメージとはかけ離れたスレンダー美女で、タイトな黒のパンツスーツがよく似合っている。てっきりジョブ・サップみたいなごつい先生が来るのかと想像していたので私と箕輪は顔を見合わせた。

「今日からみんなの担任になる塔ヶ サキとうが さきです。よろしくね」

 まさかのファニーボイス……プリキュアにでも出てきそうな声だ。このギャップ萌えにヤられたのか、教室を見まわすと何人かのヤンキーが股間を押えていた。アホかこいつら。


「さて、これから入学式に向かいます。もし騒ぐ子がいたら先生がぶっ飛ばしますのでそのつもりで」

 ファニーボイスなのにおっかないことを言う。まわりのヤンキー女子達は「あぁ?」と色めき立ったが、男子達が骨抜き状態だった為、女子達もやる気を失ったようだ。


「さ、それじゃ体育館に行くわよ」

 私達はサキ先生に促されて教室を出た。魅力的なヒップがまるで峰不二子のようだ。だが、あの黒髪オールバックの長ラン男だけは全く顔色を変えていない。年上の女性には興味無いのかな。


 体育館に到着するとすでに他のクラスの生徒達が集まっていた。やっぱりヤンキーの割合がかなり多い。いたる所でガンの飛ばし合いが始まっていた。ざっと見たところ一年生は三百人くらいで、ヤンキー率は七割強といったところか。いくら田舎とはいえこんなにヤンキーが多いとは……恐るべし鉾田市。


 私達が席に着くと校長先生と思われるおじさんが体育館に入って来た。ヤンキー達と目を合わさないようにささっとステージ横の椅子に座った。頼りなさそうなおじさんなので、ここのヤンキー達には何も言えないんだろうな。

 そんなことを考えていると、

「只今より、茨城県立鉾田南高等学校の入学式を行います」

 と、いきなり入学式が始まった。ホームルームやりますぐらいのノリで、さっさと終わらせたい感満載である。


 校長先生の話が始まったのに、周りを見ると寝ている人やスマホゲームをしている人がいる。だが先生達は見て見ぬフリをしていて注意しようとしない。唯一頼りになりそうなサキ先生はなぜか姿が見えないし……

 

 こんな環境で勉強出来るのかと、私が今後のことを心配していたその時――


ガラッ


 体育館のドアが勢いよく開いた。

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