第一話 桜並木の下で

 茨城県と聞くと何を思い浮かべるだろう?


 田んぼやビニールハウスだらけ、なまりが凄い、ヤンキーばっかり。こんなイメージを持っている人が多いに違いない。うん、おおよそ当たっている。おまけに全国都道府県魅力度ランキングも最下位が定位置ときている。


 茨城県は隣県の千葉とまとめて『ちばらき』と呼ばれることがある。それが原因で過去に千葉県人を名乗る女と言い合いになったことがある。結果は完敗だった。


「茨城みたいな田舎とまとめられてこっちは迷惑している」

「なんだとおめー! 茨城のことなめてんのか!」

「じゃあ茨城には何がある?」

「なんも知らねーなおめーは! 茨城には世界一いがい(大きい)牛久の大仏があっぺよ! 千葉にこんないがい仏像はあんめー(無いでしょう)よ!」

「何だそれは。海ほたるや鴨川シーワールドのようなメジャーな場所は無いのか」

「な……い、茨城にはひたち海浜公園っつーいがいパークがあんだよ! 秋には綺麗なコキアが咲き乱れんだど!」

「それなら千葉にはディズニーランドがある」

「……」

 メジャー度が違い過ぎる。


 こうして私は完膚なきまでに叩きのめされた。


 そんなローカルテイスト満載の茨城県の中でも一、二を争う田舎町「鉾田市ほこたし」が私のホームグラウンドだ。


 茨城県の南東部に位置する鉾田市は農業が盛んであり、メロンや苺、さつまいもなどの生産量は日本一を誇る。私の両親も苺農家であり、子供の頃から飽きるほど苺を食べてきた。なぜだか分からないが、茨城の農家は強面こわおもてが多い。もちろん、私の父も色黒の強面である。そんな強面農家の多い町だからか、鉾田市はヤンキーの数も多い。


 私、借宿 紅葉かりやど もみじは今日から高校生になる。


 そして、私が入学した「茨城県立鉾田南高等学校(通称ホコミナ)」は市内随一のヤンキー高校で、毎年市内の不良たちがこの学校に集まって来る。だが、私は父親が強面なだけでヤンキーではない。この学校のテッペンにも興味は無い。


 そもそも私はホコミナではなく、もっと偏差値の高い高校を受験する予定だったが、入試当日大型トラクターにはねられ、試験会場に辿り着くことが出来なかった。

 トラクターは大破し、私は全治三日の傷を負った。鉾田市ではよくあることだが、まさか入試当日に事故にあうとは想定外だった。


 こうして私は志望校の入試が受けられず、市内一のヤンキー高校に入学する羽目になってしまったのだ。


**


 私の家からホコミナまでは歩いて三十分ほどなので、運動も兼ねて徒歩で通学することにした。


 学校に向かう途中には並木通りがあり、ちょうど桜が満開の時期を迎えていた。爽やかな春風に桜の花びらが静かに散り、私の黒いセーラー服や髪に舞い降りてきた。


 ヤンキー高校に入学してしまい少し憂鬱な気分だったが、毎年春にはこの風景が見られるんだなと思うとちょっと嬉しい。と、私が桜を見上げながら浸っている時だった――


どんっ


「待てコラァ!!」

 という怒鳴り声とともに、一人の女の子が私に突っ込んできた。

「――くっ」

 私は倒れそうになったが、なんとか持ちこたえた。

「た、助けて!!」

 女の子が私の肩を掴みながら言った。女の私が言うのもなんだが、中々の美少女だ。私と同じホコミナの制服を着ている。

「どうしたの?」

 私が聞くと女の子は怯えながら後ろを振り返った。その視線の先には同じくホコミナの制服を着た三人の男女が立っていた。


「逃げてんじゃねーよコラ! ブチまわ(ブチのめ)しちまうぞおめー!」

 短ランにボンタンにチェーンじゃらじゃら。完全に九十年代後半のヤンキーだ。それが二人と茶髪ミニスカルーズソックスに濃いめのギャルメイク女が一人。タバコまでくわえている。

「弱ークセにいきがってんじゃねーよ! いしけー(ださい)女だっぺなぁ!」

 と、茶髪女が喚いた。どうやらこの女の子はこいつらに追いかけられていたようだ。めっちゃ震えている。


「なんだおめーは、その女の仲間か?」

 九十年代後半ヤンキーの一人が聞いて来た。

「いえ、今初めて会ったんですけど。事情はわがんねーけんど、すげー震えてっから勘弁してやったらどうですか」

「あ? おめーもその女と同じ一年だっぺよ! ガキが生意気言ってんじゃねーぞ!」

 と言いながらもう一人のヤンキーが掴みかかって来た。


「ぐあっ!」

 私はヤンキーのふくらはぎにローキックを叩きこんでいた。

 ヤンキーはよろめき倒れ込んだ。

「てっ、てめー!」

 もう一人のヤンキーが叫びながらストレートを放ってきた。

「ごはぁ!」

 私はカウンター気味にヤンキーの顔面にフックを打ちこんだ。

 ヤンキーは仰向けに倒れ込んで顔をおさえながらのたうちまわっている。


「う、うそだべ、何だこの女……」

 ギャルメイク女が後ずさりした。足が震えている。

 私はゆっくりと近づいた。

「お、覚えとけよおめー!」

 ギャルメイク女は昔懐かしの捨て台詞を吐いて走り去った。男ヤンキー二人はまだ倒れている。

「さ、行こ」

 私は口が開いたまま固まっている女の子の手を引いて歩きだした。


**


「どうもありがとう。てか、強さ半端ねーな!」

「そんなことねーよ。たまたまだっぺ」

「たまたまでヤンキー二人を瞬殺できねーべ! 助けてくれて本当にありがとうね。私、沢尻 箕輪さわじり みのわって名前なんだ。よろしくね」

「あ、借宿 紅葉です。よろしく」

「もみじちゃん……見た目通り可愛い名前だっぺなぁ。なのにあんなに強いなんて、ギャップ萌えもいいとこだっぺよ。いやどうも」


 まずいな。なるべく『力』を出さないように生活していたのだが……人助けとあらば仕方ないか。


 私の強さには秘密がある。私の体には、今は亡き剛腕格闘家ジェイク・ドルナルドの魂が宿っているのだ。


 ある日突然ジェイク・ドルナルドが私の枕元に現れ、弱い者を守るのに役立ててくれと現役時代の戦闘力を私に授けてくれた。さすがにドルナルドと比べると私は体が小さいので力は劣るが、それでも『南アフリカの大砲』と恐れられた彼の攻撃力は凄まじく、並大抵の高校生では相手にならない。

 だが、私は学校のテッペンには興味が無いしケンカも嫌いだ。ドルナルドの言う通り、人助けの為だけにこの力を使うことにしている。


「ところで沢尻さんは何であいつらに追いかけられてたの?」

「あ、箕輪でいいよ。なんかよく分かんねーんだけど、あのヤンキー女がすごい顔でこっちを見てたから何だっぺと思ってずっと見てたんだ。したっけし(そしたら)男らが出てきてさぁ、追いかけまわされてたってわけ」

「あーそれはメンチ切ってたんだよ。ああゆうヤンキーに見られたら目を合わさないようにしないと駄目だよ。ずっと見てたら喧嘩買いますよの意思表示になっちゃうから」

「えー、そうなんだっぺが!? それは知んなかったよ! 紅葉ちゃんは物知りなんだっぺなぁ」

 どうやら箕輪はかなりの天然のようだ。この子は今まで茨城でどうやって暮らしてきたのか気になる……


「こんな学校に来ちまって友達出来るか心配だったけんども、紅葉ちゃんと知り合えて良かったよ。これからよろしくね」

「あ、うん。こっちこそ、よろしくね」


 こうして私は入学初日に美少女と友達になった。私の『力』が役に立ったようだ。


 だが……さっき撃退したヤンキー達が気になる。このまま何事もなければいいのだが。

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