2.リヴィング・イン・サン・バレル

 奇妙な髪型の男、マイケルが外出する。

それは、彼がこれから長いセットアップを

開始するということの暗示でもある。



「さあ、顔を洗おう!」



彼はまず顔を洗う。洗顔用のクリームを

使い、丁寧に、指がふやけるまで。お陰で、

ニキビはもちろん、シミひとつ見当たらないのだ。



「ああ、またこんなに伸びてるよ!

みっともない……」



次に髭を剃る。髭とは、ある意味筍のような

もので、1日に平均0.2〜0.4ミリのペースで成長すると言われている。

髭を嫌う彼は、一日に3回と出かける前に

1回、必ず髭を剃ることを心がけている!



「うーん……。今日の寝癖、意外とアリかもしれないな」



髭を剃ると、頭を濡らして寝癖を直す。髪が長い故に一度寝て起きると、度々爆発した

ような髪型になってしまうので、欠かせない作業だ。



「毎度ながらドライヤーの風って、本当に

眠くなるな……ふぁぁ……」



ようやくセットアップも大詰めに入る。

櫛で髪をとかしつつドライヤーで乾かし、

ヘアワックスで形を整える。

彼の1日のコンディションが左右されると

言っても過言ではない作業だ。



「よし、今日のコンディションは極めて良好だ!」



 マイケルは鏡を前にしてポーズを取った。

白い半袖Tシャツと、安物のデニムという

シンプルなスタイルで。



「はぁ……やっとかよ。一体何分経ったと

思ってんだ」



「ごめんごめん。こうしないと、僕の外出は始まらない気がするんだ」



フィリップは、こだわりの強い面倒な女を

見るような目でマイケルを見ている。

マイケルの気が済んだのを見計らうと、

20ドルが彼に手渡された。



「ほらよ。金だ。これで必要な食材を買ってくるんだぜ。何がいるかは、携帯のメッセージから送っておいたからな。」



マイケルのスマートフォンから、着信音が

聞こえた。今や2027年。

流石にこんな男でもスマホ位は持っている

ようだ。



「大丈夫だとは思うが、余計なもんは買うなよ。あと最近キャベツは高いから…」



フィリップの忠告など耳にも留めず、

マイケルは外へ飛び出して行った。



「分かった。言ってくるよ!」



一人残されたフィリップは立ち尽くし、腕を

組みながら首を横に振った。


 ーーここは、サン・バレル州。都市から広大な農場まで様々な土地を抱える。比較的新しく

出来た州で、特産品はマスカットで作られるワイン。全盛期には人口約1200万人を

誇っていたが、近年は州全体の治安が著しく

低下し、現在では人口約580万人にまで

減少した。


今、マイケルが向かっている所。それは、

サン・バレルで最もポピュラーなスーパー

マーケット、「ロルフス」である。


「確かに僕は、『誰もが僕を始末しようと

するだろう!』と言った。しかし、春の

日差しを浴びて散歩するというのは、とても素晴らしいことだ。そんなことなんて、

どうでもよくなってくるよ」



先程まで、あんなに嫌がっていたマイケルの

気分は上々。足取りも次第に軽くなって

いく。



「あっ……」



視線の先には、1人の女性がベンチに座っていた。極端に細いマズルに、小さな鼻。

クリーム色の滑らかな体毛に、セクシーな

尻尾。察するに彼女は、ボルゾイ系だ。

この時代の世間一般に美人とされる

要素を、大体兼ね備えている。



「なんていうか……本当に。ああいう女性は……えへへぇ」



頰を赤らめて、心臓をバクバク言わせて

いる。



「やっぱり僕は外に出向いて正解だったみたいだ。僕を外に出してくれたフィリップに

感謝だ!」



マイケルの気分は最高潮に程近い所まで

達し、ついには鼻歌まで歌いだした。

周りの視線など、気にも留めずに。



 「ここには初めて来るな。規模こそ小さい

けど、品揃えは割と良いとフィリップからは聞いている」



マイケルはスマートフォンを取り出し、メールアプリを開いて必要な物を確認した。



「えっと……適当に安い肉と適当に安い

野菜? 本当に適当だな……。あとは

タバスコと卵と……」



フィリップの適当さに呆れながらも、

食料品売り場へと向かった。


 ーーアメリカのスーパーマーケットには、

日本のものとは違う所がいくつかある。

その中でも特徴的なのは、やはり野菜の

売り方だろう。

袋にまとめて売られるのが

ジャパニーズスタイルな売り方だ。だが、

アメリカンスタイルは違う。

アメリカでは袋の個数ではなく、野菜の

総重量によって買値が決定されるのだ。

細かな値段は計測しないと分からないため、日本人からするとやや面倒かもしれない。



「もしかして今日の玉ねぎは安い……?

買っておこうっと」



 マイケルは必要なものをカゴに放り込み、

レジへと向かった。平日の午前中である

ため、スムーズに支払いを済ませることが

できた。



「アナタ、面白い髪型ね。まだそんな髪型の男がいるとは思わなかったわ。」



レジの中年女性の一言が、彼のハートを

つついた。

レジ袋を抱えてスーパーから出てきたマイケルは、ひどく顔をしかめていた。



「あの中年女め。自分だってサ○エさん

みたいな髪型してる癖に……

次会ったら、僕も髪型のことをバカにして

やろう!」



無意味な愚痴を吐いていると、よそ見をしていたせいで歩行者と衝突してしまった。



「すみません! よそ見してたもんで……」



「アァン? 誰が髪型のことをバカにする

だとぉ⁉︎」



この男には、運というものが無い。

衝突してしまった相手は、不運にも町の

チンピラギャングだったのだ!

(腕の特徴的なタトゥーで判別できる)

茶色い体毛の雑種犬のような容姿で、程よく引き締まった肉体を持っている。



「違う違う! 君じゃなくて、スーパーのレジの中年女で……」



チンピラは全身に血を滾らせ、静かに怒りのパワーを蓄えている。



「やかましい……。嘘つくんじゃねぇ」



「嘘じゃない。本当だ」



「しつけぇぞ……」



対するマイケルも、左足を小刻みに鳴らし

始めた。



「いい加減、君がしつこいんじゃないか?

まず、話を聞くことを覚えたらど……」



チンピラの怒りは頂点に達し、蹴りのような勢いで拳を繰り出した。



「よくも俺のヘアスタイルを笑ったな!

ぶっ殺してやるッ‼︎」



怒りに任せて拳を振るうも、轟音を立てて

空振った。これは、ただの脅しのようだ。

マイケルは心臓をばくばく言わせながら、懐に慣れない重みを感じていることを

思い出した。そして、もう一度フィリップに感謝した。



「あんまり乱暴しない方がいい。程々に

しないと、痛い目を見るぞ……」



レジ袋を地面に置くと、懐にしまい込んでいた拳銃を取り出した。



(本当は絶対に撃ちたくなどないが、やむを

得ない。これで諦めてくれ……)



「で、誰が痛い目を見るんだ……?」



チンピラは全く余裕という態度で、手を

広げてみせた。マイケルの期待とは裏腹に、チンピラは平然としている。むしろ、先程

より上機嫌にすら見える。



(何故だ!)



ーー続くーー





ーーキャラクター紹介ーー


フィリップ・ロペス (Philip・Lopez)


29歳。狼人間のアメリカ人。基本的に単独で行動することを好み、無愛想。しかし、

仲間に対しては、自分なりに情を表現しようとする、仲間思いな奴。犯罪組織を撲滅

すべく、私立探偵として奮闘しているが、

それには理由があるようで……?

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